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第32話 半人前の英雄は神様の正体について知る


 「ったく、本当にこんな山の中に賢人なんているのかよ」


 レオニダスは山を登りながら愚痴った。


 先日、レオニダスは魔獣メルゴスを討伐したお礼に……

 神々の秘密について、アルティシーナ神から聞く権利を得た。


 しかしアルティシーナ神は言った。


 「私の口から説明するのは面倒なので、私よりも詳しい者を紹介します。弓を持って、あの山に登りなさい。きっと運命があなたを導いてくれるでしょう」


 少し約束破りな気もしたが……

 とりあえず、山に登れば知ることができそうなのでレオニダスは大人しく登山をすることにした。


 その「詳しい者」がもし教えて貰えなかったら、改めてアルティシーナ神に文句を言いに行けば良いだけのことである。


 山を歩いていると……


 「……何だ? あれは」


 遠くの岸壁に何かが貼り付いている。

 よく目を凝らしてみると……それは巨人だった。


 否、巨神である。


 一柱の神が岸壁に鎖で拘束されているのだ。


 「もしかしてあいつか?」


 アルティシーナ神が言っていた、「詳しい者」というのは。

 レオニダスは呟いた。


 すると……空から巨大な大鷲が舞い降りてきた。

 その大鷲は迷わず巨神のところへと飛んでいき、その腹に爪を立てた。


 そして内臓を啄み始める。


 「うわぁ……痛そう」


 何らかの罰を受けているのだろう。

 レオニダスはそう判断した。


 「弓を持っていけって、ことは……あの大鷲を射貫けってことか」


 アルティシーナ神は特に何も言っていなかった。

 多分、大丈夫だろう。


 レオニダスはそう判断し、弓を引き絞り……矢を放つ。


 矢は真っ直ぐ飛び、大鷲の頭を一撃で射貫いた。


 大鷲はあっという間に地面へ落下する。 

 巨神は今の一撃でレオニダスの存在に気付いたらしく、レオニダスの方を見た。


 そこに驚きの表情はない。

 まるでこうなることを知っていたかのような、悟り切った目をしている。


 レオニダスは巨神のもとへと急いだ。


 「そこの巨神よ、名前をお尋ねして良いか?」

 「我が名はプロムセス。文明神プロムセスである……半神の英雄、レオニダスよ」

 「……まだ英雄と名乗れるほどの者ではない」

 「謙遜をするな。あの黄金の獅子を打ち倒したと聞く。もうすでに英雄と名乗るだけの実力はあるだろう」


 プロムセス神はレオニダスを見下ろして言った。

 レオニダスは岸壁を上り、鎖が撃ち込まれている杭を掴む。


 「プロムセス神。あなたを解放すれば良いのか?」

 「好きにすると良い」


 返答になっていない。

 が、取り敢えずレオニダスは肯定と捉え、杭を引き抜いた。


 こうしてプロムセス神は解放された。


 「さて、人と神の子よ。私に何用だ? まさか助けに来たわけではあるまい」

 「アルティシーナ神にここに行くように言われたんだ」


 レオニダスは事の経緯をプロムセス神に話す。

 プロムセス神は笑みを浮かべた。


 「ふむ……説明をこの私に託すか。適任ではあるな」

 「じゃあ教えてくれるのか?」

 「無論。まずは何から教えて欲しい?」


 少し悩んでから、レオニダスは神々の言う「切り札」とは何なのかについて尋ねた。

 

 「それは巨兵を打ち倒すための兵器のことだ」

 「巨兵……あの、アルティシーナ王国を襲った化け物か」


 レオニダスは「神によって殺されることはない」という加護を持った、巨大な生き物を思い浮かべた。

 

 「その通り。巨兵たちは神の座を、この世界の支配権を狙っている。彼らを打ち倒すためには、神だけの力では足りない。人の力が必要なのだ。そう、つまりお前の力だ」

 「……俺の、力?」

 「そうだ。巨兵たちの止めを、お前が刺す。そうすれば巨兵を殺すことができる。簡単な話だろう? アルティシーナ神がお前に試練を与えるのは、お前を英雄として、巨兵大戦に連れて行けるだけの戦力とするためだ」

 「……なるほど」


 レオニダスはようやく納得がいった。

 神々がレオニダスにこのことを伏せていた理由も分かる。

 巨兵たち、そして巨兵の母であるガイアス神にこのことが知られると不味いからだろう。


 「では……次の問いだ。アルティシーナ神の神話、『反逆神話』と『寝取り神話』の二つがある。あれはどちらが本当だ?」

 「どちらが、という意味では答えは無い。あれはどちらも真実であり、また虚偽であるからだ」


 レオニダスははぐらかすような答えに、眉を顰めた。

 プロムセス神は目を細める。


 「はぐらかしているわけではない。全ての神話は神々にとって、同じ『過去』なのだよ。もっともその神話を信仰する人間の数によって、その『過去』の比重は変わるが」


 「……意味が分からない。複数の過去があるってことか?」


 そんな馬鹿なことがあるわけない。

 レオニダスはそういう意味合いで言ったのだが……


 プロムセス神は頷いた。


 「その通りだ」

 「……理解できない」


 レオニダスは首を左右に振った。


 「それは絶対におかしい。……過去は一つだ」

 「それは人間にとっての話。神々にとって、過去は無数に存在し得るのだよ」


 プロムセス神はどう説明しようかと、顎に手を当てて考える。


 「ふむ、では先に神とはどのような存在なのかを、説明しよう」

 「……そうしてくれ」

 「まずはこれだ」


 プロムセス神は丁度近くを這っていたムカデを手で捕まえた。


 「このムカデと、お前たち人間。そして神。仲間外れがいる。どれだと思う?」

 「……強いて言うなら、ムカデだろ。人間と神は近い存在だ。事実、俺は神と人間の子だ」


 レオニダスがそう言うと、プロムセス神は首を左右に振った。

 

 「いや、違う。神はムカデや人間とは、根本から異なる」

 「つまり神様は素晴らしいんだ、と言いたいのか?」


 レオニダスが不機嫌そうに言うと、プロムセス神はまた首を左右に振る。

 そして軽く頭を下げた。


 「不機嫌に思ったのであれば、申し訳ない。そういう意図はない。理由を説明しよう……ムカデは生き物だな?」

 「そりゃあ、そうだろ」

 「人間は生き物だ」

 「ああ、そうだ」

 「そして全ての生き物は、必ず死ぬ。そうだな?」

 「……ああ」


 レオニダスはプロムセス神が言わんとしていることを理解し始めた。

 そう……

 全ての生き物は死ぬのが定めだ。


 しかし神は不老不死である。

 死ぬことはない。


 「神は死なない。そして基本的に老いることもない。当然だな……神はそもそも生き物ではないからだ」

 「……生き物ではない?」

 「そうだ。神は生命ではない。だから死なないのだ。そもそも生きていないのだからな」


 生と死は表裏一体のもの。

 死が存在しないということは、即ち生も存在しないということになる。


 なるほど、これは理解しやすい。

 だが……それでも納得はできない。


 「だがあなたは目の前にいる。あなたは……生きているだろう?」

 「お前の目には生き物しか映らないのか? 岩や水は生きていない。だが目に映るだろう。それと同じことだ」

 「それは……確かに、そうだけど! じゃあ、生き物じゃないのなら、神ってのは何なんだ?」


 再び話が一周する。

 しかし前よりも理解は深められた。


 プロムセス神は結論を口にする。


 「神とは、現象であり概念だ」


 「……現象? 概念?」


 「そうだ。雷が落ちる。火山が火を噴く。大地が揺れる。火を起こし、鉄を打つ。鉄で農地を耕す。法を敷く。法で支配をする。結婚をする。戦争をする。そういった現象や概念が『神格』となり、人々の紡いだ神話によって『意思』を得て、この星や宇宙全体に満ちる力である『エーテル』と、人々の信仰心からである『アーエール』の混合物、『神性』を血肉として受肉した存在。それが神である」


 レオニダスは目を丸くした。

 そしてしばらく考え……プロムセス神の言った言葉を咀嚼し、飲み込む。

 

 それからゆっくりと口を開く。


 「あなたの言うことをそのまま受け取ると……神を作り出したのは……」


 レオニダスは喉が不思議と渇くのを感じた。

 それを口にすれば、後戻りができないような気がした。


 しかし……もう取り返しが付かない。


 レオニダスは神々にとって、最大の禁忌を口にする。


 「人と、いうことになる。神が人を作り出したのではなく、人が神を作り出したということになるじゃないか! 神は造物主ではなく、被造物。むしろ人こそが造物主になる!」


 お願いだから、否定してくれ。

 レオニダスはプロムセス神の、どこまでも見通すような、煌めく瞳を見つめて言った。



 プロムセス神は……



 ゆっくりと



 頷いた。



 「その通りだ、レオニダス」


 レオニダスの心の中で、何かが崩れ落ちるのを感じた。

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