第41話 女神様は英雄に新たな試練を与える
レオニダスはあらゆる可能性を見せられた。
それはレオニダスが復讐を遂げるまでに必要な、あらゆる過程や選択を示したものだった。
その数千通りの中から……
レオニダスは好きなものを選択すればいい。
そうすれば必ず復讐は完遂される。
しかし……
「どうして、どうして最後にリコリスが死ぬんだ!!」
リコリスだけではない。
レオニダスの親しい人間や、アルティシーナ王国の臣民たちの多くが、最後に死ぬことになるのだ。
そんな未来、許容できるはずもなかった。
「それは運命の女神に言いなさい」
「……神の干渉を跳ね除ける術を教えてくれるのではなかったのか?」
「運命の女神はあなたに干渉などしていませんよ。運命の女神たちは、決められた通りに運命を適切に運用するだけですからね」
そう言ってから……
アルティシーナ神はレオニダスの顔を覗き込んだ。
「人を呪わば穴二つ、という言葉を知っていますか? 血塗られた英雄には、血塗られて結果が、それに相応しいだけの結果が待ち受けている。神話の基本ではありませんか」
憎しみに駆られ、復讐をし、多くの人々を殺した。
だからお前もその報いを受けて、大切なものを失うのだ。
と、アルティシーナ神は言った。
「まあ……私は知識を与えただけですからね。あなたがそれを選ばないというのであれば、好きにしなさい」
「待て! 俺はそんなこと、認めないぞ!! 俺の身の回りの人間に被害が出ないような、復讐の方法を……」
「そんな虫の良い話はありませんよ、レオニダス」
アルティシーナ神は残念そうに言った。
「あったら、伝えています。残念ながら、あなたはそういう運命なのです。……さて、どうしますか? リコリスの死を許容してまで復讐をするか、それとも復讐をあきらめるか」
「……そんなの、諦めるしか、ないだろ」
レオニダスは悔しそうに拳を握りしめた。
そんなレオニダスの様子を見て、アルティシーナ神は笑みを浮かべ、そして後ろでその様子を見守っていたリコリスは安堵の表情を浮かべた。
「それは良かった。あなたもそこまで愚かではなかったのですね」
「……」
レオニダスは静かにアルティシーナ神を睨んだ。
そんなレオニダスの態度を咎めることなく、アルティシーナ神は静かに尋ねた。
「ところでレオニダス。あなたの望みは、本当に復讐なんですか?」
「……それはどういうことだ?」
「いえ。あなたには、もっと願わなければならない望みがあったのではないかと、思いまして」
アルティシーナ神の言葉にレオニダスは首を傾げた。
そして……目を見開いた。
「ま、まさか……」
レオニダスは息を呑む。
「あ、アレクサンドラを……生き返らせてくれと、頼んだら、生き返らせて、くれるのか?」
「生死を司るのはハウリス神の管轄。私では不可能です。ですが……」
アルティシーナ神は目を細めた。
「最大限の努力と働きかけをしたでしょうね」
「お願いだ! アレクサンドラを生き返らせてくれ!!」
レオニダスは叫んだ。
しかし……アルティシーナ神は首を横に振る。
「あなたは大切な願いをすでに、消費しています」
「そ、それは……アルティシーナ、君が教えてくれなかったからだ!」
「教えたら、試練にならないでしょう?」
復讐に惑わされることなく、正解を、本当の望みを導き出す。
それがレオニダスへアルティシーナ神が課した試練だったのだ。
「そ、そんな……」
レオニダスは崩れ落ちた。
呆然とした表情のレオニダスに対し……アルティシーナ神は笑顔でいった。
「ですが! 今回限りは特別出血大サービスです! 新たにあなたに試練を課しましょう!!」
「……新たな、試練?」
レオニダスはアルティシーナ神を見上げる。
アルティシーナ神は頷いた。
「私があなたに新たに課す試練は二つです」
リコリスが見守る中……
アルティシーナ神は一つ目の試練を言った。
「その一、あなたは復讐心を全て忘却しなさい。二度と、彼らへ復讐をしないと約束しなさい」
「……分かった」
アレクサンドラが生き返るのであれば。
少し納得はいかないが……レオニダスは頷いた。
「その二、巨兵大戦に参戦し、我々を勝利に導きなさい」
「承知した!」
それはレオニダスにとって、一つ目の試練よりも随分と簡単なものだった。
レオニダスは確かに頷いた。
「では……あなたは王宮に戻り、戦支度をしなさい。巨兵大戦まではもう、一週間もありませんよ」
「分かった」
静かに頷き、レオニダスは去っていく。
そして去り際に言った。
「……何から何まで、ありがとう。ティシア」
「どういたしまして」
いつの間にか、ティシアの姿になったアルティシーナ神は笑みを浮かべて言った。
「……何とか、なりましたね。ティシア」
ホッとした表情でリコリスはアルティシーナ神――ティシア――に話しかけた。
「ええ……しかし、良かったですね。リコリス……レオニダスが正しい選択をして」
「はい……でも、私は信じてましたよ」
三年前。
レオニダスにアルティシーナ神が「九つの試練を達成すれば如何なる願いも叶える」と伝えたその時から、リコリスはアルティシーナ神から大まかな計画を聞いていた。
「それよりも私は、途中でレオニダス様が死なないか心配していました」
「逆に私はそのことは心配していませんでしたよ。彼の英雄としての素質は確かでしたし。何より短い間とはいえ、私が鍛錬しましたから」
もっとも……実戦ほど効果的な訓練はない。
今のレオニダスの実力は、幾たびの死闘の結果によって得たものだ。
「しかし立派な男になりましたね……レオニダスは」
「……そうですね、見違えました」
「ところでリコリスはいつ、レオニダスに思いを伝えるつもりですか?」
「そうですね。巨兵大戦が終わったら……ふぇ?」
リコリスは顔を真っ赤にさせた。
「ど、どうしてそれを……」
「分かりやすかったので」
「……いつからですか?」
「三年前から」
これにはリコリスは目を見開いた。
アルティシーナ神は肩を竦める。
レオニダスとリコリスの二人を知る者の中で、リコリスがレオニダスのことが好きであることを知らない者はいない。
「しかし、巨兵大戦が終わった後ですか……それはやめた方が良いですよ」
「どうしてですか?」
「巨兵大戦後、彼はこの国の王になりますから。ライバルが増えます……今のうちに婚約してきなさい」
あなたは美人だが……
あなたに匹敵するほどの美女や、それ以上の美女がいないとは限らない。
そういう女に横からレオニダスを奪われるのは嫌だろう。
と、アルティシーナ神は言った。
「……どうして王に? レオニダス様は確かにご長男ですが……血の繋がりがありません。それに国王陛下はまだご健在であらせられます」
「今はね」
アルティシーナ神は思わせぶりに答えた。
「……今は?」
「巨兵大戦後、この国の王は死にます」
「そ、それはどうして……」
するとアルティシーナ神は愉快そうに笑った。
「どうしてって、彼を殺したい者が三人もいるからですよ」
「……三人?」
「正確には三柱ですけどね」
リコリスは目を見開いた。
「まさか……」
「ええ……恋人を勝手に嫁に出そうとした国王に対し、ポーロワ神は今にも矢を放ちたくてうずうずしています。大切な娘が死ぬ切っ掛けを作った男に対し、ディシウス神も内心で激怒している。そして……私も、可愛い妹の名誉を貶めたあの男を、石か塩にでも変えてやりたい」
アルティシーナ神は残忍そうな笑みを浮かべた。
リコリスは震える声で尋ねる。
「あ、あの……では、アレクサンドラ様が死ぬ切っ掛けになった、あの国の王子は……」
「無論、すぐに死にますよ。今は巨兵大戦で忙しいですが……それが終わったら、すぐにでも」
つまり……
レオニダスは復讐など目指さずとも、他の神々が遅かれ早かれ、仇を殺してくれたのだ。
「……レオニダス様も、なんだか、報われませんね」
「姉、または妹が生き返るなら、それで万々歳じゃない。それにこんな可愛らしいお嫁さんももらえるし」
「い、いや……まあ、そうですけど。あ、いえ、私が可愛いお嫁さんか、どうかは、その、分かりませんが……」
リコリスは顔を赤くさせ、しどろもどろに言った。
それから話題を逸らすかのように尋ねる。
「ところで、ティシアはこれからどうしますか? もうすぐ卒業ですよ」
何だかんだでリコリスとティシアは学校に通い続けていた。
ちなみにレオニダスは三年前に退学した。
試練達成のためには、学校に通っている暇などない。
まあ……そもそも王族である彼は学校に通う必要すらないのだから、問題ない。
「卒業までいるよ。アレクサンドラとレオニダスを見守るためってのもあるけど……普通に人間の生活をしたかったってのもあるし」
「……そのあとはどうしますか?」
「あと二年はいるかな」
「……それはどうして?」
するとばつが悪そうにティシアは頭を掻いた。
「いや……まだ喫茶店の店長に借金を返し終えてなくて」
「……何か、工芸品でも作って、それを売ったらどうですか?」
工芸の神であるアルティシーナ神ならば、それで借金完遂など容易いだろう。
と、リコリスは言った。
しかしティシアは首を横に振る。
「そういうのはダメだよ。普通の女の子と言えないもん」
「……その設定、まだ引きずってたんですね」
「ティシアの時は、私は常に普通の女の子足らんとしていたんだけど……成れてなかった?」
リコリスは少し考えてから、答えた。
「……普通の半神では、あったかもしれません」
「じゃあ、半分は成功だね!」
つまり半分は普通の女の子だった。
ティシアは満足気に笑った。
リコリスは苦笑いを浮かべた。
「そういうわけで、レオニダスが巨兵大戦に参戦することを承諾しました」
アルティシーナ神は父、ディシウス神にそう報告した。
するとディシウス神は愉快そうに笑った。
「そうか、そうか……」
そしてこの場に集結していた、ほぼ全ての神々に対して宣言した。
「喜べ、諸君。運命がついに確定した。我々は勝利したのだ」
レオニダスが参戦すれば、巨兵大戦での勝利は決定的になる。
それはポーロワ神の占い、そしてアルティシーナ神の『梟の瞳』から分かっていたことだった。
故に……
勝利できるのではない。
勝利だでもない。
勝利した。
この表現が適切である。
「さて……トルトメスよ。ユーラのやつをそろそろ、下しに行ってくれ」
「はい、わかりました、父上」
トルトメスは風に姿を変えて飛んでいく。
アルティシーナ神が尋ねた。
「もしかして、まだ逆さ吊りのままだったのですか?」
「……さすがにあれはやりすぎだからな」
いくら何でも、殺すまではやり過ぎた。
と、ディシウス神はユーラ神を咎めたのだ。
しかしユーラ神は聞き耳を持たなかった。
それどころか、「アルティシーナ神は自分を謀った! 誓いは無効である!」と主張し、ステュイクス川の誓いを破ってまで、レオニダスに天罰を加え……そしてリコリスにまで手を出そうとした。
ディシウス神はユーラ神に反省させるため、そしてステュイクス川の誓いを破らせないようにするために拘束し、宙吊りにしたのだ。
「まあ、それに……こうでもしない限り、レオニダスのやつも気が済まないだろう」
「確かに、そうですね」
相手が神だからレオニダスはユーラ神に対して復讐をしようとは思わなかったが……
しかし、それでも恨みは確かにあったのだ。
「ところで、お父様」
「どうした?」
「一番反省しなければいけない人、というか神もいるんじゃないですか?」
「……うるさい」
ディシウス神は不機嫌そうに言った。
アルティシーナ神は肩を竦めた。




