第37話 女神様の策謀は結実する
「申し訳ありません。私には恋人がいるのであなたと結婚することはできません……これで良いかな? いや、でもこの言い方だと角が立つような……」
アレクサンドラは馬車の中で悩んでいた。
ゴネ続けた結果、取り合えず今すぐ結婚することだけは回避できた。
しかし最低限、顔を見て、話しをしてからもう一度考え直すように言われてしまった。
実の父親ではない養父。
そして本来ならば絶対に逆らってはならない、国王の命令だ。
さすがにこれは拒絶することはできず、アレクサンドラは一度は会いに行ってみることにしたのだ。
もっとも……
少しだけ話したら、すぐに結婚を断るつもりでいる。
ポーロワ神の時のように変な誤解を招くのを避けるためだ。
「うん、やっぱりしっかり断った方がいい。相手に妙な期待を持たせるのは良くないし……」
と、そこでアレクサンドラの脳裏にポーロワ神の顔が思い浮かんだ。
「……どうして来てくれないんですか」
ポーロワ神が直接、父王に「アレクサンドラは俺の恋人だ」と言ってくれればすべて済む話だ。
しかし……ポーロワ神は助けに来てくれない。
「……やっぱり遊ばれていたのかな」
アレクサンドラはため息をついた。
最初はとても強引な人(神)で、自分を誘拐するような者と結婚なんてできない。
と思っていたアレクサンドラだが、何度か会話をし、一緒にデートをしたり、彼の竪琴を聞いているうちに惹かれていった。
今では……さすがに結婚は気が早いが、恋人だと思っている。
……直接、恋人になりたいと口にしたわけではないが。
「それとも何か事情があるとか?」
神様にもやらなければならない仕事があるのかもしれない。
それに手一杯でアレクサンドラを助けに来ることができない……という可能性もある。
それとも……
「私自身の力で切り抜けろ、とか? 試されているのかな?」
確かに、それだけの覚悟がないと神様の恋人には認められないかもしれない。
だとすると……なおさら、アレクサンドラはきっぱりとこの縁談を断る必要がある。
そうこうしているうちにアレクサンドラはその国に到着し……
そして玉座の前へと通された。
そしてその国の王に挨拶をする、
「……本日はお招きくださりありがとうございます」
「うむ。この縁談、前向きに考えて頂けると幸いだ」
互いに社交辞令を交わす。
それからアレクサンドラは問題の王子と顔を合わせた。
「初めまして、アレクサンドラ殿。この度はこのような場を設けさせていただいて、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
それから歓迎の昼食会が開かれた。
アレクサンドラはその王子と食事をしながら会話をする。
(……悪くはない)
アレクサンドラは思った。
しかし……この王子よりも、ポーロワ神の方が数段魅力的に映った。
「……アレクサンドラ様には恋人がいらっしゃるとお聞きしました」
王子が突然、そんなことを切り出した。
アレクサンドラは思わず手を止める。
「……はい。それがどうかしましたか?」
「私では不足ですか?」
緊張が走る。
アレクサンドラはどう答えようか迷った。
そして……迷った末に答える。
「申し訳ありません」
それはつまり、この王子と結婚をすることはない。
という意思表示であった。
「そうですか……」
王子は残念そうな顔を浮かべる。
そして言った。
「……無理強いはできませんね」
こうしてアレクサンドラの結婚は破談となったのである。
さて、その夜のことだった。
王子の夢の中に、ユーラ神が出現した。
「良いのですか? あのアレクサンドラという娘をこのまま放っておいて」
「……何が言いたいのですか、ユーラ神」
王子は聞き返した。
ユーラ神はニヤリと笑った。
「あなたに……あの娘をモノにするチャンスを与えましょう。……翌日、目覚めたらあなたのベッドの横には、ステュイクス川の水が入ったコップが置かれています。それをアレクサンドラに飲ませなさい。そうすれば、あのアレクサンドラの身動きを封じることができます。……そして彼女を犯しなさい。……あなたは、あの女の自分の者にしたいのではないのですか?」
確かに王子はアレクサンドラを自分の者にしたかった。
一目見た時から、アレクサンドラを犯してやりたいと心の底から思っていた。
しかし理性がそれを踏み止めていた。
だが……ユーラ神の言葉は、王子のその理性の歯止めを消滅させた。
「……はい」
王子は静かに夢の中で頷いた。
さて……その翌日の夜。
アレクサンドラは少し後悔していた。
「……もう少し、穏やかな断り方があったかもしれない」
自分が結婚を破談にさせたことが、アルティシーナ王国とこの国の外交問題にならないだろうか。
アレクサンドラにはそれだけが気がかりだった。
しかし同時に、断って良かったとも思っていた。
(やっぱり私は、ポーロワ神が好きなんだ……)
アレクサンドラは改めて、ポーロワ神への好意を自覚したのだ。
そして彼女は決意する。
(……今度、お会いした時、私の方から結婚を申し出よう)
自分が結婚を申し出た時に、ポーロワ神はどんな表情をするだろうか。
アレクサンドラは思わず笑みを浮かべた。
そんな時だった。
「……アレクサンドラ様。喉が渇いてはいませんか?」
この国の召使が、水を持ってアレクサンドラの部屋へとやってきた。
確かに少し喉が渇いていた。
アレクサンドラは気の利く召使だと思い、その水を飲んだ。
そして……
アレクサンドラは地面に倒れた。
(!!!!!)
体が動かない。
(まさか……毒?)
アレクサンドラは顔を青くさせた。
ステュイクス川には様々な効果がある。
この川に浸かると不死身の力を得ることもあれば、逆に毒として、神や半神の体を蝕むことができる。
アレクサンドラは知る由もないが、アレクサンドラが飲んだ水はステュイクス川の水で……
その毒でアレクサンドラは身動きが取れなくなってしまったのだ。
本来なら半神として、普通の人間を凌駕する身体能力を持つアレクサンドラだが……
毒によって、その能力を落とし、一時的にとはいえ、人間と普通の少女と同じか、それ以下の力しか出なくなってしまった。
「……本当に効果があるとはな」
アレクサンドラの前に……この国の王子が現れた。
王子は正気を色欲に支配された目でアレクサンドラを見下ろし、そして遅い掛かる。
「っつ!!!」
アレクサンドラは必死に逃げようとするが……
体は思うように動かない。
そして壁際にまで追い込まれてしまう。
「……もう、逃げ場はないぞ」
王子は言った。
「……そう、みたいね」
そしてアレクサンドラは……以前、ティシアから貰ったナイフを取り出した。
さて……一般的に神々の意思の込められた呪いや祝福、運命の操作を『神意』と呼ぶ。
基本的に神意を帯びた物事、事象、行為は必ず成功する。
そのため……本来ならば、ユーラ神の神意を帯びた命令である、「アレクサンドラを強姦する」ことは成功するはずであった。
しかし……今、この場にはもう一つの神意があった。
そう、アルティシーナ神の神意である。
アルティシーナ神は以前、アレクサンドラにこう言ってナイフを渡した、
「まあ……もし敵わないような相手なら、自分の喉に突き刺しなさい。処女は守りたいでしょう? 私が保証しましょう……そのナイフなら、絶対に成功します」
そう、アルティシーナ神は「強姦されそうになった場合、必ず自殺に成功する」という神意が込められたナイフをアレクサンドラに事前に渡しておいたのだ。
そして……また、アルティシーナ神はステュイクス川にこのように誓っていた。
「これから、私は直接間接問わず、ユーラ神の天罰を邪魔しません」
そう……これからである。
つまりこの宣言をする以前の、アルティシーナ神の神意は依然として効力を持ち続けるのだ。
結果……
「強姦した後にアレクサンドラを殺す」というユーラ神の神意と、そして「強姦される前にアレクサンドラが自殺に成功する」というアルティシーナ神の神意がこの場で衝突することになる。
そして、両者の共通点である「アレクサンドラが死ぬ」という神意だけが折衷案として、この場で運命に選ばれた。
「……ポーロワ神に処女を捧げられずに強姦されるくらいなら、私はここで死ぬ!!」
斯くして、ティシアの渡したナイフはアレクサンドラの喉を貫いた。




