第27話 女神様の弟は英雄の仲間入りをする
レオニダスは棍棒で獅子の顔面を殴りつけた。
岩をも砕く怪力……しかし獅子は怯まない。
その鋭い牙と爪で、レオニダスに襲い掛かってくる。
一撃でも食らえば致命傷。
一方、レオニダスの攻撃は通らない。
(……不利だ)
レオニダスは右目を潰したことで浮かび上がっていた慢心が、沈み込むのを感じた。
例え右目があろうとなかろうとも、獅子とレオニダスの実力の間には大きな壁があった。
神速の域に達した、棍棒の一撃。
しかしそれは鋼鉄のように強固な毛皮に阻まれ、まるで攻撃は通らない。
(だが、ダメージは蓄積されているはず)
レオニダスの脳裏には……先日、「神では殺すことができない」巨兵を見事に倒して見せたアルティシーナ神の姿が浮かび上がっていた。
彼女は言っていた。「無敵などあり得ない」と。
それと同じだ。
必ず、どこかに勝機はあるはずだ。
「ッォォオオオオオオオ!!!!」
レオニダスは獅子の腹部を目掛けて、棍棒を振るう。
彼は気付いたのだ。
獅子が腹への攻撃だけは、巧みに避け、または衝撃を殺そうとしているのを。
そう……内臓への衝撃。
獅子はそれだけはできるだけ避けたかったのだ。
そして……これはレオニダスにとっての勝機。
全力の一撃を振るう。
だが……
「ッガアアアアアア!!!!!」
それは誘いだった。
確かにレオニダスの棍棒は獅子の腹部に直撃し、大きなダメージを与えた。
しかし、同時に獅子の鋭い爪はレオニダスの棍棒を切断した。
真っ二つに折れる棍棒。
獅子へのダメージと引き換えに、レオニダスは武器というアドバンテージを失ったのだ。
「不味いな……勝率はどうだ?」
「……一割だね」
「手厳しい評価だ」
「嘘を言っても仕方がないでしょう」
レオニダスと獅子の戦いを観戦している、ティシアとマレアス神は余裕そうな表情で、しかし内心ではハラハラしながら会話をする。
「剣か槍、持っていった方が良かったんじゃないか?」
「……重い武器を持てば、それだけ体も重くなる。爪で切り裂かれたのが棍棒だったから良かったけど、あれを腹に受けていたら今頃レオニダスの体は生き分かれていたよ」
そもそも他の武器を持っていったところで、爪で切断されるのがオチだ。
武器と引き換えに、大きなダメージを相手に与えることができたことを喜ぶべきである。
とティシアは評価する。
「まあ……そもそも、あの獅子に人間の作った武器は通じねぇからな」
マレアス神は厳しい視線を一人と一頭に向ける。
ダメージを与えることはできても、人間の武器では決定打にはならないのだ。
だからいくら武器を持ち込んでも、あまり意味は無い。
「弓での狙撃はレオニダスの勝ち。棍棒は痛み分け。……次の三回戦目で決着だね」
「しかし……レオニダスが取れる手段は、素手での取っ組み合いくらいだ。さて、どうするつもりなのかね?」
如何なる攻撃をも弾く毛皮と、如何なるものを切断できる爪と牙。
二つの強力な武器を持つ獅子に対し……
レオニダスは丸腰。
故にティシアは勝率は『一割』と評した。
だが……
「大丈夫。今までの戦いで……ちゃんと見極めることができていたら、絶対に勝てるよ」
「うぉおおおおおおお!!!」
レオニダスは棍棒が折れたことを確認すると、怯まず獅子へと突進した。
そしてその爪と牙を掻い潜り……
獅子の首を全身で締め上げた。
傍目から見ると、獅子を抱擁しているように見える。
そして全体重を掛けて、獅子を押し倒す。
「上手い!」
「あの位置なら、牙は届かず、腕ごと締め上げられているから爪も届かない。やるじゃねぇか、レオニダス」
ティシアは思わず小さな歓声を上げ、マレアス神は感心の声を上げた。
一人と一頭は先程までの戦いが嘘のように、動かなくなった。
もっとも……戦いは続いている。
「どう思う? ティシア」
「あとはレオニダスの体力が尽きるのが先か、獅子が窒息するのが先かの勝負だね。少しでもレオニダスが力を抜けば、牙と爪でレオニダスの肉は引き裂かれる。でも獅子も少しでも意識を落とせば、一気に首を絞められて死ぬ」
そういうティシアの声は、先程よりも少し明るい。
「今の勝率はどうだ?」
「五分五分だね」
「まだ油断できないな」
そして……
三日が経過した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
レオニダスは大の字になり、横たわっていた。
全身汗びっしょりだ。
体が怠く、もう一歩も動くことができない。
遠くから拍手の音が聞こえる。
足音は二つ。
「さすがレオニダス! 私が見込んだだけはある!」
「俺様に傷を付けただけはあるな」
ティシアとマレアス神である。
二人は空を見上げているレオニダスの顔を覗き込んだ。
「立てる? レオニダス」
「……指一つ、動かない」
するとティシアは懐から水筒を取り出した。
それをレオニダスの口元につける。
「ほら、飲みなよ。少しは体力も回復するよ」
レオニダスは注がれる水を少しずつ飲み込んだ。
干乾びた体に水分が行き渡るような心地がした。
レオニダスはゆっくりと起き上がる。
「……助かった、ティシア」
「どういたしまして」
それから三人は力尽きて倒れた獅子の死体を見つめる。
「ふん、大人しく俺様たちの陣営についておけばこうなることもなかったのにな。獅子のくせに、風見鶏なんぞするから死ぬのさ」
マレアス神はゲラゲラと笑った。
するとレオニダスはムッとした表情を浮かべる。
「……マレアス様。彼を侮辱するのはやめてください」
「おっと……三日間の殺し合いで友情でも目覚めちまったか? まあ、良いけどな」
理解できない。
とでも言いたげにマレアス神は肩を竦める。
するとティシアは鼻で笑った。
「ふん……お兄様は風情ってのが分かってないね。まだ十代のレオニダスでさえも分かるのに。まだまだお子ちゃまだ」
「ああ? 殺し合いにそんなものを求めるのがおかしいだろうがよ。戦争ってのは、結局、破壊して、略奪して、犯して、殺して、燃やすもんだ。一々飾り立てようとするんじゃねぇ」
「はー、これだから野蛮な戦神は」
やれやれ。
と、ティシアは肩を竦める。
するとマレアス神は不機嫌そうにティシアを睨んだ。
「お、おい……ティシア。お前は……少し、神々に対して失礼じゃないか?」
「良いんだよ、レオニダス。私は許されてるの……レオニダスは控えた方が良いかもしれないけどね」
「レオニダス。この馬鹿の真似はするな。世の中にはな、親しき仲にも礼儀あり、っていう有難い言葉があるんだよ」
「野蛮な戦神が礼儀とは……ふふ」
「相変わらず、失礼な奴だなぁ? お前は」
喧嘩を始めるティシアとマレアス神。
それを見ながら……レオニダスは空を眺める。
「何とか、勝ちましたよ……アルティシーナ神」
これでリコリスとアレクサンドラ。
ついでにその他二名も解放されるはずだ。
それからレオニダスは二人(柱?)の喧嘩を仲裁し……
獅子の死体をマレアス神の戦車に積んで、アルティシーナ王国へと帰還した。




