#10 モミョ族の侵入者
オーデは加速するとともに高度を一気に下げた。目標へ向かって地面すれすれを急接近する。ルクフェネは指先で紋様を描いた。
(かりそめに甘き夢を見よ、センテーレ)
ライフルが実体化し、右腕に収まった。シンプルながらロクティーレと同じように不思議な幾何学模様で装飾された古代銃だ。
「『かりそめに甘き夢を見よ』、麻酔銃のようなもの?」
「そう」
圭の声が聞こえる。ルクフェネは頷く。
「直接的な攻撃は国際法で禁止されているから」
ルクフェネは侵入者の姿を視認する。向こうもルクフェネに気がついた。一瞬、木々の生い茂る斜面を見上げて、それからすぐに田園地帯へ向かって走り出す。オーデはあとを追う。
ルクフェネは警告した。
「直ちに停止せよ! 貴公はセーグフレード領シモウサの領域を侵犯している!」
もっとも簡単に従うくらいならはじめから領域侵犯などしないわけで、ルクフェネもまったく期待はしていない。真正面からの風に桃色の髪も帽子の羽飾りも大暴れする。
「三秒以内に停止しなければ攻撃する! 三、二、一……」
ゼロをカウントすると同時に、ルクフェネは光弾を放った。
見た目はライオンサイズのずんぐりもっさりした長毛種の猫——なのだが、侵入者の動きは機敏で、続けざまに放たれた光弾をジグザグに走りながらよけていく。
ルクフェネも手を休めないが光弾は命中しない。とはいえオーデの速度のほうが速く距離は縮まっていく。
まばらに集落が点在するほかには何もない水田地帯だ、侵入者が隠れるところはない。と、相手は急に方向転換した。オーデは急旋回する。侵入者は南へ向かって疾走する。
(高台に逃げ込むつもりね!)
ゴーグルを通した視界の中に線が描かれる。右耳に圭の声が聞こえる。
「シミュレートした進路!」
「ありがと!」
オーデはモミョ族の侵入者を猛追する。その背の上からルクフェネはセンテーレのトリガーを引き絞った。
連射された光弾は侵入者を通り越してその鼻先に着弾する。
侵入者はたまらず跳ね退く。すかさずルクフェネは指先で紋様を描いた。
(我が足下に屈せよ、ヨディーレの矢!)
真上で何かが閃き、無数の白い光線が侵入者に降り注ぐ——が、侵入者は三本の尻尾で振り払った。当たったのは数発でそれも擦った程度、効果がない。
「おかしい」ルクフェネはつぶやいた。「モミョ族にしては能力が高過ぎる」
「何かほかの力が介在している?」
「たぶん。モミョ族が単体で乗り込んでくるのもおかしいといえばおかしいし。本来は温和な種族だから」
侵入者は再び田園地帯を逃げる。ルクフェネは光弾を集中させる。相手はまた反転して、今度はオーデのほうへ一直線に突っ込んできた。
「よけて、オーデ!」
が、侵入者はいきなり背中の翼を大きく広げた。コウモリのような骨張った翼は回避しようとするオーデを切り裂いた。
「!」
ルクフェネはたまらず飛び降りる。オーデは色を薄めて風の中に消えてしまった。
「ガチンコ勝負ってことね! 受けてやろうじゃないの! すべてを分かつ光の刃、フォンティニーレ」




