#1 炎波打つ石
4. 前ぶれ
未明、某所。
「これで準備が整った……」
暗がりの中で、声の主は一歩下がって静かに唱えた。
「ここに境の礎を成す」
視線の高さほどに朧な光が生まれた。それを映し返して古い社が青白く闇に浮かぶ。茫漠の光はやがてゆっくりと、本当にゆっくりと落ちていく。
声の主は胸元から何かを取り出し、温めるように両手で包み込んだ。透明な石だ。しかしよく見れば、その内には不思議に炎が波打っていた。
光が石畳に落ちてそのまま吸い込まれていく。すると石の中の炎はわずかに爆ぜた。心なしかその勢いは増したようだ。
「あと二か所……」
ふと、かりそめに洩れ落ちた月明かりが声の主を一瞬だけ照らして、目深に被る帽子の鮮やかな髪飾りを印象に残した。
❖
取手市内、相馬家。
相馬家は稲という古くからの集落にあった。市内南西部の畑と林が入り交じるあたりで、道の形は昔のままに曲がりくねって家並みもゆったりしている。朝の空気もどことなく穏やかだ。
キッチンからはトントントン……と小気味よい音色が届く。てきぱきと朝食を調えるのは圭の姉、凛だ。
切り終えた野菜を鍋に入れて火加減を調整、その流れでグリルの焼き魚を取り出しテーブルへ。冷蔵庫から味噌を取り出し、火加減を見て溶き入れて味見、するとちょうど炊飯器が炊き上がりを音楽で知らせる。
「姉さん、きょう講義ないよね?」
リビングから圭が顔をのぞかせる。そのままテーブルに箸を並べたりと手伝う。
「家で資料の整理してるよ」
「洗濯物、取り込んどいてくれる? いまぜんぶ干したとこだから」
「たたまなくていい?」
「そのままでいいよ」
「よし、任されたっ!」
答える間も凛は手を休めず、視線はもう次のところへ向かっている。
「お母さん、起こしてきてくれる?」
「きのう徹夜だったから、昼過ぎまで起きないよ」
「またぁ? もう、あんまり無理ないでほしいんだけど!」
「でもようやく納得がいくデザインに仕上がったみたいだよ」
「それはいいことなんだけどね」
凛は大学院生だ。いまは論文執筆中のため家にいることが多い。母の珠はインテリアデザイナーをしていて、乗ってくると事務所兼アトリエから出てこなくなる。
「あ、そうだ、また花ちゃん、圭ちゃんのベッドに潜り込んでたでしょ?」
「ものすごく怖い動画を見たんだって」
「もうっ、子供じゃないんだから! 圭ちゃんも困るでしょ?」
「僕はかまわないよ、睡眠不足で体調崩したらかわいそうだし」
「それをいったら圭ちゃんもでしょ? 毎日くたくたになって帰ってきてるのに、ゆっくり休めなくない?」
「だいしょうぶ、花ちゃん安心したらすぐに眠っちゃうし。小学生のころは寝相がすごかったけど、ずいぶんおとなしくなったから助かってるよ」
「そーお?」
しかし姉としては心配である。(ひとりの時間も欲しいでしょうに)
「それよりいろいろありがと。まる二日寝込んじゃったけど、おかけですっかり元気になったよ」
「もうっ、それいいっこなしって、ずいぶん前に約束したでしょ? 家族なんだから当たり前に決まってるじゃない!」
「花ちゃんもすごく心配だったみたいで、僕がよくなったからハメを外して怖いの観たんじゃない?」
「怖くて一人で眠れなくなるのに怖いの好きって、何なのかしら?」
姉はやっぱり心配である。




