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第35話 女神様は会議に参加する


 「まあまあ、落ち着けよ。母上……父上の浮気はいつものことじゃねえか。父上の母上への愛は揺るがねぇって」

 「何ですか! マレアス! あなたもディシウスを庇うのですか!!」

 「い、いや、そうじゃねぇけどよぉ……過ぎちゃったことはしょうがねぇだろ。あの二人を呪うよりも、夫婦で話し合うことが最優せ……」

 「浮気を許せということですか!」


 ユーラ神の怒鳴り声が天界に響く。

 それは大地を震わし、海を大きく揺らした。


 「やはりあなたはディシウスの子ですね! 男が浮気をしても、泣き寝入りするのが貞淑な妻だ、我慢しろと言い、自分は複数の女と関係を持つ!」


 「い、いや! そんなことはない。浮気は良くないことだ、うん……」


 「ほう、マレアス。それは儂の目を見て言えるのか? うん?」


 マレアス神にアグニストス神が絡んだ。

 アグニストス神の妻、美の女神アフヴィナス神をマレアス神が寝取ったのは有名を通り越して、天界の常識である。


 マレアス神とアフヴィナス神は子供まで作っている。


 「い、いや……今はそれとこれは関係ないだろ!」

 「関係ないだと? よくもまあ、抜け抜けと言えるな!!」

 

 いつの間にか、話がマレアス神とアグニストス神の喧嘩に発展する。


 「ふふ、可哀想に……自分に自信がない女は大変ね。まあでも、仕方がないことだわ。私以上に美しい女神なんていないし」


 「何ですって! アフヴィナス! 一番美しいのは私です!!」


 そしてアフヴィナス神とユーラ神が、唐突にどちらの方が美しい女かの言い争いを始める。 

 あまりの収拾のつかなさ加減に、ポーロワ神は思わず頭を抱えた。


 「呆れました……なんで全然関係のない話題で言い争いをしているのですか」

 

 心底呆れたというように、アルティシーナ神が言った。

 たった今、到着したのだ。


 ポーロワ神はアルティシーナ神に希望を託す。


 「マレアス、アグニストス……あなたたちのそれは本筋とは関係ありません。無駄な喧嘩はやめてください」 

 「ほれ、お前の大好きなアルティシーナ神様が言っているぞ?」

 「し、しかしだな……あ、アルティシーナ……」

 「くどいです! ……アフヴィナスなどという、頭と股の緩い馬鹿女はそこの馬鹿男にでもくれてやれば良いでしょう! 今はそんな話をしている時ではないのではないですか?」


 頭と股の緩い馬鹿女、と言われたアフヴィナス神がアルティシーナ神に噛みつく。


 「ちょっと、アルティシーナ! それはどういう意味?」

 「そのままの意味です、アフヴィナス。この色ボケ女神……ユーラ神も、アフヴィナス神も、どちらが美しいなどと……何を不毛で、馬鹿な話をしているのですか?」


 そうだ、言ってやれ!

 ポーロワ神は内心でアルティシーナ神を応援する。


 「世界で一番美しいのはこの私です! そんな自明なことすら分からず、世界一を争うとは、滑稽ですね。二位じゃダメなんですか?」


 ダメだ、こいつも同類だった……

 ポーロワ神は頭を抱える。


 アルティシーナ神の発言はアフヴィナス神とユーラ神の怒りに触れたらしく、三人はそのままどちらが一番美しい女神かの言い争いを始めようとする。


 「ええい! 馬鹿女共が!! 早く本題に入れ!! さもなければ、吾輩は帰るぞ!!」

 「……ワシも仕事がある。帰っても良いか?」


 早く本題に入れと怒り狂うナパト神。

 そして本当に帰って仕事をしたそうなハウリス神が、三女神の争いを強引に止める。


 「君たち……一番美しいかは、後で決めれば良いじゃないか。それよりも、ディシウスの浮気について話し合わなくても良いのかい?」

 「私は別に良いけど?」

 「アフヴィナス、できれば君は話し合いが終わるまで、黙っていて貰えないかな?」


 竈の女神。

 家庭の守護神。

 ディシウスやユーラの姉である、ヴェスタティア神がやんわりと宥める。


 「ヴェスタティアの言う通りだ……それよりも、私たちの弟たちの話の方が、最優先だ。くだらない話は後でやりな」


 狩猟の女神。

 森の守護神。 

 ポーロワ神の双子の姉(妹)のディアテミナ神もまた、早く話を進めるように諌める。


 尚、ヴェスタティア神とディアテミナ神にアルティシーナ神を合わせ、俗に三大処女神と言う。


 「ごほん、そういうことです。……レオニダスらの話に移りましょう。ところで、肝心のお父様はどこにいらっしゃるのですか?」

 「……ここだ」


 すると片隅に座り込んでいたディシウス神が返事をした。 

 不思議といつもより、数段小さく見える。


 両頬が腫れているのは、ユーラ神に叩かれたからだろう。


 「ごほん……あー、既に一部の者たちは知っていると思うが、レオニダスは巨兵大戦に勝利するための切り札だ。だから失うわけにも、恨みを買うわけにもいかない」

 「それに、アレクサンドラは俺の婚約者だ! ……手を出すのは許さない」


 ディシウス神の言葉に続き、ポーロワ神も主張する。

 しかしユーラ神は目を吊り上げて怒鳴った。


 「それが何だというのですか! 浮気の言い訳にはなりません!! 浮気女がもうすでに死んでいる以上、その咎はその息子と娘にあります!」

 

 何が何でも天罰を与える。

 ユーラ神はそう主張した。


 「レオニダスとアレクサンドラは、私の信徒です。勝手に手を出すのは許しませんよ、ユーラ」


 アルティシーナ神も当然、レオニダスとアレクサンドラを庇う。

 そしてアルティシーナ神とユーラ神は互いに睨み合った。

 

 「とはいえ、このまま何のお咎めなしというのはダメだと思うけどね……ユーラの顔も立てないと」


 そう言ったのは、冬の女神、ケリエステル神だ。

 同じ豊穣の女神として、ユーラ神には同情的のようだ。


 「私もお母様の意見に賛成だわ」


 春の女神、リセフィア神もケリエステル神に同意する。

 彼女は十二柱神ではないが、ハウリス神の妻であり、十二柱と同格の存在として認められ、この場に来ていた。


 「顔を立てる? 馬鹿な話だ。ディシウスの倅、レオニダスは戦の勝敗を決する重要な兵器なのだろう? そんな下らぬ女の嫉妬で失うのは不合理だ! 神罰を与えることには吾輩は反対だ」


 海神。

 海と大地を司る神、ディシウスの兄、ナパト神はそう主張する。


 「ワシは……神罰を与えるべきだと考える。特例は許されるべきではない。どんなにそれが理不尽なものであるとはいえ、死は死である。それと同じ……ユーラの神罰に例外があってはならない」


 明確にユーラ神の支持に回ったのはハウリス神。

 冥界、冥府を司る神である。

 リセフィア神と同様に普段は冥界にいるため十二柱神に数えられていないが……同格の存在としてこの場に出席を許されていた。


 「っひぐ、俺もハウリスの旦那の意見に賛成だね。んー、確かにレオニダスと……アレクサンドラ、だっけ? 可哀想だが……他の奴らも通った道だ」

 

 酒の神、バニュコソス神は意外にもユーラ神を支持した。

 彼は元々半神ではあり、ディシウス神と人間の王女の息子である。

 そのためユーラ神の嫉妬に苦しめられた被害者だが……もうすでにユーラ神とは和解している。


 「私も……そうだね。心情的には味方をしてあげたいけど、世の中には守るべき秩序というものがある。多少の神罰は然るべきだろうね」


 狩猟の女神、ディアテミナ神もそう言った。

 彼女はポーロワ神と双子で、ディシウス神とその浮気相手の娘としてユーラ神に苦しめられた。

 しかしそれはそれ、これはこれ。

 双子の兄弟とは真逆の立場を示した。


 「俺は反対だぜ。……今回は戦の勝敗が関わってるんだ」

 「儂も……マレアスと同じ意見になるのは癪に障るが、武具を作ってやった仲だ」


 マレアス神、アグニストス神はどちらもユーラ神の実の息子だが、ユーラ神とは反対の立場を取った。


 「ん……よく分からないけど、神罰は必要なんじゃないかしら? 特別扱いはダメよ」


 一方普段はユーラ神と、どちらが美しいかで言い争いをしているアフヴィナス神は、ユーラ神を支持する立場に回った。


 「僕は神罰には反対です。……二人は何も悪くありませんよ」


 普段から二人を見守っていたトルトメス神はレオニダスとアレクサンドラの二人に同情的で、ユーラ神と反対する立場に回った。


 「……これはまた、割れたね」


 竈の女神、ヴェスタティア神は困ったように頭を掻いた。



 神罰賛成派には


 神々の女王、ユーラ神。

 美の女神、アフヴィナス神。

 冬の女神、ケリエステル神。

 春の女神、リセフィア神。

 狩猟の女神、ディアテミナ神。

 冥界の王、ハウリス神。

 酒の神、バニュコソス神。



 神罰反対派には


 神々の王、ディシウス神。

 海神、ナパト神。

 伝令神、トルトメス神。

 軍神、マレアス神。

 鍛冶神、アグニストス神。

 光明神、ポーロワ神。

 戦乙女神、アルティシーナ神。


 十三柱(・・・)の十二柱神に、冥界の王と女王を加えた十五柱の神々は……

 真っ二つに割れてしまった。


 まだ意見を示していないのはヴェスタティア神だけである。

 彼女の選択で、大きく変わる。


 「困ったね……僕がどちらに与しても、遺恨が残りそうだ」


 竈の女神、ヴェスタティア神は苦笑いを浮かべた。

 そして神々が注目する中、静かに考えこみ……そして口を開く。


 「……そうだね。僕はどちらも選ばない。その代わり、妥協案を提案させてくれないかい?」

 「……妥協案、ですか。お姉様」


 ユーラ神の言葉にヴェスタティア神は頷いた。

 

 「それは良い。……姉上の意見ならば、きっと皆納得するだろう」

 

 ディシウス神は歓迎の意を示す。

 実はこの場の最年長者は、ヴェスタティア神なのだ。


 神王であるディアテミナ神も、嫉妬深いユーラ神も、乱暴者のナパト神も……

 最年長者であり、姉であるヴェスタティア神には頭が上がらない。


 「それは良かった。……では聞いてくれ。まず、神罰は与えなければならない。与えないのは世界の秩序を乱す行為だからだ」


 ユーラ神の意志を尊重するため、というのもある。

 このまま何もしないのは、ユーラ神の面目を潰すことになる。

 

 それは避けなくてはならない。


 「しかし……二人が可哀想だという意見も分かる。僕は家庭の守護神だ……僕としても、家族が崩壊する様は見たくない。それにアルティシーナ神の面子もある。大切な信徒がユーラに呪われるのを黙って見てはいられないだろう」


 さらに……

 ヴェスタティア神は言葉を続ける。


 「それに巨兵大戦でレオニダスは重要な働きをすることになっている。彼を殺すわけにはいかないし、そして恨みを買うわけにもいかない。だから……出来る限り、穏便に済ませたいところだ」


 ヴェスタティア神のここまでの意見は……

 つまりこの場で出た全ての神々の考えの総括である。


 そして……ここからがヴェスタティア神の考えである。


 「だから直接的な神罰の対象はアレクサンドラにのみ、限定する。そして……レオニダスには、大切な姉、または妹が苦しんだ事実を神罰とする。そして……ユーラ、神罰を与えるのは一度きりだ。一度神罰を与えたら、それで手打ち。二度と二人には手を出さない。……どうかな? みんな」

 

 「待ってくれ!!」


 声を荒げたのはポーロワ神だ。


 「アレクサンドラは俺の嫁だぞ!」

 「ポーロワ、君の気持ちはよく分かる。でもね、君一人の意見を通すわけにもいかない。……他の者たちはどうかな?」


 特に反対意見が出る様子はない。

 最後にヴェスタティア神は当事者である、三神に尋ねた。


 「ディシウス、君はどうかな?」

 「……特に異議はない」

 「ユーラ、君は?」

 「……仕方がありませんね」


 そして最後にアルティシーナ神に尋ねる。


 「君はどうだい?」

 「……」


 アルティシーナ神はしばらく黙ってから答えた。


 「異議はありません」


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