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第23話 女神様は鍛冶神を投げ飛ばす

 「……」

 「……」

 「……何で二人とも、そんなに不機嫌そうな顔してる?」


 仏頂面で珈琲を飲むティシアとレオニダスにリコリスは尋ねた。

 レオニダスは答える。


 「……別に」


 ティシアもまた同様に答えた。


 「いつもの通りだよ」


 リコリスは思った。


 (いや、凄く不機嫌じゃん……)


 と、まあ実はリコリスには二人が不機嫌な理由について心当たりがあった。

 というより、一つしかない。


 「もしかして、アレクサンドラ様とポーロワ神のデートが気に入らないの?」

 「……」

 「……」


 二人は答えなかった。

 が、それは実質肯定しているようなものだった。


 巨兵が倒されてから暫くした後、アレクサンドラとポーロワ神のお付き合い(・・・・・)が始まった。

 もっとも、アレクサンドラの希望により、まずはお友達からということになってはいるが。


 実はシスコンのレオニダスはアレクサンドラがポーロワ神に惹かれているのが気に入らない。

 そして……ティシアも、あまり好きではないポーロワ神とアレクサンドラが付き合いことに不満を抱いていた。


 「良いじゃないですか……良縁ですよ? 神様と結婚できるなんて、そう滅多にないですって」

 「それは分からないよ、リコリス」


 ティシアは首を横に振った。


 「ポーロワ神はあのディシウス神の息子だからね。浮気をするかもしれない」

 「アレクサンドラと結婚するまでは……まあ許せないが、浮気など、絶対に許さんぞ、俺は」


 ティシアの言葉に、レオニダスは低い声で言った。

 ちなみにそう言う二人もディシウス神の息子と娘である。


 「……あの、レオニダス様は、もしかして、アレクサンドラ様のことが好きなの?」

 「はぁ?」


 レオニダスは眉を顰めた。


 「そんなわけないだろ。俺とあいつは兄妹だぞ」

 「……それはアレクサンドラ様とポーロワ神も、同じなのでは?」


 本当にディシウス神の息子娘多いなぁ……

 とリコリスは思いながら言った。


 「あれは生まれてきた腹が違うだろ。俺とアレクサンドラは同じだ……さすがにねぇよ」


 レオニダスがアレクサンドラに感じているのは、姉・妹としての純粋な感情である。

 決して恋愛感情と呼ばれるものではなかった。

 長い間、一緒に過ごしてきたアレクサンドラをそのような目で見るのはレオニダスには無理だった。


 「そういうお前は好きな人でもいるのか?」

 

 レオニダスはリコリスに尋ねた。

 その瞬間、リコリスの耳が赤く染まった。


 「へ? い、いや……い、いないことは……ない、けど……」

 「いるのか? へー、誰なんだよ。応援してやろうか?」

 「い、いいです! い、今のは取り消し! れ、レオニダス様、お願いだから忘れて!」


 リコリスは首を左右に振った。

 その様子を見てティシアは確信を抱く。


 (へー、リコリスはレオニダスが好きなのね)


 ティシアは孫同士の恋愛を見守るような心地で、珈琲を飲みながら二人の問答を聞く。

 何とも初々しい感じだ。

 

 (やっぱり、恋愛ってのはこうでないとね……)


 惚れた! よし、セックスだ!

 というような、下半身直球の恋愛はあまり好きではない。


 まあ……神々の間では、というよりこの世界では割とそういう恋愛の方が一般的ですらあるのだが。

 

 「何だよ、良いじゃないか。教えてくれても」

 「い、いや……む、むり! あ、あなたには教えられない!」

 

 そんなやり取りをしている二人を見ていると、ティシアは少し暖かい気持ちになってくる。

 同時に若干のイライラが募る。


 (レオニダス……君は鈍すぎだよ)


 処女神であり、色恋沙汰の経験が少ないティシアですらも分かるというのに。

 なぜ、レオニダスは分からないのか。

 

 (ディシウス神の息子なのに、英雄の器を持っているのに……)


 ティシアの知っている男、英雄という生き物はとにかく女好きである。

 やれそうなら、取り敢えず、やってみようとする。


 基本的に彼らの恋愛は


 ・口説いてから犯すか

 ・犯してから口説くか

 ・口説きながら犯すか


 の三択しかない。

 それに比べるとレオニダスはよく言えば紳士的で、悪く言えば奥手すぎる。


 ちなみに……これが神になると、


 ・犯してから食べる


 が加わったりする。


 もしや……

 と、ティシアはふと思ったことを口にする。


 「レオニダスってさ……」

 「何だよ」

 「童貞なの?」


 レオニダスは珈琲を噴き出し、むせた。

 リコリスの顔もゆでだこのように赤くなる。


 「な、何なんだよ急に!」

 「……やっぱり童貞なのかぁ」


 ティシアはレオニダスの反応から、彼が童貞であることを察した。


 「わ、悪いかよ」

 「別に……悪いとは言わないけど」


 少し……微妙な感じはする。


 女の処女は美徳とされるが、男の童貞は恥になる。

 実に不思議なものだ。


 (しかし……巨兵大戦の切り札が童貞なのはね……ちょっと情けない)

 

 ティシア――アルティシーナ神――は処女神であり、乙女の守護神である。

 少なくとも童貞の守護神ではない。

 

 英雄が童貞って、どうよ?

 ティシアは少し情けない気持ちになってしまった。


 「……筆降ろしでもして貰いにいけば? 娼館にでも行って」

 「お、俺は……好きな人に捧げるって決めてるんだ。いや、好きな人は、まだいないけど……」

 「乙女ですか、あなたは」


 思わずティシアの口からアルティシーナ神()が出てしまう。


 「テ、ティシアはその……どうなの?」

 「私? 私()処女だよ」


 そりゃあ、処女神だからね。 

 と、ティシアは内心で呟いた。


 処女神が処女じゃなかったら、大問題である。


 「リコリスは……処女か」

 「うん。……処女神の巫女が処女じゃなかったら、大問題だよ」

 「だよね」


 もし私の巫女が処女じゃなかったら、天罰を落としているところだよ。

 と、ティシアは内心で肩を竦める。


 処女かどうかは、視れば分かる。

 リコリスは間違いなく処女だった。


 「ところで、いつかは巫女をやめるの?」

 「う、うーん、それは、考えています」


 ティシア――アルティシーナ神――は去る者は追わない。

 結婚も……当然巫女をやめた後であれば、認めるつもりだ。


 特にリコリスのことは個人的に気に入っている。


 お気に入りのレオニダスと、お気に入りのリコリスの結婚ならば、ティシア――アルティシーナ神――としては大歓迎だ。


 さて……三人でそんな話をしている時だった。


 「見つけたぞ!」


 食事をしている三人を見て、ひとりの男が叫んだ。

 大柄の、筋骨隆々の男である。

 その顔は……お世辞にも整っているとはいえない。

 ブ男だ。


 歩くたびに、カキン、カキンという金属音がする。


 その男を見た時……

 ティシアの顔がギョッとなった。


 「やっば……私、先に帰る。会計、済ませておいて。あとで返すから」


 逃げ出そうとするティシアに対し……

 男は全速力でティシアに迫ってきた。


 そしてティシアの体を抱きしめる。


 「愛している! アルテ……」

 「ティシア!」 

 「ティシアああああああ!!!」


 そう言って、ティシアの胸をわさわさと触った。

 その瞬間、男は空へと投げ飛ばされる。


 ここが屋根のないテラスで良かった、とレオニダスとリコリスは思った。

 もし屋根があれば、この喫茶店は雨の日は休業しなければならないことになっていた。


 「き、気持ち悪い……」


 ティシアは両手で体を抱きしめる。

 そして地面に落下した男を、汚物を見るような目で見た。


 「愛してる! 結婚してくれ!」

 「死ね!」


 ティシアの返答は酷く冷淡なものだった。

 しかし……

 男は尚も食い下がる。


 「一緒に子供も作った仲だろう?」

 「「こ、子供!!!」」


 レオニダスとリコリスは声を揃えて仰天した。

 ティシア――アルティシーナ神――は思った。


 こいつ、絶対にぶっ殺してやろうと。

 

 そして自分の足に縋りついてくる、鍛冶神。


 『燃やす者』アグニストスを見下ろした。


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