第24話 女神様は無礼な信徒に天罰を与える
鍛冶神アグニストス。
彼は神王ディシウスの正妻、ユーラ神が単独で産んだ神である。
神王ディシウスの浮気に怒ったユーラが、または神王ディシウスが前妻との間に立派な子供を作ったことに焦ったからか、もしくは神王ディシウスがアルティシーナ神の母親に当たるメルゴスを単独で産んでみせたことに女としての面目を潰され、これを取り返そうとしたのか……
まあともかく、どこか頭のネジがぶっ飛んでいる神々らしく、どういうわけか気合いで、一人で子供を作ってみせたのである。
ただ問題が一つあった。
物凄く不細工だったのだ。
これを恥と感じたユーラ神はアグニストス神を天上から突き落とした。
結果、彼の足は地面と衝突して曲がり……
金属の義足を付けるようになったという。
また最初から足が曲がる障害を持っていたために、これを醜く感じたユーラ神によって突き落とされたとも言われている。
まあ、その後、何だかんだで彼はユーラ神に復讐を果たし……
美の女神、アフヴィナスと結婚することに成功する。
が、やっぱり不細工だったのが悪かったのか……
マレアス神にアフヴィナス神を寝取られることになった。
最終的にこの件も二人に大恥を掻かせることで復讐を果たしたのだが、妻に浮気されたショックで意気消沈した。
その時、彼の工房に訪れたのがアルティシーナ神である。
武器の修理をして貰いにきたのだ。
また……アルティシーナ神はアフヴィナス神とマレアス神を嫌っていたため、幾分かアグニストス神に対して同情的だった。
そのためアルティシーナ神はアグニストス神に慰めの言葉を掛けたのである。
そしてこれをどう勘違いしたのか、アグニストス神はアルティシーナ神は自分のことを「好きなんじゃないか?」と思いこんだ。
もしくは、アルティシーナ神のその美貌に惚れこんだ。
抱かせてくれ!
と、襲い掛かるアグニストス神。
無論、アルティシーナ神は逃げ回る。
最終的にアルティシーナ神は逃げることに成功するが……
体液――つまり精液――をその美しい足に掛けられてしまう。
これを忌々し気にアルティシーナ神は、羊毛で拭い取り、地面に叩きつけた。
この時、何と子供が生まれた。
なぜかは分からない。
生まれちゃったものは生まれちゃったのだ。
まあ、この業界ではよくあることである。
できちゃったものは仕方がない。
アルティシーナ神はこの時の子供を養育した。
最終的にこの子供はアルティシーナ王国の王となった。
これがアルティシーナ王国で、アルティシーナ神の信仰が盛んである理由とされている。
……と、まあそんな事情を話すわけにもいかない。
ティシアは頭を抱えた。
「ちょっと来なさい」
「うん? ついに儂と寝てくれるのか?」
「んなわけあるかい!!」
ティシアは強引にアグニストス神を連れ出し……
自分が神であることをバラさないこと。
そしてティシアとアグニストス神の間には子供などいない、と訂正するように求めた。
「むむむ……だが本当のことで……」
「もし私の頼みを聞いてくれないなら、もう二度と口を利かない」
アグニストス神が自分に惚れていることを知っているティシアは、そう言い放った。
これにはアグニストス神は顔を真っ青にする。
「ま、待ってくれ! 悪気は無かったんだ!」
「出会い頭に人の……いや、神の胸を揉んでおいてよく言うわ!」
「ちょっとした夫婦のスキンシップ……」
「結婚した覚えはない!」
その後、ティシアはアグニストス神を数発殴った。
斯くして、話し合い(物理)の結果……
「儂はアグニスと言う。ティシアの……まあ、親戚? みたいなものだ。さっきのは、嘘だ。忘れてくれ」
「「……はい」」
何とも言えなさそうな表情の、リコリスとレオニダス。
胡散臭そうな目で、アグニストス神を見つめる。
「ティシアとは、どういう関係なんですか?」
リコリスが尋ねると、アグニストス神は頷いた。
「恋人だ」
「違うわ!」
ティシアはアグニストス神の頭をぶん殴った。
あまりの痛みに頭を抱えるアグニストス神。
「い、痛い……ど、どうしたら儂のことを恋人と認めてくれるんじゃ? 儂の何が悪い?」
「顔」
ティシアの直球の言葉がアグニストス神の心に突き刺さった。
「そ、そんな……こ、この顔はどうしようもないんだから、仕方ないじゃろ……」
「知るか! タイプじゃないんだから、仕方がないでしょ。それに私は処女神……の信徒で、これからも処女を貫くと決めてるの! お前なんて、お断りだ!」
これが超イケメンの、ディシウス神かディシウス神を超えるほどの美貌の神に土下座して頼まれたら、まあ考えてやらんこともないが……
どうして神々の中でも有数の不細工に、処女神の看板を下げてまで処女をくれてやらんといけないのだ。
とティシア――アルティシーナ神――は思った。
「そこを何とか……」
「じゃあ死んで生まれ直してきて。カッコよくなったら考えて上げる」
無論、考えるだけである。
慰めてやったら襲い掛かってきて精液をぶっかけてくる男など、顔以前の問題だ。
「そんなの無理に決まっとるだろ……」
「じゃあ、諦めて。あ、いっそ自分で打ち直したら? 炉の中に頭突っ込んで、溶かして打ち直せば、マシになるんじゃない?」
ボロクソに言うティシア。
そのあまりの暴言に、さすがにレオニダスとリコリスはアグニストス神が可哀想になってきた。
「な、何もそこまで言わなくても良いんじゃないか? だ、大事なのは心だろ?」
「そうですよ。世の中には顔だけ良くても、不誠実な男性だって……」
「こいつ、唐突に襲い掛かってきて人の足に精液を掛けるような男だけど、誠実だと思う?」
「「……」」
マジかよ。
という目でレオニダスとリコリスはアグニストス神を見た。
「あ、あれは……反省している。い、いや、溜まっていたんだ……許してくれ!」
「溜まっていたで済むか!」
アグニストス神の謝罪はティシア――アルティシーナ神――の怒りに対し、火に油を注ぐ結果となった。
今まで以上に怒りを見せるティシア。
もっとも……アグニストス神は男神の中では、ハウリス神と一、二を争うレベルで親切で、マシな、どうしようもないエピソードの少ない神である。
悪神度という数値がもし仮に存在するのであれば……
アルティシーナ神の方が、アグニストス神よりも数段高い数値が出るだろう。
また、アルティシーナ神とアグニストス神の相性は決して悪くはない。
アルティシーナ王国で最も盛んに信仰されている神はアルティシーナ神であるが、次に信仰の対象となっているのはアグニストス神である。
アルティシーナ王国の国王はアルティシーナ神の子孫だが、また同時にアグニストス神の子孫でもあるのだ。
そして神格的な相性も良い。
アルティシーナ神は工芸の神である。
工芸には、陶器や織物、彫刻などが存在するが……そのうちの一つに装飾品なども存在する。
金属でできた装飾品を作れるのは鍛冶師だ。
つまり指輪やネックレスなどの装飾品を作る職人たちは、アルティシーナ神とアグニストス神の両方を信仰している場合が多い。
そういうわけで、実はお似合いだったりする。
もっともそれをアルティシーナ神に言えば、間違いなく呪いを掛けられるが。
「とにかく! この不細工は私の恋人でもなければ、ましてや旦那ではない! 分かった? リコリス、レオニダス」
「「はい」」
ティシアの剣幕に推され、二人は揃って頷いた。
二人が頷くのを見て、ティシアは取り敢えず満足したのか、背もたれに凭れ掛かった。
「えー、それで、アグニスト……アグニス。あなたは何をしに来たの?」
「うむ……そろそろ、儂の出番だと、ディシウス神に言われてな」
「なるほどね……」
ティシアはアグニストス神がここに来た理由を察した。
「一先ず、客の顔を見に来た。一度は見ておかねばならんのでな」
「ふーん……で、どうなの?」
「大体のことは分かった」
アグニストス神はじっと、レオニダスの顔を見ながら言った。
「英雄としての気質を備えている……儂が防具を直々に作るに値すると判断した」
「そう。それは良かったわ」
アグニストス神は一先ず用件は済ませたと言わんばかりに立ち上がった。
「邪魔をしたな、アル……ティシア」
「まったくだよ……用がある時は私の方から出向くから。もう来ないで」
「お、お前が儂の家に? そ、それは……愛の告白……」
「違うわ!」
ティシアは大声で怒鳴った。
その夜のこと。
アルティシーナ神殿で、二人の男女が密会していた。
「愛しているよ……アリアナ」
「私もよ……エリック」
腰に剣を下げた男――おそらくこの国の兵士――が、巫女服を着た少女に愛を迫る。
二人は互いに接吻を交わした。
「君はなんて、美しいんだ……」
「あなたも……本当に素敵」
二人は互いに唾液を絡ませながら、服を脱ぎ始める。
「アリアナ……君はこの世界の、誰よりも、何者よりも美しいよ……」
「エリック! あなたも、世界の誰よりも素敵。私の……一番愛しい人」
二人は半裸になり……
そして体を交えようとする。
その時だった。
二人の姿が、どこかへ消えてしまった。
そして……神殿の床には、二匹の毒蛇が残された。
「世界の誰よりも美しい、ですか。この私を差し置いて。 一番愛しい? 仮にも私の巫女が男に言う言葉ですか。そして……よくもまあ、処女神であるこの私の神殿で、このような行為に走ろうと考えましたね」
突如、現れた金髪の女は……
逃げる毒蛇を捕まえて、言った。
「そんなに交わりたければ、好きなだけ交わりなさい。ただし……蛇として、そして私のペットとしてね」
真紅に光る左目、『蛇の瞳』で毒蛇を見つめながらアルティシーナ神は言った。




