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第25話 女神様は試練を課す

 それから三日目の朝、学校でリコリスはティシア、レオニダス、アレクサンドラの三人を呼び出した。


 「うう……ぐす、どうしよう……」


 リコリスは泣きながら言った。

 どうしようも何も、何をどうすれば良いのか分からない三人は困惑している。


 「どうしたの? 何があったの、リコリス」


 ティシアはリコリスに尋ねた。

 するとリコリスは泣きながら答える。


 「お、お姉ちゃんが行方不明なんです……こ、恋人と一緒に。も、もう三日も経っているのに、帰って来ないんです」


 むむ……

 心当たりがあるぞ。


 ティシアはふと、思った。


 「そのお姉さんの名前はなんていうの?」


 アレクサンドラが尋ねると、リコリスは答えた。


 「……アリアナです」

 (はぇー、あいつリコリスの姉だったんだ)


 ティシアは最近、捕まえた二匹のペット(・・・)を思い浮かべた。

 今日の朝もネズミを餌として、上げてきたばっかりである。


 信徒だと考えると腹立たしいが、ペットだと考えると中々可愛いものだ。


 ティシアはすっかり毒蛇飼育に嵌っていた。

 無論、人間に戻してやる気は毛頭ない。


 「アリアナは……確か、アルティシーナ神の巫女だよな? アルティシーナ神に聞いてみるのが早いんじゃないか?」


 レオニダスがリコリスに提案する。

 これに対し、ティシアは少しだけ口を挟んだ。


 「聞くのは良いけど、もう少し探してからにすれば?」


 ティシア――アルティシーナ神――としては、探しものを見つけるための便利な神扱いされたくはないのだ。

 とはいえ、リコリスとしては深刻な悩みのようで……


 「今日、聞いてみます。も、もしかしたら、だ、誰かに攫われて奴隷にされているのかもしれない……お姉ちゃん、美人だし」

  

 妹としては当然の懸念である。

 レオニダスとアレクサンドラは頷いた。


 「じゃあ、放課後に行きましょう。……私、アルティシーナ神とは面識があるし」

 「俺もな。あの神様は親切な人……いや、神だ。きっと教えてくれるさ」


 お気に入りの二人に親切な神扱いされたティシアは、少し機嫌が良くなった。

 とはいえ、ティシア――アルティシーナ神――に聞きに行くのに、ティシアが付いていくわけにはいかない。


 「ごめん、私はちょっと用事があるんだ……見つかると良いね」


 ティシアは心にも思っていないことを言った。






 さて、放課後。

 ティシアは三人よりもいち早く帰宅した後、アルティシーナ神殿で三人が来るのを待った。


 しばらくすると、三人はお供え物を持って神殿にやってきた。

 お供え物はフルールの盛り合わせだ。


 中々悪くないチョイスじゃないか、とティシア、ではなくアルティシーナ神は評価した。


 三人はお供え物を置き、祈り始める。


 「どうか、アルティシーナ様。我が姉の居場所を教えてください」


 さて、早速アルティシーナ神はその姿を現した。

 もっとも……カーテン越しに、である。


 神は無暗に人の前に姿を現してはならないとされているのだ。


 「敬虔な我が巫女リコリス、そして私の可愛い弟と妹の祈りとあれば、姿を現さないわけにはいきません」


 アルティシーナ神はそう言ってから……

 暖かい声で尋ねる。


 「あなたの姉の名前は何といいますか?」

 「……アリアナです。アルティシーナ神の巫女をしております」

 「なるほど。……彼女の恋人の名前はエリックですか?」


 アルティシーナ神がそう尋ねると、リコリスは頷いた。


 「はい、そうです。……知っておられますか?」

 「そのような人間(・・)は知りませんね」


 アルティシーナ神がそう言ってから……

 少し悪戯心を込めて、言った。


 「ですが……三日前の晩、アリアナとエリックという名前の男女が私の神殿で密会をし、交わろうとしていました。エリックという男は不遜にもアリアナを世界で最も美しいと言い、そしてアリアナは我が巫女でありながらエリックという男を世界でもっとも愛していると言った。ですから、毒蛇に姿を変えてしまいました」


 唖然としているリコリスに対し、アルティシーナ神は言った。


 「もしかすると、それがあなたの姉なのかもしれませんね」

 「そ、そんな……」


 ショックを受けた表情を浮かべるリコリス。

 アルティシーナ神は内心でリコリスに同情した。


 (もっとも……だからと言って、元も戻してやるわけにはいかないけどね)


 神への三度の不敬。

 許されるはずもない。

 

 もし仮にこれがディシウス神であれば、雷を落とされて、即死させられただろう。

 そして……連帯責任として、一族郎党、場合によっては国ごと滅ぼされた可能性もある。


 毒蛇に変身させたとしても、生かしてあげているだけアルティシーナ神は善良な部類だ。


 「ど、どうか……どうか、お許しください。アルティシーナ様! アリアナは私の、唯一の肉親なのです! どうか……、どうか……」


 「許してあげたいのは山々ですが、そういうわけにはいきません」


 神にとって威厳はもっとも大切なものだ。

 恐怖はその重要な要素の一つである。


 恐怖こそが神、とは言わないものの、人は恐れるからこそ信仰するのだ。

 恐れられなくなった神など、神ではない。

 それはただの便利な人間の道具だ。


 「特に……処女でなければならない私の巫女でありながら、男と交わった……しかも、私の神殿でそれを行うのは、この私を侮辱する行為です。リコリス、あなたは連帯責任としてあなた自身が処罰されなかったことを、むしろ私に感謝するべきです」


 アルティシーナ神自身、この判決は甘い(・・)と感じていた。

 実際、リコリスも毒蛇に代えてしまい……

 晒し者にしてやっても良いくらいなのだ。


 リコリスに咎を問わないのは、アルティシーナ神が比較的(・・・)善良な神だからであり、また個人的な親交、そしてリコリスが敬虔な巫女であることを知っているからである。


 「し、しかし……」

 「くどい!」


 アルティシーナ神は食い下がろうとするリコリスを強い口調で咎めた。


 「リコリス、あなたは……私に対し、忠実な巫女を誅殺することを強いるのですか?」

 「……」


 アルティシーナ神がそう言うと、リコリスは絶望の表情を浮かべた。

 

 (……そんな目で見ないでくださいよ)


 まるで自分が悪者みたいじゃないか。

 と、アルティシーナ神は思った。


 「あ、アルティシーナ様!」

 「アレクサンドラですか」

 「は、はい! ……り、リコリスは私の友人です。どうか、彼女の願いを聞き届けては貰えないでしょうか?」


 レオニダスも口を開く。


 「お、俺からも、このレオニダスからも、お願いです。リコリスの姉を救うチャンスを頂けないでしょうか?」


 アルティシーナ神は少し悩んだ。

 リコリス一人の望みなら拒絶しても良いが……ここにアレクサンドラとレオニダスが加わるとなると、一考の余地がある。


 「救う、チャンスですか。つまりそれは私の試練を受けるということですか? レオニダス」

 「ちゃ、チャンスをくださるのですか?」

 「それはまだ分かりません」


 アルティシーナ神はそう言ってから……リコリスとアレクサンドラに尋ねる。


 「あなたたちも、試練を受けますか?」 

 「し、試練、ですか? 試練とは……」

 「私は受けるか否かを聞いています」


 アレクサンドラの質問をアルティシーナ神は遮った。

 その試練がどのようなものなのかは分からない、分からないが、それでも姉を、ないしは友人の姉を救うためならば何だってする。

 という姿勢が大事なのだ。


 聞いてから考えるようでは意味がない・


 「私は受けます!」

 

 リコリスは答えた。

 そんなリコリスの様子を見てから……アレクサンドラも答える。


 「先程の御無礼をお許しください……私にも、試練を受けさせて貰えないでしょうか?」

 「ふむ……なるほど」


 三人とも、試練を受けるつもりのようだ。

 これは丁度良い……アルティシーナ神は内心で笑みを浮かべた。


 「そうですか。では、三人に試練を与えましょう。私があなたたちに与える試練は……仲間を信じること、そして仲間のために命を懸けることです」

 「仲間を?」

 「信じる?」

 「命を……掛ける?」


 リコリス、アレクサンドラ、レオニダスはそれぞれ呟いた。

 アルティシーナ神は三人の返事を聞かず……


 魔術を使ってカーテンを開き、その姿を三人の前に現した。


 茫然とする三人に対し、アルティシーナ神は真紅の左目、『蛇の瞳』を開いて、リコリスとアレクサンドラの二人を視た。


 一瞬で二人は石と化した。


 「……え?」

 

 茫然とするレオニダスに対し、アルティシーナ神は言った。


 「期限は一週間。一週間以内に……この国から南西の大峡谷に住む神獣、『黄金の獅子』をこの私に献上しなさい。生死は問いません。そうすればリコリスとアレクサンドラの二人を解放した上で、毒蛇にした二人もまた人間に戻しましょう」


 そして……アルティシーナ神は笑みを浮かべる。


 「もし期限が過ぎたら、もしくはあなたが死ぬようなことになれば、その時は二人の、いえ、四人の命はありません。ついでに言っておきますが……誰かの力を借りることは許しません。あなただけの力と勇気で討伐しなさい。視て(・・)いますからね」


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