第19話 女神様と軍神は意味深な話をする
「お前、何を考えてんの?」
「……」
自室のベッドに胡坐をかいているマレアス神を見て、ティシアは辟易した。
「何が言いたいの? マレアスお兄様」
「その姿だと、ちょっと大人しめな感じがして良いな。その方がぶっちゃけ好み……」
するとティシアはすぐにアルティシーナ神としての姿になった。
もっとも神威は封じたままだ。
……二柱の神が降臨すれば、さすがに隣室の人間が気付く。
「何とは、何ですか?」
「レオニダスの奴を鍛えるなら、人間になる必要なんぞないだろうよ。ましてや学園生活なんて、馬鹿ばかしい。違うか?」
「別に私の勝手ではありませんか」
アルティシーナ神がそう主張すると、マレアス神は首を横に振った。
「性悪女が何か企んでたら気になるだろうがよ。ええ? お前、『人間に憧れて、普通の女の子になりたいと思ったんだ!』なんて言う玉じゃねえだろうが、この蛇女。他の連中は騙せても、俺は騙せないぜ。馬鹿なフリはやめな。『知恵』の女神、アルティシーナ」
するとアルティシーナ神の右目が青く輝き始める。
『梟の瞳』を開いたのだ。
「それはこちらのセリフです、軍神マレアス。あなたも本当の実力を隠している」
「ほう……俺様は神王のぼんくら馬鹿息子だが、本当はもっと優秀だと言いたいのか?」
マレアス神はおどけて言った。
「軍神マレアス。あなたの本質は鉄、鋼です。あなたの権能は、三つのイデオロギーを全て備えています。あなたの鋼は森を切り開き、農地を広げる……『生産』。そして暴力で敵を打ち砕く、『戦闘』。最後にその暴力で秩序を作り出す、『支配』。まさに鉄器時代を代表する大英雄神。そのあなたが無能なはずがない」
過去、現在、未来、そしてあらゆる並行世界をも見通せるとされる、『梟の瞳』が輝く。
「古今東西、全ての父親は己の子供にやがて追い抜かされる。我らの神王とて、その例外ではありません。父親という属性を持つ彼は、その呪縛から逃れられない。彼自身が自ら、父を殺し、王位を簒奪したように……やがて彼も王位を奪われる宿命にある」
アルティシーナ神は笑みを浮かべた。
「軍神マレアス。神王の息子よ……あなたはやがて父親を超える存在となるでしょう。あなたが生み出した文明が、やがてこの世界の覇権を……」
「あまり、神様の来歴を解き明かし、未来を予測しようとするもんじゃないぜ。古の、青銅器時代以前の世界を支配していた、太古の女王よ」
マレアス神とアルティシーナ神は双方、睨み合う。
そして互いに笑みを浮かべた。
「お互い様ということにしましょうか?」
「俺様の方がいろいろと、暴かれた量が多い気がするが……まあ良い。で、本当のところはどうなのよ」
マレアス神はアルティシーナ神の目を覗き込む。
「王位の簒奪でも、狙っているのか?」
「あなたではあるまいし、そんなことはしませんよ。今は鉄の時代……青銅の時代ならばともかく、今の世は腕力が物を言う。全く……本当に嫌な時代になったものです。腕力がそのまま力に直結する、時代。女の上位に男が常に君臨する不愉快な時代。家父長制など、滅んでしまえばいいものを」
アルティシーナ神はそう言って椅子に座る。
「まあ、だからといって現代の秩序を破壊しようとは思いません。これはこれで、上手くいっている。今の地位もそう悪くはありません。ディシウス神とはいろいろありましたが……今は父と娘、祖父と孫として上手くいっている」
「ふーん、じゃあ本当のところは何なんだよ?」
マレアス神が尋ねる。
アルティシーナ神は答える。
「人間に興味が湧いた……それだけです。だって、面白いでしょう? 暇つぶしですよ、暇つぶし。別におかしな話ではないでしょう?」
するとマレアス神は少しつまらなそうに言った。
「そうなのか? 俺様はてっきり、プロムセスと組んで父上を殺そうと企んでいると思っていたが。違うのか?」
「……なぜプロムセス神が?」
「ソールリオスが俺様に密告した。最近、何か会話をしたようだな。お前が頭のおかしいことをしだしたのは、その後だそうじゃないか」
「……あの火の玉め」
アルティシーナ神はソールリオス神に対し、怒りを覚えた。
明日、早朝から槍を撃ち込んでやると決意する。
「なぜ、それをお父様に伝えなかったのですか? あなたも、ソールリオスも」
「ソールリオスは俺様に判断を委ねた。そして……俺様はお前から直接問い質してから決めることにした。ふふ……まあ、今回は見逃してやるよ。もっとも、プロムセス神にも聞いてくるけどな」
そう言ってマレアス神は立ち上がり……
窓を開けた。
「じゃあな、アルティシーナ。まあ……上手く、やりな」
そう言って窓から飛び降りた。
アルティシーナ神はティシアの姿へと戻り……窓を閉める。
そして呟いた。
「これだから、察しの良い男は嫌いだよ」
「なあ、ティシア」
「どうしたの? お兄様」
いつものようにティシアがレオニダスを鍛えていると……
地面に投げ出され、大の字で倒れているレオニダスがティシアに尋ねる。
「以前、マレアス神と戦った話はしたよな? アルティシーナ神もその場にいたことも」
「したね。それがどうしたの?」
ティシアは内心で身構える。
まさか、自分の正体に気付いたのではないか。
「……二柱は言ったんだ。俺は「切り札」だって。何だと思う?」
「……それは今すぐ知らないといけないことなの?」
「いや……アルティシーナ神はいずれ分かることだから、今は知らなくても良いと。でもさ、気になるじゃないか」
レオニダスは言った。
ティシアは頭を掻いた。
(どうして人間ってのは……あとで教えるって言ってるのに、そんなに急ぐのかな? まあ、そこが面白いところではあるけど)
しかし鍛錬の妨げになるようでは困る。
レオニダスを英雄にすることはティシアの現状の楽しみでもあるが……同時に神々にとっても早急の課題だ。
「今度、調べてみれば? そう、例えば……リコリスに聞いてみるとかね。あの子なら、神様に関しては詳しいんじゃない?」
「リコリスか……確かに、そうだな」
あいつなら知っているかもしれない。
と、レオニダスは呟いた。
もっとも……
実際はリコリスも詳しいことは知らないということを、ティシアは知っている。
(少しづつ、情報を開示すれば良いか)
一先ず、最初の試練を終える頃には戦争のことを話しても良い。
と、ティシアが思った時だった。
ゾクリ……
背筋に冷たいものが走った。
明らかに、空気が変わった。
それはレオニダスも気付いたようで、顔を青くしている。
「な、なんだ……この異質な神威は……ど、どこから放たれている? ま、まさか……宇宙か?」
レオニダスは空を見上げながら呟いた。
ティシアは頭を掻いた。
(……早すぎる)
そして踵を返す。
「お兄様、私……急用を思い出した。今日はこれでお開きにしよう」
「て、ティシア?」
「お兄様、まっすぐ王宮に帰るんだよ?」
ティシアはそう言うと、一目散に駆け出した。
そして一目のないところで梟にその身を転じ、天上界へと昇る。
「来たか、アルティシーナ」
「遅れて申し訳ありません、父上。……これは何事ですか?」
アルティシーナ神が来た時には、すでにほとんどの神々が集結していた。
唯一、冥界から離れることのできないハウリス神とその妻だけはその場にいなかったが。
「奴らが来たのさ、アルティシーナ」
「……あと数年の猶予があったはずですが」
トルトメス神の言葉に、アルティシーナ神は首を傾げた。
「威力偵察って、ところだろうよ。ふん、舐めた真似してくれるぜ……俺様たちが、どう対応するかを確かめようってんだろ? あのクソ婆はよぉ」
マレアス神は毒づいた。
あのクソ婆……世界の始まりからいたとされ、そして今なお世界を支配せんと目論む、原初の大地母神、『ガイアス』のことである。
「数は一体……まあ捨て駒だろう」
ポーロワ神は敵の戦力について、そう考察した。
アルティシーナ神はディシウス神を見る。
「それで……敵はどこへ向かっていますか?」
「アルティシーナ王国だ」
これにはアルティシーナ神は眉を顰める。
自分の信仰の中心地を荒らされては、堪ったものではない。
「お父様、出陣の許可を」
「言われずとも、命じるつもりであったさ」
ディシウス神はニヤリと笑みを浮かべる。
「分かってるな? 切り札はまだ、抜くな?」
「当然です。私一人の力で完封してみせましょう」
この言葉には神々の間からどよめきが上がった。
マレアス神が口を挟む。
「おいおい、分かってるのか? 奴らには俺様たちの攻撃では……」
「分かっていますとも。……無論ね」
ニヤリ。
と、アルティシーナ神は笑った。
ディシウス神は満足気に頷く。
「よし……神界は我らで維持する。我が娘、そして我が孫である、戦乙女、『輝く瞳を持った者』アルティシーナ神よ! 我らの王位を簒奪せんとする、逆賊共を、あきらめの悪いかの大地母神の先兵を……」
ディシウス神は敵の名を、告げる。
「巨兵共に、我ら神々の力を見せつけるのだ!」
「は!!!」
アルティシーナの言ったことは要するに
ディシウス神(ギリシア)はマレアス神(ローマ)に征服される運命にある
ということです




