#8 ルクフェネとアヤメちゃん②
利根川を渡って、続いて江戸川も越える。
「牛島さまは藤の花の神さまです。春日部の牛島の地にいらっしゃって、人々からは『牛島の藤』と呼ばれて古くから親しまれてきたのです。お花の姿をされているときも素敵で、それに壮観ですよ」
「考え直してくれるといいんだけど……。どうして静観しているのかな?」
「それはわたしにもわかりません。気難しいところはあるので何か納得できないことがあるのでしょう。でも説得してみせます!」
「ありがとう……。わたしにできることはあるのかな?」
「眼光鋭いおかたなので、負けないように『むむんっ』って感じで睨み返してください!」
「む、むむんっと……?」
そこは住宅地と畑の入り交じるなか、ちょっとした庭園のようなところだった。
オーデは降下して行く。ルクフェネはどこか切り取られた空間に入るのを感じた。
(あ……いつの間にかとても広い御殿の中にいる……。たぶん目に見えているものはここにはなくて、見えないものがきっとある……。不思議なところ……)
アヤメちゃんが取り次いでくれる。いちばん奥へ進めば、そこは静かに咲き垂れる藤の森に迷い込んだかのような部屋だった。調度といい御付きのものたちの衣装といい、やわらかな藤色を基調にしている。
帳の降りた御座の前で、アヤメちゃんは指をそろえて流麗に頭を下げた。ルクフェネも倣う。
「牛島さま、下総の使いと水郷でございます」
するすると帳が上がれば、姿を見せたのは藤のかんざしも美しい女性だった。
「牛島ぢゃ!」
「このたびは拝顔の機会を賜り、誠にありがとうございます」
「面を上げるがよい。うむ! 我も水郷どんの元気そうな顔を見られて喜ばしいことぞ!」
「牛島さま、実はこの者より新しく『アヤメちゃん』の名前をもらい受けたところでございます」
「なんとそうであったか! それはよいな! それでは我もまたアヤメちゃんと呼ぶことにしようぞ! してアヤメちゃんよ、今宵は何用ぞ?」
「牛島さまもすでにお感じかと存じますが、いま、下総は鹿島の神により危機に陥っております。どうかその強く堅きお力をお貸しください」
「その話か……。牛島は武蔵、我は牛島の神、武蔵の神ぢゃ! 下総のことなど知ったことか!」
「お言葉ですが……」
(むんっ!)
(むむんっ!)
(……)
(……)
(? あ、む、むむんっ!)
「この牛島の地は古来より下総国、江戸のはじめに徳川が武蔵国と改めたに過ぎません。たかがここ300年のこと、この地に根を降ろして遥かな時を過ごされてきた牛島さまにとっては、取る足らぬことかと存じます」
(むんっ!)
(むむんっ!)
(……)
(……)
(? あ、そうか、むむんっ!)
「……。知っておった……! 我がそのようなことを知らぬはずがなかろう!」
「もちろんでございます。牛島さまがご存知でないことなどございません!」




