#8 ルクフェネ・ティッセ
オーデは大きく羽ばたき、舞い上がった。ルクフェネを背に乗せて東へ。
眼下には取手駅東口の街並が続く。防衛局がある西口に比べて、かつて水戸街道の宿場町だった東口のほうが歴史は古く、家々の間には旧本陣や八坂神社の杜も見える。こんもりと樹木の生い茂る小高い丘には長禅寺。
旧水戸街道である県道の向こうは利根川で、まだ夏になり切らない時期に川の水量は少なく、河川敷が広い。それでも空の色を映して水面は碧くきらめく。
しばらく高台の住宅地が続く。
【長禅寺】
大鹿山長禅寺。平将門の創建と伝わる古刹。『さざえ堂』の三世堂が有名。
【旧取手宿本陣】
江戸後期に旧水戸街道の宿場街となった取手宿の本陣。1795年に建てられた重厚な木造建築物である。
ゴーグルの画面に表示される位置情報によれば圭は県道を低速で進んでいる。プランシェはそこそこの高度を飛べるし、それなりの速度も出せるので、わざわざ道沿いの低空を行く必要はないのだけれど。
(でも圭はすごい)
セーグフレード語——どころか原セヴァ語で記述された文章をわずか四時間で読解した上にルクフェネのミスを指摘する、恐ろしく高度な言語能力。生まれながらに誰でも持っているセヴァの民のそれとは違う、圭本人の力だ。それは、もともと崩しが激しい原セヴァ語の文字を、それもユクルユフェーアとして指先で虚空に描いたものを初見で読み取るほどだった。
そしてはじめて見た通信機もシステム端末も圭はあっという間に理解して使いこなす。
(なんならもうわたしよりよっぽど使えているし。すごいな) ルクフェネは素直に感心する。ただ少し胸が苦しい。(……天性なのかな)
自分には持って生まれたものが無い、ということに気がついたのは物心ついたころだっただろうか。無いとわかっているものを探しつづけるほど馬鹿馬鹿しいことはないので、幼いルクフェネは頑張ることに決めた。
できないことは数え切れないほどあったけれど、でも諦めずに何度も挑戦すれば、いつかかならずできることを知っていた。少しずつでもいい、努力を惜しまなければどんなことだってきっとできる。
大事なのは誰かのせいにしないこと。
そうして努力を重ねた結果、士官学校には普通より一年早く入学することを許された。慣例的には年齢制限はあったのだけれど、慣例は慣例だし、なにしろ実技試験も筆記試験もダントツの成績だったから文句はいわせなかった。
入学しても研鑽を重ねて飛び級で二年早く卒業した。留年しないだけでも優秀といわれるところを。
自分に持って生まれたものがあったのならこんなに苦労しないで済むのだろうか、と考えることはときどきある。才気溢れる人が羨ましく妬ましいこともある。だけど、ルクフェネはそれでもいいと思っている。
誰かが羨ましいのは自分もその人のようになりたいと望んでいるからだ。誰かを妬ましいのはその人のようになれていない自分が悔しくてたまらないからだ。いつかそうなれるように頑張ればいい。
圭の能力は正当に評価したい。天より与えられた力があるのなら使ったほうがいい。あるものを使わずにわざわざ苦労することなんてない。
少し胸が苦しいのは、自分とは違うことに寂しさを感じたからなのかもしれない。




