第31話 英雄のヒヨッコは魔獣を撃破する
「と、そういうわけですから。もしメルゴス神、否、魔獣メルゴスを見つけたら討伐しなさい。その時は何らかの褒美を用意しましょう」
アルティシーナ神はリコリスを通して、レオニダスを呼び出し、そう命じた。
レオニダスはなるほど、と頷く。
「分かった。……と、言いたいところだが、聞きたいことがある」
「何ですか?」
「……メルゴス神はあなたの母親だろう。何も思うところはないのか?」
レオニダスの問いに、アルティシーナ神は目を細めた。
「母親、ですか。まああれの胎から生まれたのは事実ですが。何も思うところはありませんね」
「……なるほど」
レオニダスは少し考えてから、尋ねる。
「あといくつか、質問をしても?」
「そうですね……答えるかどうかは内容によりますが。此度はこちらからあなたに依頼したわけですし、大目に見ましょう」
「心遣い、感謝する」
やはりアルティシーナ神は比較的、話の分かる神だ。
レオニダスはそう思いつつも、いや、だからこそ思うのだ。
「メルゴス神とあなたの『反逆神話』と『寝取り神話』。あれはどちらが真実なんだ?」
シン……
神殿が静まり返る。
神官たちはカーテン越しにやり取りをする、アルティシーナ神とレオニダスを固唾を飲んで見守った。
神に対し、その神話の真偽を尋ねる。
これは神に対する侮辱なのだ。
もっとも……レオニダスはそれを知らないのだが。
「なるほど、レオニダス。今のは私でなければ、問答無用で死罪でしたよ」
「……そうなのか」
「ええ、気を付けなさい」
「分かった。……それで答えてくれるのか?」
しばらくの沈黙の後、アルティシーナ神は答えた。
「返答しましょう。……どちらも真実であり、また虚偽です」
「……どういうことだ?」
「より詳しい説明を聞きたければ、魔獣メルゴスを討ち取ってきなさい。それを褒美とします」
「承知した」
レオニダスは頷き、神殿から去った。
「そういうわけだから、協力してくれないかな?」
「分かったわ」
「良いですよ」
「了解」
レオニダスがメルゴスのことについて三人に話すと、アレクサンドラ、リコリス、ティシアは頷いた。
……一人、(というより一柱)依頼者ご本人がいるが、気にしてはいけない。
「でも良いの? 私たちが手伝って」
「一人でやれとは言われてない。何か人質にされているってわけでもないし、良いんじゃないか?」
アレクサンドラの問いにレオニダスは答えた。
実際、ティシア――アルティシーナ神――もメルゴス討伐を一人でやらせようとは思っていない。
元々自分がやらなければならない仕事でもある。
「そういうわけだが、リコリス。メルゴス神について、教えてくれ」
「分かりました。良いですよ」
リコリスは頷いた。
『蛇神』メルゴス。
元は美しい銀髪に、毛先が一部蛇になっている、容姿の整った美少女だった。
しかしアルティシーナ神によって、その姿は醜く変えられてしまった。
「髪の毛が蛇になってるのは、アルティシーナ神の呪いじゃないんだ」
「いや、だってアルティシーナ神だって髪の毛が蛇になってるじゃないですか」
「そう言えば……そうだったわね」
アレクサンドラはアルティシーナ神の美しい金髪と、蛇の髪を思い出す。
あれはとても神秘的で美しかった。
元々はメルゴス神もそんな姿だったのだろう。
「基本的に天界に住んでいた頃、十二柱の一角を占めていた頃のメルゴスをメルゴス神、追放された後のメルゴスを魔獣メルゴスと言います。レオニダス様の討伐の対象は魔獣メルゴスですね」
「魔獣と神ってのは、違うのか?」
「性質が異なります。神は人間を愛していますが、魔獣は人間をひたすら憎んでいます。魔獣メルゴスはアルティシーナ神に信仰の基盤を奪われ、神としての尊敬を失いました。まあ、つまり弱体化したということです」
だからこそ、半神とはいえ人間の英雄でも打倒できたのだ。
「魔獣メルゴスの首は、アルティシーナ神の持つ堅き盾に埋め込まれています。ですから……おそらく、奈落から脱走したというメルゴスは首無し死体ということになりますね。魔獣メルゴスの最大の脅威は呪いの瞳です。ですが、それがない以上は何の脅威でもありません」
つまり今のレオニダスならば十分に倒せる相手ということになる。
「なるほど……問題はどうやって見つけるか、だな。どこにいるんだろうか?」
「まあ、この国にいるなら間違いないんじゃない?」
ティシアはのんびりと答えた。
三人の視線がティシアに集まる。
「それはどうしてだ?」
「簡単な推理だよ。奈落に閉じ込められていた魔獣がまず初めに何をしようとするか……まあ、復讐でしょ? 魔獣メルゴスの憎しみの対象は、まあ多分上から順にアルティシーナ神、ディシウス神、ナパト神、ユーラ神といったところだろうからね」
つまりいの一番にアルティシーナ王国に乗り込んでくる可能性が高い。
「なら、なおさら倒さないとな。……でもアルティシーナ王国は何だかんだで広いぞ?」
「メルゴス神は元は月の女神だったから、出没するとしたら月の出る夜だろうね」
もっとも、ティシアとてメルゴスの考えていることなど分からない。
というより分かりたくないが本音である。
「……アルティシーナ神から堅き盾を借りることはできないかしら?」
「それはどうして?」
ティシアは尋ねる。
堅き盾があれば討伐は確実になるが……そもそも今はどうやって見つけるかの話の途中だ。
「堅き盾には魔獣メルゴスの首が埋め込まれているのでしょう? それを餌に釣り出せないかしら? ……私だったら、頭は返して欲しいし」
アレクサンドラは冗談交じりに言った。
ティシアはアレクサンドラの意見に、目を丸くした。
(その発想はなかったな……)
言われてみれば、自分の頭は真っ先に取り返したいだろう。
餌としては十分のはずだ。
「では後でアルティシーナ神に頼んでみますね。……倒し方はどうします?」
「俺に任せてくれ。……この鎧の、『金獅子の鎧』の力を試したい」
レオニダスは自分の親指でマントを指さして言った。
どちらにせよ、レオニダスほど強くない自分たちでは足手纏いになるだけだろう、とアレクサンドラとリコリスは頷いた。
「じゃあ、私はレオニダスの補佐だね。……今夜が楽しみだ」
ティシアは愉快そうに笑った。
その夜のこと。
アルティシーナ市から少し離れた森に、四人は堅き盾を置き、メルゴスがやってくるのを待っていた。
茂みに隠れる四人。
「……本当に来るのかしら?」
「提案したのはお前だろ?」
「いや、でも……そんなに単純なのかな……と今になって思って」
「脳味噌ないし、馬鹿でもおかしくないよ」
「静かにしてください……何か、来ます」
リコリスがそう言うと、三人は静かになった。
そして……ガサガサ、と茂みが動く。
ゆっくりと姿を現したのは……
首のない、女の化け物だった。
これには四人は思わず眉を顰める。
想像以上に醜い姿だ。
(こりゃあ、とっとと殺してあげるのが最大の親孝行かもね)
ティシアはそう思いながら……
槍を投げた。
槍は真っ直ぐメルゴスに向かい、その足に突き刺さり、地面とメルゴスを縫い付けた。
もし仮にメルゴスに頭があれば、彼女は絶叫を上げていただろう。
「じゃあ、レオニダス、お手並み拝見ということで」
「ああ、任せな」
レオニダスはマントから『無銘の剣』を取り出し、メルゴスに立ち向かった。
そして数時間の激闘の後、メルゴスは手足を削ぎ落とされ、何もできなくなった。
それは酷く醜く、憐れな姿だった。
「レオニダス」
「どうした、ティシア」
「最後の一撃は私に入れさせて」
ティシアはそう言って、レオニダスから『無銘の槍』を受け取った。
そして芋虫のように這いずり回る、メルゴスの上半身を見下ろす。
「全く、本当に不愉快だね。あまり生き恥を晒さないで欲しいな」
そう言って槍をメルゴスの心臓へと突き立てた。
どす黒い血が森の大地を穢す。
「バイバイ、醜い私」
それからしばらく、どこからともなくトルトメス神がやってきて……
メルゴスを回収していった。
「ふむ。メルゴスか」
ナパト神は振り向いた。
そこには首のない化け物がいた。
「……憐れな姿だな。残り滓」
ナパト神は三叉槍を振り、一撃でメルゴスを刺し殺す。
しばらくするとトルトメス神がやってきた。
「ふぅ……これで三体目ですよ」
「三体? どういうことだ」
「分かりませんが、メルゴスは知らない間に三体に分裂していたようです。いや、四体目もいるかもしれませんけど」
最初の一体目はディシウス神の落雷で丸コゲ。
二体目はレオニダスたちによって討伐。
三体目はたった今、ナパト神によって殺された。
「三体とも、間違いなくメルゴスです。これで生きてるんですからね、ビックリですよ」
トルトメス神は肩を竦めた。
それからナパト神に尋ねる。
「ところで元愛人なわけですが、何も思うところはないのですか?」
「特にないな。……それは所詮、残り滓だ。私の愛した女ではない。私が愛したのは、そんな抜け殻ではなく、本体の方だ。そしてそれは今でも元気にしている。そうだろう?」
「おっしゃる通りですね。しかし、この残り滓も憐れなものです。自分自身を最後まで、というか今でもメルゴスだと思っているんでしょう。今はもう、メルゴスという名前の肉片でしかないのにも関わらず」
トルトメス神は肩を竦めた。
それからどこかへと、飛び去っていく。
「行ったぞ、アルティシーナ」
「ふふ、気付かれちゃったか」
アルティシーナ神が姿を現した。
先程からずっと蛇に姿を変え、近くでトルトメス神との会話を聞いていたのだ。
「しかし三つに分裂とは、驚いたよ。……もう完全に魔獣として、定着しちゃったね。あれはもう、神とは別の存在だよ」
「全くだな、本当に憐れなものだ。……ところで、アルティシーナ」
「どうしたの? 伯父様」
「お前はどこまで覚えている?」
ナパト神が尋ねると、アルティシーナ神は首を傾げた。
「何のこと?」
「……知らぬなら、別に構わない」
「そんな! 酷いよ、伯父様! 教えてくれたって良いじゃない!」
アルティシーナ神はそう言ってナパト神に抱き付いた。
そして耳元で囁く。
「ねぇ……そうでしょう? 私とあなたの、仲だものね。ナパト 」
「やはり、貴様……」
アルティシーナ神はそれからナパト神から離れた。
そして月の光に照らされ、黄金に輝く、蛇の髪をなびかせた。
それはとても、神秘的だった。
まるで、かつてナパト神が愛した彼女のようだった。
いや……
彼女自身だった。
「じゃあ、また今度ね。伯父様」
アルティシーナ神は笑みを浮かべ、去っていく。
その姿を見ながら、ナパト神は呟いた。
「相変わらず、食えない女だな」




