フィーリ、買い食いをする
「それも持ってくかい?」
幸せそうに枕に甘えるミーチャに訊くと、しばらく悩んだ後、小さくこくんと頷いた。ミーチャにはアタシの部屋の隣、客間として整えていた南西の部屋を使ってもらっている。大切な枕なら、その自室に置くのが一番だ。
鞄に入れて帰ろうかと思ったけれど、ミーチャは自分で持ちたいらしい。抱っこしたまま離さなかった。
「んじゃ、そろそろ行こうかね」
いい加減、下の話も終わっている頃合いだろう。さっさとミーチャの環境を整えないとね。なんなら、バラクさんを置いて先に帰ってもイイ。
階段を下りて行くと、バラクさんの苛立たしげな怒声と、悲鳴に近いジブリールさんの謝罪が聞こえた。残念ながら紛糾中か……こりゃ最悪の展開だねぇ。
アタシはチラッと居間を覗くと、扉の前に立っていたバラクさんの部下さんに「先に帰る」と伝えた。ちょっと遠いけど、歩けない距離じゃない。乗ってきた馬車は権威のためにもバラクさんにこそ必要だろう。しかし、
「護衛も連れず出歩かれては困ります! 我々が叱られてしまいますからっ!」
まだ若そうなその黒鬼さんは、焦ったように「少しお待ちください」と繰り返し、バラクさんのところへ駆けて行く。あの空気の中に飛び込んで行くなんて、強者だ。勇者レベルで。
黒鬼さんが耳打ちすると、バラクさんが尖った視線でこちらを確かめ、ボソボソと何らかの指示を出した。赤鬼バラクさんの視線にミーチャがビクリと体を震わせるけれど、あのくらい、アタシにとっちゃどうってことない。別にこっちに怒ってるわけでもないからね。
「お送りします!」
駆け戻ってきた黒鬼のお兄さんが、ビシッと背筋を伸ばしてアタシ達を見下ろした。キビキビとした動きで先導してくれる姿はどこかぎこちなくて、緊張が感じられる。アタシが思った以上に、このお兄さん、若いのかもしれない。
「あ。ちょっと待っとくれ。あれ、買ってもイイかい?」
ミーチャの家から徒歩でバザールを横切る。物珍しさが先に立って、それなりの時間歩いても、「疲れた」という感じはなかった。ミーチャも同じ気分なのか、キョロキョロと辺りを見回してはピョンピョンと跳ねるように歩いている。
庶民街から入ったせいだろう。以前来た、王城寄りの一角とは同じバザールの中なのに品揃えが違って見えた。こっちの方が雑多でカラフル。ヒトも多いし、騒然としていてなんだか楽しい。途中、アタシは気になるものを見つけて足を止めた。
果物、だよね?
異彩を放つというか、異様というか。フィーリとしての人生で初めて、アタシは今、洞穴亭以外の『飲食店』を目にしている。
「え? あぁ、カロメーロチャートですね」
黒鬼の兄さんは知っているらしい。謎の、まん丸に膨らんだ黄色いモノ。
バザールの外れに出された屋台に並んだリンゴのような黄色い果物。ソレを、店主さんがトングでとって網の上であぶっていく。すると、次第にぷくぷくと膨らみ始め、スイカ大の、風船のような形になる。
その大きな球状の果物らしきものをお皿代わりの大きな葉っぱに乗せ、ハサミで真ん中をザクザクと切ると、中からほのかな湯気と甘酸っぱい匂いが漂った。
「カロメーロチャート? なんだい、それ」
「カロメの実で作る軽食ですよ。味が良くて安いので、小腹が空いた時に重宝します」
「実、ってことはやっぱり果物か。……てかあれ、食べて平気なのかい? 売り手はハイオークのおんちゃんだけど、お客のおかんはコボルトに見えるよ?」
「まぁ、大丈夫でしょう。カロメーロチャートは中の種だけ食べますからね。外皮に魔力が溜まっても、中身まではそうそう影響されませんよ。念のため、商人はあぁやって素手で持たないよう気をつけてますし。『魔力あたり』が出るのはごく時折で、症状も軽いです」
ふぅん。なんだか、ファンタジーな木の実だ。原生林区では見たことがないが、この辺ではメジャーなおやつらしい。黒鬼さんは、カロメーロチャートがいかに腹持ちイイか語っている。
外食系屋台とか、魔王領で見るとは思わなかったから、すごく嬉しい。
誰が焼こうが関係なく食べられるなんて、すごく貴重な食材だと思うし……これは絶対食べるべき!
「んじゃやっぱり、試しに買ってみようかね」
すみません、お盆……親族が帰省してきたため、バタバタして更新が遅れております<(_ _)>




