#5 リバと圭③
マリモちゃんは空中をすうーっと、滑らかに移動していく。
(アオコなのに……?)
「きゅっきゅっきゅっ!」
視線に気づいてマリモちゃんは嬉しそうな表情を浮かべる。
桜川沿いの田園地帯を高速で駆け抜ければ筑波山はもう近い。リバは翼を広げた。大きく羽ばたいて一気に登っていく。マリモちゃんも続く。東の山頂に接近する。
「圭さん、これより筑波さまの神域に入ります。筑波さまはお優しいかたですが、愚かしい願いを受け容れるかたではありません。かならず圭さんを試してくるでしょう」
「試す……?」
「すべて圭さん自らが解き明かすしかないのです。その答えをわたしはいえません、ごめんなさい」
「ううん、それだけでだいじょうぶ。ありがとう、カスミちゃん」
昼間であれば、筑波山の山頂からは関東一円を見渡せる。遠く東京のビル群まで展望できて、条件が良ければスカイツリーまで見える。とはいえ真夜中にあっては、まばらに点在するわずかばかりの灯火を見下ろすばかりだ。
圭は切り取られた空間に入るのを感じた。
(見える世界も変わった……。きっと特別な場所なんだ……ここは。寝殿造りの立派な、でも優雅さを忘れない御殿……)
(圭……)
(うん、不思議なところだけど、だいじょうぶ)
(なんだか、自分の体とまわりの世界の境界が曖昧で、遠くのものが近くに見えて、近くのものが遠くに見えるよ。歩いているのにそれがよくわからない……)
(そうだね……)
カスミちゃんが取り次いでくれる。
「圭さん、リバさん。ここに段差がありますよ。気をつけてくださいね」
「きゅっきゅっきゅっ!」
「ありがと、カスミちゃん」
「マリモちゃんもありがとー」
圭とリバ、そしてカスミちゃんは帳の降りた御座の前に並んで座った。マリモちゃんは浮かんでいないので、たぶん座っている(はず)。
「筑波さま、下総の使いと霞ケ浦でございます」
帳がするすると上がって筑波の神が姿を見せた。鮮やかな翠の髪と、すべてを見通す躑躅の瞳が印象的な女性だ。
「筑波嶺さまにおかれましては、ますます麗しくお慶び申し上げます。このたびは拝顔の機会を賜り誠にありがとうございます」
「苦しゅうないぞ、面を上げるがよい。二人も健勝と見えて嬉しいぞ。ところで『カスミちゃん』なる言葉が漏れ聞こえたが」
「下総の使いより貰い受けた呼び名でございます。よろしければ筑波嶺さまもそのようにお呼びいただければ、これに勝る喜びはありません」
「そうしようぞ、カスミちゃん。羨ましいことであるな」
「ありがとうございます」
「して、カスミちゃんよ、今宵は何用ぞ?」
「紫の君もすでにお感じかと存じますが、いま、この地は鹿島の神により危機に陥っております。紫の君がいかようなお考えのもと、鹿島の神を暴れるがままにされるかなど、わたくしのようなものには推すことさえかないませんが、どうか、その深い慈しみの御心をもってお力をお貸しください」
「その話か……。筑波は常陸、我は常陸の神、筑波の神じゃ! この地は不可解にも下総なんぞに組み入れられたが、下総で何が起ころうとも我には縁なきこと! いかようにもなろうと我の知ったことではない!」
「そ……そのようなこと……。どうか、いま一度お考えを……」
「ならん! だいたい昨今の下界は気に入らないことばかりじゃ! 『つくばみらい市』とはなんじゃ! 無駄に長い!」
(ああ……。確かに長いんだよね、『つくばみらい市』……。『平成の大合併』だっけ……? 平仮名四文字の『さいたま市』を一気に追い抜いて平仮名六文字……)
「長いのは『かすみがうら市』も同じでございます!」
「平仮名であるのは解せぬが『かすみがうら』はカスミちゃんの『霞ケ浦』であろう! ところが『つくばみらい』とは何ぞ! 意味不明じゃ! 『みらい』はいったいどこからやってきたのじゃ!?」
「そ、それは……」
「あ、あの! 改称させます!」
「改めるか。それはよい心がけであると認めようぞ。それでは何とする?」
「い、いまですか? 少しお時間を……」
「かまわずぞ、じっくり考えるがよい」
(つくばみらい市……あそこ何があるんだっけ? うーん、これといった特徴が見つからない……。どういう経緯があったのかな……、昔の話だし……確か『谷和原村』と『伊奈町』が合併したような……。なんで『つくばみらい』なんかにしたのかな……。市の名前はほかでもよくもめたっていうし、谷和原か伊奈かで紛糾したのかな? 谷和原か伊奈で……。……。谷和原か伊奈で?)
「『やわらかいな市』はどうでしょう……?」
「相変わらず長いままだが、やわらかそうで良いと思うぞ」
「ありがとうございます……」




