第22話 女神様は文明神とお話しをする
「ご苦労だった、アルティシーナよ」
「いえ、お父様。神として、秩序を破壊せんとする侵略者を打ち倒すのは当然のことですから」
それが自分の信仰の中心地とならば、尚当然のことである。
「しかし、噂に違わぬ不死っぷりでしたね」
「全くだな……正確には、我らにとって不死なのだが」
巨兵たちは大地母神、ガイアスの加護を宿している。
そのため神の身では彼らを殺すことは叶わないのだ。
「まあもっとも……我らも不死だがな」
ディシウスを中心とする、神々もまた不死である。
故に神々と巨兵たちの戦いは決着がつかない。
戦力は神々の方が優っているが……しかし決定打にはならない。
故に『切り札』が必要になる。
「レオニダスのやつがあの巨兵に戦いを挑んだ時は肝が冷えた。……すぐに負けるほど弱くはなく、かといって勝てぬほど強いわけでもない。幸いだったな」
レオニダスは切り札である。
レオニダスは人間だからだ。
半神は如何に強大な力を持っていたとしても、どこまでいっても……
自分の中に流れる、もう半分の血、即ち人間の血に縛られる。
彼らは不死にはなれない。
結局は人間である。
もっとも……死後にその神としての性質の部分だけが、神となることはあるが。
しかしその場合はもう一方の人間の部分の死を意味する。
少なくとも生きている間は、半神は人間なのだ。
そう……つまり神ではない。
神ではない半神は……巨兵を殺すことができる。
「そろそろ、本格的にレオニダスの養育に入ろうと思っています」
「ふむ。……まず最初の相手は何にするつもりだ?」
「彼の防具を調達することを考えると……かの『黄金の獅子』が丁度良いかと。今のレオニダスでは、ギリギリ敵わない程度の実力です」
「あの神獣か……再三、我らの降伏勧告を受け入れなかったやつだ。巨兵大戦の前に排除しておくにしても、都合が良いか」
無論、黄金の獅子を殺すことは簡単だ。
ディシウス神が雷を投げつければ良い。
それだけで黄金の獅子はただの丸コゲの肉と化すだろう。
だが……どうせならば、役に立って貰った方が良い。
「しかし、勝てるかね?」
「彼の実力では勝てません。ですが……英雄とは、勝てぬ戦いに勝つ者のことを言う。違いますか?」
アルティシーナ神がそう言うと、ディシウス神は大笑いした。
「はははは! その通りだな。そもそも、その程度の不可能、覆せなければ巨兵大戦に連れていくことはできない。うむ、良いだろう」
ディシウス神の許可を得たアルティシーナ神は下界に降りようとする。
そこで……ディシウス神が声を掛けた。
「ところでアルティシーナよ。……レオニダスには英雄に必要な気質である、怒りや復讐心が足りないように見えるが、それはどうするつもりだ?」
アルティシーナ神は振り返った。
「ご安心を、お父様。もうすでに……用意してあります」
「ならば、結構だ」
とある山奥の岸壁に……
一人の男が縛り付けられていた。
空から巨大な大鷲が降りてくる。
その大鷲は男の無防備な腹に爪を立てた。
鮮血が噴き上がる。
男は苦悶の表情を浮かべた。
大鷲は切り裂いた腹から溢れ出る臓物を、その嘴で突き回し、食べる。
少しずつ、少しずつ食べていく。
腹が膨れるまで食べ終えると、大鷲は再び空へと飛び立っていく。
……数時間後には、また再び腹を満たしにこの鷲はやってくるだろう。
そのたびに彼は内臓を食われることになる。
普通の人間ならば、死ぬだろう。
しかし彼は死なない。
神だからだ。
「精が出ますね、プロムセス。今日も鷲に餌やりですか」
「……その声はアルティシーナ神か」
男は、文明神プロムセスは顔を上げた。
彼の目の前には美しい金髪の女神――アルティシーナ神――が立っていた。
「私には動物の餌やりの楽しさが理解できません。やはり賢人、否賢神は普通の神とは思考回路が違いますね」
「……お主の皮肉も久しぶりだな」
プロムセス神は黄金に光るアルティシーナ神の双眸を見つめる。
アルティシーナ神もまた、そのやつれた、しかし強い意思の宿った目を見つめ返した。
「……マレアス神に聞いたぞ。人間と一緒に生活を始めたそうだな」
「ええ。あなたの人間愛に推されまして……どうしてそこまであなたが人間を愛するのか、肌で感じてみようと思いました」
アルティシーナ神が人間界に降りた理由。
それはこの文明神プロムセスが、アルティシーナ神に人間の素晴らしさを説いたからだ。
それに感化され、アルティシーナ神は人間界に降り立ったのだ。
「あなたの人間好きも少しは理解できました。……あれは中々楽しいものですね」
ティシアとして人間の中で生活するのは、中々面白い。
アルティシーナ神は笑みを浮かべた。
面白い、愉快な人間を観察するのも面白く……そしてまた神としての力を制限して生活するのも、悪くない。
何より近くでレオニダスの成長を見守れるのは良い。
アルティシーナ神が槍や、剣、弓の扱い方を教えると……
レオニダスは水を得た魚のように、その技術を見る見るうちに吸収していくのだ。
「しかし……」
アルティシーナ神は意識をプロムセス神に戻していった。
「あなたがそこまで肩入れするほどの理由は分かりませんね」
「……分からぬか、アルティシーナ神よ」
プロムセス神は残念そうに首を横に振った。
「ええ。人間は愚かな生き物です。それは変わりません。まあそこが愉快であるというのは分かりますが……我らが手綱を引かなければ、彼らはあっという間に滅んでしまうでしょう。他ならぬ、彼ら自身の手で」
人間は傲慢な生き物だ。
と、アルティシーナ神は思っている。
彼らは地上の何もかもを、自由に使えると思っている。
なるほど、人は強い。
彼らに敵う動物などこの世にいないだろう。
森を切り開いて農地を広げ、動物を殺して毛皮を作り、そしてゴミを捨てる。
それをすることは人間の自由だ。
しかし……人間の行った仕打ちはやがて、人間へと帰ってくる。
誰かが律してやらねばならない。
人間を行いを咎め、天罰を与え、彼らの活動を制限しなければ……人間は滅んでしまう。
「私も人間は嫌いではありません。いえ、違いますね……好きですよ。愛しています。私たち神々は人間が信仰するからこそ、存在するのです。私たちは人間のためにこの世に存在している。私たちは人間以上に人間のことを思っているでしょう。……だからこそ、我々は人間を律してやらねばならない。違いますか?」
プロムセス神は頷いた。
「アルティシーナ神よ、お前の言うことは間違いではない。だがな……人間はいつか、独り立ちしなければならない。そのためには我々は邪魔なのだよ……我らの力は、いつか、大地に、空に、海に、そして人間に還さなければならない」
「それで人間が滅んでも良いのですか? あなたは」
「それが人間の選んだ道なのであれば。神の奴隷として生き続けるよりは、人間にとって幸福な道であろう」
プロムセス神は断言した。
このような危険な思想を、人のためならば神は滅んでも良い、人のためならば人は滅んでも良いという考えを持っているからこそ、この神はディシウス神によって岸壁に縛り付けられ、拷問を受けいている。
彼がその、愚かな考えを改めるその時まで。
「……ティシアとしての生活を、続けてみると良いだろう。アルティシーナ神よ。お主もいつか、分かる時が来る」
「ふん……言われなくとも、この生活は続けますよ。あと一年くらいは、少なくともね」
アルティシーナ神はそう言って踵を返し……消え去っていく。
すると……空から大鷲が降りてきた。
再び食事の時間が始まった。




