フィーリ、思い出に触れる
「さ、ミーチャの部屋に案内しとくれ」
沸々と胸を焦がす怒りを抑えて、アタシはミーチャの後から階段を上る。
家の中は荒れてこそいないものの、どこか殺伐とした空気を感じさせた。ウチと違って殺風景なグレーの壁のせいかもしれないし、愛情の絶えた環境のせいかもしれない。
「……ここ」
階段から三つ目のドアを指差し、ミーチャは窓の外に視線を向けた。開ける気はないらしい。アタシはミーチャに断ってから、ゆっくりと扉を開き、中を覗いた。
「…………ミーチャはここで待っててもイイよ」
そこは思い出に溢れた部屋だった。家の殺伐とした雰囲気とも、ジブリールさんの悲惨な話とも様子が違う。
優しさに満ちた子ども部屋───。
アタシは可愛らしい空色のタンスから、ミーチャの服を取り出して行く。数は多くないものの、どれも、サイズは今のミーチャにぴったり合わせた新品だ。
きっと、ミーチャが着ないとわかっていても、メイドさんがちゃんと用意し続けてくれたのだろう。
下着をあるだけ、それから服は今のミーチャの雰囲気に合わせて半数ほど。あんちゃんが用意してくれた時空魔法のかかった袋にボンボン乱雑に入れていく。
俗に言う無限鞄に近いものだが、形はシンプルなトートバック。容量は貯蔵庫と同じくらいだから、大容量の有限鞄だ。
「お待たせ」
ちょっとだけ重くなったバックを持って廊下に戻ると、ミーチャは先ほどと変わらず窓にへばりつくようにして外を見ていた。何かに興味がある、というよりは、室内を見ていたくないのだろう。素っ気ない態度がすべてを物語っている。イイ思い出も、悲しい思い出も、子ども部屋からはすべてが連想できてしまう。
「悪いが……ミーチャのお母さんの部屋にも連れてってくれないか?」
こくりと頷き歩き出したミーチャの後ろ姿には、いつものあどけない素直さが見られない。それだけ彼女にとって両親の不在は大きなことなのだと察せられた。
ミーチャの部屋を見れば、彼女の服装を見れば、両親がどれだけ大切な存在だったかわかる。ハヤマキはジブリールさんの側から見ると冷徹なダメオヤジだが、ミーチャやその母親にとっては優しく頼りがいのある大黒柱だったのかもしれない。シラフィーから夫を略奪した悪い女、そう思えたミーチャの母親だって、こんなにも娘に慕われている。真実というモノはいつだって、見る方向によって違う。まさしくそう思わされる現実だった。
ミーチャの部屋の隣。どうやらそこが、母親の部屋らしい。今度は、ミーチャが躊躇いなくドアを開けた。
タタタと小走りに飛び込んで行った彼女に面食らいつつ、アタシも足を踏み入れる。キレイに片付いた、物の少ない部屋の中、ミーチャはベッドに登り、その枕に抱きついていた。既に母の残り香は、消えているはずだ。それでも、掛け替えのない時間なのだろう。わずかに見えるミーチャの横顔は、初めて見るほどに安らいで、柔らかい。
アタシはミーチャの邪魔をしないよう、静かにクローゼットへと向かった。並べられた服は大して多くない。その中から着古したような上着を数着、選んで大容量トートへと無造作にしまった。
ミーチャが今着ている服は母親の物だ。上着はサイズの合ったものだったから初めはまったく気づかなかった。コートに残る丈上げ跡を見れば、ミーチャのために何度もお直しされてきたものだとよくわかる。ジブリールさんかメイドさんか……。
何かがちょっと違っていれば、ミーチャはずっと笑顔でいられた。ミーチャがもっと成長してからだったら、この暮らしも受け入れられた。僅かな愛情の残滓は、そう感じさせるに十分だ。けれど。
残念ながらさ、人生に「たら・れば」はないんだよ。ミーチャも……アタシも、与えられた今を精一杯生きるだけ。




