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第26話 女神様は弟が心配でついていく

 翌日、レオニダスは事の次第をティシアに話した。


 「へー、それで大峡谷の黄金の獅子を倒すことになったのね」


 白々しい態度で、ティシアは言った。 

 レオニダスを騙すようで少し気が重くなるが、こればかりは仕方がない。


 女神と学生の両立のためである。


 「ああ……ティシア、黄金の獅子について何か知ってるか?」

 「うん、知ってるよ」


 黄金の獅子。

 獣の姿をした下級神、つまり神獣の一柱である。


 その黄金のように輝く毛皮は如何なる攻撃をも寄せ付けないとされている。


 (まあ……正確には人間の作った物では、だけどね?)


 ティシア――アルティシーナ神――の槍ならば、その皮や肉を引き裂くことは容易だ。

 

 「でも……レオニダスの実力じゃ、難しいかも。私が手伝ってあげようか?」


 ティシアはレオニダスを試すように言うと……

 レオニダスは首を横に振った。


 「いや……俺が誰かに助けを求めたら、リコリスとアレクサンドラの命が危ない。……あれ? もしかして、ティシアに獅子の情報を聞くのは不味かったかな?」


 レオニダスは顔を青くさせた。

 ティシアは軽くレオニダスの肩を叩く。


 「大丈夫だって。これくらい、本を読んで調べれば誰だって分かるし。この程度で目くじらを立てるほど、アルティシーナ神の器は小さくないよ」


 ティシア――アルティシーナ神――の意図する「手助け」は直接的なモノである。

 間接的、つまり情報を教えて貰ったり、武器を借りる分は対象外だ。


 「そ、そうか……」

 「うん。……ところでいつ、出発するの?」

 「今からだ。時間は限られているからな……こうして今、ここに来たのはお前に伝えるためだ。じゃあな」


 そう言ってレオニダスは学校を出る。

 そして……城門を出たところで振り返った。


 「何でついてくるの?」

 「いや、心配で……」

 「手助けは不味いぞ……リコリスとアレクサンドラが殺されてしまう」

 「見守る分は大丈夫だよ」


 ティシアは答えた。

 命じたのはティシア――アルティシーナ神――自身ではあるが……実はレオニダスがちゃんと獅子に勝てるのか、心配で仕方がなかった。


 無論、レオニダスならばなんとか勝ってくれるだろうと信じたからこそ、リコリスとアレクサンドラを石に変えたわけだが…… 

 万が一がある。


 「……絶対に手を出すなよ?」

 「無論。安心して」


 そんなマッチポンプな真似はしない。

 見守るだけだ。


 さて二人が歩きだしてしばらくすると……

 空から四頭立ての戦車がこちらへ突っ込んできた。


 ティシアは慌ててレオニダスを抱きかかえ、横へ跳んで避ける。


 「……何をするの、マレアスお兄様」


 ティシアは不機嫌そうに言った。

 戦車から降りた男――マレアス神――はニヤリと笑みを浮かべる。


 「話は聞いたぜ。何でも、腹黒クソ女神から獅子を倒すように言われたらしいじゃないか」

 「……別に腹黒でもクソでもないし」


 とはいえ、今はアルティシーナ神ではなくティシアである。

 近くにレオニダスがいる以上、何を言われても反論はできなかった。


 仕方がないのでティシアはマレアス神を全力で睨む。


 「ティシア、マレアス神に会ったことがあるのか」

 「……兄だからね。これでも」

 「そういうことよ、可愛い弟よ。俺様たち、仲の良い兄妹なのさ……っぐわ!」


 ティシアの肩を抱き、どさくさに紛れて胸を触ろうとして……

 マレアス神は腹を殴られ、悲鳴を上げた。


 「い、いてぇ……そ、そんなんだから万年処女なんだよ。ったく、さて、レオニダス。せっかくだから大峡谷まで送ってやるよ」

 「そ、それは……しかしアルティシーナ神からは手助けは禁止だと言われていまして」

 「送るまではセーフだろ、な? お前もそう思うだろ、ティシア」


 マレアス神がティシアに尋ねる。

 ティシアは少し考えてから頷いた。

 

 「大丈夫じゃない? 直接、手伝わない限りは」

 「ほらな、ティシアも言っている。もしあいつが文句言うなら、俺様が何とか言ってやるから安心しな。さあ、二人とも乗れ」


 斯くしてマレアス神、ティシア、レオニダスの三人を乗せた戦車はあっという間に空を駆けて、大峡谷へと辿り着いた。


 「……何でついてくるんですか?」 

 「何でついてくるの」

 「可愛い弟の雄姿を見守ろうと思ってな」


 つまりティシアと同じ理由である。

 過保護な妹と兄だ、とレオニダスは思った。


 もっとも……手伝うことはできなくても、近くにいてくれるだけでありがたい。


 先頭をレオニダスが歩き……

 その後ろを、ティシアとマレアス神が続く。


 マレアス神はティシアに耳打ちした。


 「……倒せる算段はあるのか?」

 「一応、武器は通じないとは伝えたよ。……まあ算段くらいはあるでしょ」


 もしなかった場合、ティシア――アルティシーナ神――はアレクサンドラとリコリスの二人を元に戻すことはできない。

 こればかりはレオニダスの健闘を祈るしかない。


 「お前の予想する勝率はどうよ?」

 「二割かな?」

 「案外、高いな。仮にも神獣だろ?」 

 「まあね……でも、私が一通り武術を教えたし。技術のアドバンテージはあるよ」


 ティシアは槍術だけではなく、剣術や弓術、体術など……

 一通りの戦い方をレオニダスに仕込んでいる。


 それを考慮に入れての数字が「二割」だ。


 「でもレオニダスは英雄だよ。英雄なら……実質「十割」だね」

 「そう思うなら、ついて来なければ良いじゃないか」

 「……それは心配じゃない。そういうあなたこそ、ついて来るのをやめれば?

 「心配だろ」


 つまり二人とも、過保護なだけである。




 二人(柱?)がそんなやり取りをしていると……

 突然、レオニダスが手で制した。


 二人は立ち止まり、遠方を見る。

 人間の目では分からないが……半神、または神の視力にははっきりと黄金に光り輝く獅子の姿が映っていた。


 濃密な神威を纏っている。


 間違いなく、神獣。

 黄金の獅子、である。


 「……じゃあレオニダス。私たちはここにいるから」

 「頑張ってきな」

 

 ティシアとマレアス神が言うと、レオニダスは静かに頷いた。

 そして背中に背負っていた弓を取り出し、引き絞る。


 (……まずは狙撃、か)

 (悪い選択肢ではないな。当たれば、だが)


 すでに獅子には人間の武器では傷を付けることが敵わないことはレオニダスも心得ている。

 が、しかし試してみないことには分からない。

 また……武器が通じないのは毛皮だけ。


 上手くその目を狙撃することができれば、勝負を一撃で終わらせることができる。


 先手を取れるこの状態。

 絶好の奇襲のチャンスに、弓による狙撃を選ぶのは最善とはいえないものの、次善と言える。


 レオニダスは次々と矢を放つ。

 合計、十本の矢が空へと放たれ……そして獅子へと落下する。


 矢が次々と獅子に当たり……

 その毛皮に弾かれ、地面へ落ちる。


 前評判は正しかったようだ。

 この攻撃により、獅子は射手の存在に気付き……レオニダスの方を向いた。


 これこそレオニダスの狙っていた展開。

 レオニダスはその黄金の瞳を狙い、矢を放つ。


 寸前のところで獅子は矢を回避する。

 

 しかし……僅かにだが、その右目の瞼を矢が切り裂いた。

 獅子は悲鳴を上げた。


 右目を奪う事に成功した。

 ティシアとマレアス神はガッツポーズをする。


 一方レオニダスは冷静沈着だった。

 彼は持ってきていた剣と槍を捨て、そして棍棒を手に持って獅子の方へ駆け出した。


 黄金の獅子もまた、右目を失った程度では怯まず……

 果敢にレオニダスへと挑んでいく。


 「……槍と剣は使わない、か」

 「これは大正解だろう」


 レオニダスの戦いを見ながら、ティシアとマレアス神は冷静に評価を下す。

 先程の狙撃で獅子の毛皮に刃物が通用しないことは分かった。

 ならば、剣と槍は無用の長物である。


 棍棒で殴り、衝撃を直接獅子に叩きこむ。

 それがもっとも確実に黄金の獅子を倒す戦術だ。


 「今のところ、勝率はどうだ? アルティシーナ神よ」

 「今はティシア。そうだね……三割だね」

 「右目を失ったのにか?」

 「右目がなくても……獅子には左目と鼻、そして耳がある。人間より、優れたね」


 ティシアは腕を組みながら……戦いを始めた二人を見守る。


 「むしろレオニダスが油断していないか、そのことが心配だな」

 「慢心は最大の毒だからねぇ……」

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