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第39話 女神様は九つの試練を与える

 「え、えっと……アルティシーナ……様?」

 「今更だし、ティシアちゃんで良いよ。アレクサンドラお姉様」


 ティシアの姿に戻ったアルティシーナ神は愉快そうにケラケラと笑った。

 もっとも愉快なのはティシアだけ。

 アレクサンドラからすればただひたすら困惑でしかない。


 今まで妹だと思っていた相手が実は姉で、しかも自分の崇めていた神様だったのだ。

 アレクサンドラが驚くのも無理はない。


 「騙す形になって、ごめんね?」

 「いや……別に気にしてないけど……です」

 「もっと砕けた感じで良いよ。特別に許してあげる」


 ちなみに……ティシアは今まで一度も、アレクサンドラに対して自分が「半神」だとも、「二人の妹」とも言っていない。

 ティシアが明かしたのは、「自分はディシウス神の娘である」という事実だけだ。


 そこからレオニダスとアレクサンドラが、勝手にティシアを半神だと判断し……

 そして幼い容貌から、自分たちより年下、妹だと勘違いしたのだ。

 

 だからティシアは嘘はついていない。

 もっとも……そう勘違いするように誘導した、つまり騙したのは事実だが。


 「いくつか、聞いてい良い?」

 「良いよ。答えられる範囲ならば、答えてあげるよ」

 「……私が死んだのは、ユーラ神の呪い?」


 アレクサンドラの問いにティシアは頷いた。


 「そうだよ。……守れなくてごめんね」

 「ううん、よくわからないけど……生き返るチャンスは貰えるみたいだし。それにいつかは訪れることだと、覚悟はしていたから。でも……レオニダスが心配で」


 アレクサンドラが呪われたのだ。

 レオニダスも遅かれ早かれ呪われてしまうだろう。


 「それについては心配しなくても良いよ」


 ティシアはそう言って……

 事の詳細を詳しく説明した。


 「そういうわけで、もうユーラ神はあなたにもレオニダスにも手を出せない。ん……まあ、私の計画通りって感じかな?」


 「そう……それは良かった。ありがとう、ティシア。レオニダスを助けてくれて」


 「……お人好しにもほどがあるよ」


 ティシアは苦笑いを浮かべた。

 仕方がなかったとはいえ……ティシアはアレクサンドラを捨て駒にするような形でレオニダスを救ったのだ。

 いくら生き返らせれば良いからと言って……

 アレクサンドラの死を前提とする作戦を立てた。


 そのことをアレクサンドラは批判する権利がある。


 もっともアレクサンドラはそんなことよりも、レオニダスの身の安全の方が重要のようだ。


 「ポーロワ様」

 「どうした、アレクサンドラ」

 「……すみません。私、あなたのことを少し、疑ってしまいました」


 アレクサンドラはポーロワ神に頭を下げた。 

 ポーロワ神は自分を見捨てたのではないか、自分で遊んでいただけではないか。

 そういう疑念が一瞬とはいえ、アレクサンドラの脳裏を過ったのは間違いない。


 「いや……俺も、アルティシーナ神の策に乗ったとはいえ、君を見捨てるような形になってしまったのは事実だ、……すまない」

 

 ポーロワ神もまた、アレクサンドラに謝罪した。

 二人は見つめ合った。


 そして……アレクサンドラは口を開く。


 「あ、あの……もし、もし、生きて現世に帰ることができたら、その時は……」

 「ごほん、ごほん」


 アレクサンドラの言葉をティシアが強引に遮った。


 「そういうのは、実際に現世に帰ることができてから言った方が良いよ。今言うのは、縁起がいいとは言えないね」


 いわゆる死亡フラグというやつだ。

 ……もっともアレクサンドラはもうすでに死んでいるのだが。


 「とりあえず、私はレオニダスを励ましに現世に戻るよ。……まあ、アレクサンドラが復活できるまでは、最短でも三年は掛かるかな? それまで冥界で観光巡りでもすれば?」

 「……冥界に観光名所なんてあるの?」

 「物騒なところはたくさんあると思うけど、ね? 伯父様」


 ティシアはハウリス神に向かって言った。

 ハウリス神は苦々しい表情を浮かべる。


 「ここは新婚旅行に来るようなところではないわ! ポーロワ神、月に一度以上、ここには来るな? 業務が滞る!」

 

 逆に言えば月に一度は恋人に合わせてやるという配慮。

 やはりハウリス神は神々の中でも、一、二を争うほど人情味溢れる神だと、ティシア、ポーロワ神、アレクサンドラの三者は思った。


 「それとアレクサンドラ! 先ほども言ったが……冥界にいる以上、遊ばせておくわけにはいかない。業務の一部を手伝ってもらうぞ」

 「はい!」


 アレクサンドラは頷いた。

 生き返らせてもらうことができるなら、どんなことでもアレクサンドラはするつもりだった。


 とりあえず一応の了承が取れたことを確認し、ティシアはポーロワ神と共に現世に戻る。


 「……それで、アルティシーナ神。どのようにしてアレクサンドラを生き返らせるつもりだ? 生死のルールを捻じ曲げるのだ。相応の理由がなければできないのではないか?」


 神々の力を使えば、今すぐにでもアレクサンドラを生き返らせることは可能だ。

 しかし……いくらポーロワ神の恋人だから、アルティシーナ神のお気に入りだから、ディシウス神の娘だからと言って、そう簡単に人を生き返らせるわけにはいかない。


 世界の秩序はできるだけ、遵守されなければならない。

  

 「レオニダスに試練を受けさせるつもりです。ポーロワ神、あなたはこの件にはできるだけ介入しないでください。神が手助けしたとなれば、アレクサンドラを生き返らせられなくなるかもしれませんからね」


 ティシア――アルティシーナ神――の言葉に、ポーロワ神は酷く不満そうな表情を浮かべる。

 恋人が冥界にいるというのに、何もできない、しないというのは嫌なのだろう。


 「……じゃあ、署名でも集めてきて。アレクサンドラを生き返らせてください、っていうね。ユーラ神以外なら、殆どの神から集められるんじゃないですか?」


 「なるほど。……そうすればハウリス神も、動かずにはいられないな」


 ポーロワ神は頷いた。

 かくして、二人はアレクサンドラを生き返らせるために、動き出した。





 「久しぶりだね。レオニダス、リコリス。二人とも、暗い顔をしている」


 数週間ぶりに現世に戻ったティシアは、二人を呼び出した。

 

 「……当たり前、だろ。今日はアレクサンドラの、葬式があったんだ」


 アレクサンドラの嫁ぎ先の王子は、アレクサンドラが死んだことで我に返った。

 そして……突然、発狂してアレクサンドラは自殺した、という説明と共にアレクサンドラの死体をアルティシーナ王国へと返還した。


 アルティシーナ王国の国王と、その嫁ぎ先の国王は外交問題になるのを防ぐために……

 アレクサンドラが発狂してしまった、という嘘を互いに信じることにした。


 無論、レオニダスとリコリスはそんなことは信じていない。


 「……教えてくれ。アレクサンドラの身に、何が起きたんだ。ティシア、……いや、アルティシーナ神」


 レオニダスの言葉に、隣に座っていたリコリスは目を丸くした。


 「れ、レオニダス様! あ、あれはあくまで仮定の話で……」

 「いや、事実だよ」


 ティシアは穏やかな笑みを浮かべた。

 ティシアはリコリスを見つめる。


 「最初に気付いたのはリコリス?」

 「……はい、そうです」

 「敬語は良いよ。今まで通り、ティシアで良い」


 ティシアはそう言ってから、レオニダスの方を見る。


 「……私の力が及ばなくて、ごめんね」

 「……やはり、ユーラ神か」


 レオニダスの問いにティシアは頷いた。

 レオニダスは額を押さえた。


 「……いつかは、覚悟していたことなんだ。だから、ユーラ神には、恨みは……ないと言ったら、嘘になる。だが、神様ってのは、そういう、理不尽な存在だ。恨んでも仕方がない」


 そう言ってから、レオニダスは机に拳を叩きつけた。


 「だが! 実際にアレクサンドラを殺した下手人が、ユーラ神に呪いを掛けられたとはいえ、謝罪しないどころか、アレクサンドラの名誉を貶めたことは我慢ならない! そして、それに便乗するこの国の王もだ!!」


 神を、ユーラ神を恨むことはできない。

 神話という鎖に支配されている神が、ユーラ神が、自分の夫とその浮気相手の娘や息子に天罰を与えないという選択肢を取ることができないということは、レオニダスも理解している。


 だからこそ……

 レオニダスはその恨みを、実際にアレクサンドラを死に追いやった者と、そしてアレクサンドラの名誉を貶めた者へと向けた。


 「……アルティシーナ神、いや、ティシアと呼んだ方が良いか?」

 「好きなように呼んで良いよ」

 「じゃあ、アルティシーナ」


 レオニダスはティシアを見つめながら言った。


 「……復讐する方法を、術を教えてくれ」

 「……復讐、か」


 ティシアは一瞬、少しだけ残念そうな表情を浮かべた。

 が、しかしすぐに気を取り直して言う。


 「良いでしょう。……後日、私の神殿に来なさい」


 ティシアはそう言ってその場から姿を消した。





 翌日……

 レオニダスはアルティシーナ神殿に訪れた。


 「……来たぞ。どうすれば良い?」

 「私が指定する、九つの試練を受けなさい。そうすれば……如何なる願いも叶えて上げましょう」


 アルティシーナ神はそう言った。

 そんなアルティシーナ神とレオニダスの二人を……リコリスは不安そうな表情で眺めた。






 そして三年の月日が流れた。


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