#10 ルクフェネとアヤメちゃん④
御殿から出ると、世界がまたもとに戻るのをルクフェネは感じた。
少し歩いて、二人は牛島さまに進められた鎮守の杜を訪れた。石畳の参道を歩いて拝殿に望み、二礼二拍手一礼。
牛島さまいわく「筑波嶺の力を強めてくれるであろう!」ということだった。
「何だかよくわからないけど、これで筑波さまが強くなるのかな?」
「詳しくはわかりませんが、わたしも強く願いました!」
ルクフェネはアヤメちゃんを抱きかかえて、再びオーデの背に乗った。オーデは仄かな光をまとって深夜の空を飛んでいく。次の目的地は結城だ。
「絹織物で有名なところだよね、結城って? えーと、確か『結城紬』? 素朴な風合いが素敵だって」
「はい、とても綺麗ですよ。でも春日部からは遠いです……。オーデ、もう少しだから頑張ってね……」
オーデは少し振り返って黄金色のくりくりした瞳を細める。
「ぜんぜん平気だから任せろって!」
「ふふ、オーデはとても頑張り屋さんなのね、ありがとう。結城の地にはとても仲のよい精霊が住んでるんです。きっと力を貸してくれるでしょう」
「詳しい場所はわかる?」
「健田須賀神社というところですよ」
「えーと位置情報を……と、あった。……あれ、精霊さんは神社にいるものなの?」
「かならずではありませんよ。でも神社は人々が自然を敬い、想いを届けようとするところですから、形を持つとしたら社や祠の前に現れることが多いのかもしれません」
「なるほど……」
「わたしも潮来の素鵞熊野神社で姿をあらわしたところをカルナさんに助けていただきました。邪な力が渦巻いていました……」
「暴走する鹿島さまの力が直撃しちゃったんだ……」
「いま香取さまは全力で鹿島さまを抑え込もうとしています。牛島さまが加わっていただけましたから、筑波さまの力も借りられれば……」
「わたしたちが迷惑をかけてしまっている……。申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、でもどう謝ったらいいのかわからない……」
「ふふ、神々の御心はわたしたちが想像するより遥かに広いので気に病むことではありませんよ。牛島さまも自分の干渉が悪い影響を及ぼさないか気になさっていただけです。香取と鹿島は古来より二つで一つ、ともに下総と常陸を見守ってきたのです、ずっとずっと昔から。香取さまと鹿島さまにとって今宵の出来事は一瞬のことです、きっと」
二人は参道の入口に降り立った。オーデは深い夜の大気の中へきらきらと消えていく。
神社は商店や事業所がひしめく街のただ中にあった。とはいえ周囲に高い建物があるわけでもなく、窮屈というほどでもない。奥へのびる石畳の参道は長くゆったりとしていて、真新しい幟が夜風に揺れていた。
社殿の前では淡く光を帯びた少女が待っていた。宇宙を映すような藍の瞳が印象的な少女だ。黒髪を大きなリボンでまとめている。
「お待ちしておりました」
「こちらはルクフェネさんです」
「はじめまして。なんてお呼びしたらいいですか?」
「わたしは結城紬に込められた人々の想いそのもの。それ以外の何ものでもありません。どうぞお好きなようにお呼びください」
「ツムギちゃん、でいいかな?」
「ヒムラやヒラコ、イワイでもいいですよ」
「……!?」
「アヤメちゃんは元気でしたか?」
「はい、とても元気です。今年も咲き誇りました。ツムギちゃんも健やかそうで嬉しいです」
「ありがとう。では下総を守るために行きましょうか」
「そうですね。……ルクフェネさん?」
「え? あ、ごめんね、なんだか素敵なところだって思って。街中にあるのに静かで、それは夜だからかもしれないけど、でもきっと賑やかな街の中でこころを和ませてくれるところなんだろうなって」
「ありがとう。確かに社は街にあればどうしても呑み込まれてしまいます。でもそれは街の人々に忘れられることはないということでもあるんですね。結城は活気あふれる商いと匠の街です。そのなかでちょっとだけでも安らぎを人々に与えて、そして次の一歩を踏み出す勇気になれたら、それに越した喜びはありません」
再び姿をあらわしたオーデの背に三人は身を預ける。
「空の旅なんてはじめて……。オーデさん、一人増えてしまいましたけど、どうかわたしたちを目的地までお願いしますね」
ツムギちゃんに首筋を撫でられてオーデは飛翔する。
(そういえば、牛島さまのお勧めで立ち寄った神社は何だったのかな? 筑波さまの力を強めてくれるってことだけど……?)
【女体神社】
牛島にあります(周辺にもあります)。




