第36話 女神様は策謀を巡らせる
「待って……条件があります」
ここでユーラ神が口を開いた。
そして……アルティシーナ神を睨みつける。
「この蛇女に誓わせてください。あと、ディシウスと、ついでにポーロワにも、私の天罰に手を出して、アレクサンドラを助けようとしないと」
ユーラ神がそう言うと……
アルティシーナ神は舌打ちをした。
……つまり裏で助けようとしていたということだ。
「アルティシーナ、それはダメだよ。妥協案の意味がなくなるからね。君の気持ちも分かるけど、ここは僕の顔を立てて、飲んでくれないか? それと、ポーロワも」
「……ヴェスタティア伯母様が言うなら、仕方がありません」
「おい、アルティシーナ!」
「……仕方がないでしょう」
アルティシーナ神が諦めたのを見て、ポーロワ神は旗色が悪いと判断したのか、異論は挟まなかった。
「ではこれで決まり……」
「待ってください」
アルティシーナ神が遮る。
そしてユーラ神を睨みつける。
「そこの女が一度で済ませるとは思えません。理由をつけて、二度三度の天罰を下そうとするはずです」
「まさか、そんなことをするはずがないでしょう」
「あなたの嫉妬深さは全ての神々が知っている。……みんなもそう思うでしょう? この女が納得するはずがない!」
アルティシーナ神の言葉には悲しいことに説得力があった。
この場に出席した神々は「確かに、言われてみればそうだ」と口々に言う。
「……では、こうしよう。ユーラよ、アーイリスに命じてステュイクス川の水を取って来させるのだ」
「ステュイクス川の水を? ……なるほど。分かりました、ディシウス」
ユーラ神は虹の女神、アーイリス神に命じて……
冥府に流れる川、ステュイクス川の水を汲んでこさせた。
そしてそれをそれぞれ、ディシウス神、アルティシーナ神、ポーロワ神、そしてユーラ神に分配する。
「知っての通り、誓ってからこの水を飲むと、誓いを破れなくなる。我、ディシウス神は誓おう。直接間接問わず、ユーラ神の天罰の邪魔はしない」
そしてディシウス神はユーラ神に促した。
「……私、ユーラ神は誓う。直接間接問わず、アレクサンドラとレオニダスに下す神罰は一度きりだと」
そして二柱の神はポーロワ神とアルティシーナ神を見た。
ポーロワ神は忌々し気に二柱を睨んでから、口にする。
「……誓おう。我、ポーロワ神はユーラ神の神罰を邪魔しない」
そして最後にアルティシーナ神が溜息をついてから、言った。
「これから、私は直接間接問わず、ユーラ神の天罰を邪魔しません」
そして四人は一斉に水を飲んだ。
四人の体にステュイクス川の女神、ステュイクス神の権能が働く。
これで四人は誓いを破ることができない。
斯くして二人への神罰が決まった。
「これで良かったのかい? アルティシーナ」
アルティシーナ神殿を訪れたヴェスタティア神は、アルティシーナに言った。
「ええ、ヴェスタティア伯母様。あなたのおかげです」
アルティシーナ神は笑みを浮かべた。
ヴェスタティア神は苦笑いを浮かべる。
「僕はその、『おばさま」っていうフレーズがあまり好きではないね」
「あら、そうなのですか? ではヴェスタティアお姉様」
「……ヴェスタティアで良いよ、アルティシーナ」
「お姉様」は流石に気恥ずかしかったようだ。
ヴェスタティア神の言葉に、アルティシーナ神は肩を竦めた。
「それで……これからどうするつもりなんだい? まさか、アレクサンドラを捨て石にしてレオニダスを助けるのが、君の策なんじゃないだろうね?」
「アルティシーナ! だとしたら、俺は貴様を絶対に許さんぞ!!」
怒鳴り込んできたのはポーロワ神である。
彼もアルティシーナ神に用があって、この神殿にやってきたのだ。
そして……丁度、ヴェスタティア神の言葉を耳にしたのだろう。
ポーロワ神はアルティシーナ神の胸倉を掴んだ。
「俺は貴様が何とかすると言ったから、その案に乗って、あの場では大人しくしたのだ! 本当はあのユーラめを撃ち殺してやりたいくらいだったのだぞ? もしアレクサンドラを見捨ててみろ、お前を八つ裂きにして、奈落に突き落としてやる」
「好戦的ですね……」
「アルティシーナ。悪いけど、僕も同じ気持ちだよ。……僕は君があの二人を、兄弟姉妹を助ける策があるというから、その話に乗って、あの提案をしたんだよ。……もう健全な家庭が崩壊する様を見たくないんだ。もし……君がアレクサンドラを捨て石にしようとしているならば、許さないよ」
今にもアルティシーナ神を殴りかかろうとするポーロワ神。
そしてアルティシーナ神を睨むヴェスタティア神。
アルティシーナ神は溜息をついた。
「取り敢えず……放して貰えませんか? これでは説明のしようがありませんよ」
「……良いだろう」
ポーロワ神はアルティシーナ神を解放した。
アルティシーナ神は胸元を直してから、真剣な表情で二人に言う。
「私はアレクサンドラも、レオニダスも、どちらも助けるつもりですよ。そしてその策はすでに九割は進行しています。あとは……ユーラ神の神罰が、私の予想通りのものであれば、全て上手く行きます」
「待て! 神罰を防ぐ気はないのか? あの女は間違いなく、アレクサンドラを殺すぞ!!」
ポーロワ神が言うと、アルティシーナ神は肩を竦めた。
「そもそも……それがユーラ神の仕事です。それを我々に妨げることはできませんよ。あの女は何が何でも神罰を与えようとします。それを防ぐのは不可能です。防げぬものを防ごうとするのは、ナンセンス。ですから……」
アルティシーナ神はニヤリと笑みを浮かべた。
「あの馬鹿な女の思考を誘導し、神罰の内容を限定し……その上で神罰が下った後に備え、万全の用意をしておく」
アルティシーナ神は上機嫌に言った。
「男に支配される女は三流です。安寧のために自由を捨てるのは臆病者です。男に抗う女は二流です。暴力に対し暴力で挑むなど、愚者の行い。最悪の結果を招きかねません。……一流の女は、支配させてあげるんですよ。そして逆に支配してやるのです」
アルティシーナ神は妖艶に笑みを浮かべ、ポーロワ神に指を突き立てる。
「それと同じです。ユーラの神罰を防がず諦めるのは三流。ユーラの神罰を防ごうと足掻くのは二流。一流の神ならば……ユーラに神罰を下させてやるのです。そして後の先を取り、確実に二人の安全を確保する」
そう言って踵を返した。
「黙ってみていてください。二人の安全は必ず確保します。ステュイクス川の水を飲んでも、良いですよ?」
アルティシーナ神はケラケラと笑った。
ユーラ神は考えていた。
どのような神罰を与えるべきかを。
取り敢えず……アレクサンドラを殺すのは確定事項だ。
一人にしか天罰を下せない以上……レオニダスの分までアレクサンドラには天罰を背負って貰う。
問題はどのように殺すかだ。
ユーラ神の脳裏に考え得る限りの苦痛を伴う死に方が浮かぶ。
しかし……どうにもパッとしない。
そしてふと思い浮かぶ。
「そう言えば、あの女の恋人はポーロワ神だったか……」
ポーロワ神とは一応の和解はした。
しかし今でも気に食わないのは間違いない。
そしてユーラ神は思いついた。
そうだ、強姦させようと。
最愛の男に処女を捧げることができず、強姦され、死ぬ。
これほどの女としての屈辱はあるだろうか?
折角だ。
一人ではなく、不特定多数の男に何日も監禁され、奴隷にされ、歯を圧し折られ、手足を削がれ、望まぬ子を妊娠させられ、最後には便器に打ち捨てられて死ぬ。
そんな呪いを掛けてやろう。
ユーラ神は早速行動に移った。
まずはアレクサンドラが嫁がされる予定となっている国の王子を狂気に落とす。
それだけではない。
その国の国民全体を狂わせる。
アレクサンドラが死ぬまで続く呪いを掛けてやろう。
「ふ、はははははは……」
ユーラ神は愉快そうに笑った。




