第18話 女神様は軍神と喧嘩をする
「男同士の真剣勝負、よくもまあ、文字通り横やりを入れてくれたな、アルティシーナ」
マレアス神は怒り狂いながら言った。
怒りで彼の金髪はますます赤身を帯びていき、真紅の神威が雷光のように弾ける。
アルティシーナ神は鼻で笑った。
「真剣勝負? ふん……人間相手に何が真剣勝負ですか。しかも卑怯な脅しをして。恥を知りなさい、マレアス」
アルティシーナ神はゆっくりと地上に降り立った。
そして天馬から飛び降り、レオニダスに駆け寄る。
「大丈夫ですか? レオニダス」
「は、はい……あ、あなた様はあ、アルティシーナ神?」
「ええ、そうです」
アルティシーナ神はレオニダスに対し、微笑みかけた。
その時、レオニダスの体を何か、温かいモノが包み込んだ。
傷がゆっくりと癒されていく。
「……ありがとうございます」
「どうということはありません」
それからアルティシーナ神はマレアス神を睨みつける。
「レオニダスとアレクサンドラをユーラ神から隠すのは、神王の意志です。あなたは王命に逆らうつもりですか?」
「分かってるさ……ただ、俺はそいつが相応しいか確認しに来ただけよ。俺たちにとっての切り札にな」
マレアス神は残忍な笑みを浮かべる。
「そいつが役に立たないんじゃあ……処分した方が良い。そして新しい子供を父上に作って貰えばいいだけさ。まあ……横やりがあったとはいえ、俺様に傷を付けることができたのは事実。認めてやるよ」
処分。
まるでモノか何かのような言い方に、レオニダスはムッとした表情を浮かべた。
そして同時に思う。
(……切り札?)
ディシウス神は自分を何か、目的のために作ったのか?
その目的とは何だろうか?
レオニダスは疑問を抱いた。
「あ、あの……アルティシーナ様。切り札、とは?」
「それはまだあなたが知る必要のないことです」
あっさりと言われてしまう。
本当なら問い詰めたいところだが……神々は基本的に気まぐれだ。
機嫌を損なえば殺されてしまうだろう。
それにアルティシーナ神は「まだ」と言った。
(……いつは分かる時が来るんだろう)
一先ずここは引き下がろうと、レオニダスは考えた。
「取り敢えず、帰りましょう。レオニダス……もう日が暮れています。アレクサンドラが心配していますよ」
「は、はい!」
アルティシーナ神はレオニダスを連れて、アルティシーナ市へと帰ろうとする。
しかし……
「待ちな、アルティシーナ」
「……どうしましたか、マレアス」
「お前、俺様とレオニダスの勝負を邪魔しておいて、無事に帰れると思ったか?」
炎のように真っ赤に燃える瞳で、マレアス神はアルティシーナ神を睨みつける。
「お前の所為で不完全燃焼だ……慰めてくれよ」
「一人で処理してください」
「ほう……良いのか? ここいらで一つ、大きな戦を起こしても」
「……」
戦争が起これば人が死ぬ。
それは当然のことである。
同じ戦争を司るアルティシーナ神は決して戦争を否定しない。
だが……アルティシーナ王国が戦火に巻き込まれるようなことになれば、アルティシーナ王国の人口は減るだろう。
アルティシーナ王国はアルティシーナ神の信仰の中心地である。
それをマレアス神に穢されるのは我慢ならなかった。
「一戦やろうぜ? そうしたら、やめてやるよ。……それとも怖いか?」
「……まさか」
レオニダスの前で挑発され……
大人しく引き下がれるはずもなかった。
「しかし地上で私たちが下手に暴れれば、この惑星が持ちませんよ」
「分かってるよ……『神界』を張るぞ。魔力は俺様が供給するから、式はお前が編め」
「……良いでしょう」
アルティシーナ神は手を空に向けた。
すると……
世界がゆっくりと書き換わる。
(な、なんだ?)
レオニダスは困惑した。
景色はまるで変わらないのにも関わらず、まるで別世界に来たかのような感覚に陥ったからだ。
「ここが神界です、レオニダス。ここで発生したことは、現実世界に影響を及ぼしません」
「例えるなら……紙の上に貼ったシールさ。シールに何書いても、剥がしちまえば何にも残らないだろ? ……もっとも、シールが破れるレベルに強く書けば当然影響は出るけどな」
アルティシーナ神とマレアス神はレオニダスに説明した。
それからアルティシーナ神はレオニダスに命じる。
「よく見ておきなさい、神の全力……を出すと影響が出るので出せませんが、我々の力の片鱗をその目に焼き付けるのです。いずれ、あなたにもこの領域に達して貰います」
「そうそう……少なくとも俺様の戦いに、ついて来れなきゃ話にならねぇからな。遠くで離れて見てな」
「……はい」
取り敢えず避難した方が良さそうだ。
そう判断したレオニダスは出来る限りの距離を取った。
「ルールはどうしますか?」
「そうだな……それぞれの武器で一撃を放って、競り負けた方が負け。これでどうだ?」
「良いでしょう」
実のところ、腕力そのものはマレアス神の方がアルティシーナ神よりも強い。
つまりこれはアルティシーナ神にとって不利なルールだ。
しかし……
「ですが、我々が全力を出せば神界は持ちません。ですから……神界を少しでも破った方は、その時点で敗北というのはどうですか?」
「……良いだろう」
つまりチキンレースのようなものだ。
このルールならば、アルティシーナ神も不利にはならない。
二人は距離を取り……
各々が神器を手に乗った。
マレアス神は剣を構える。
真紅の閃光を纏う、血のように赤い剣だ。
柄には狼の装飾が施されている。
一方アルティシーナ神は槍を構えた
黄金に光り輝く、美しい槍だ。
柄には蛇の装飾が施されている。
遠方からレオニダスは固唾を飲んで勝負を見守る。
「さあ……食らえや、アルティシーナ。我が剣を、農地を切り開き、敵を打ち破り、人を屈服させる暴力の力を。王権の、支配の象徴を! 創造は全て破壊の後に起こることを知れ!」
「覚悟しなさい、マレアス。我が槍を、愚か者共がその叡智を結集させ作った、この力を。人の願いが、希望が、夢が、欲望が、生み出した兵器の力を。戦争は平和を願う者の手によって起こされてきたことを思い知りなさい」
神威が、膨れ上がる。
ピキピキと……空間が揺れ、悲鳴を上げる。
マレアス神は真紅に光る剣を振り下ろす。
「軍権の神剣!!!!」
そしてアルティシーナ神もまた、槍を放った。
「愚者の聡慧なる神槍!!!!」
片一方は、これまで、そしてこれから、ありとあらゆる並行世界に於いて、人間が振るった、もしくは振るうであろう暴力と破壊の力の集合、その一部。
片一方は、これまで、そしてこれから、ありとあらゆる並行世界に於いて、人間が戦争で用いた、もしくは用いるであろう兵器の力の集合、その一部。
ほぼ同質の力と力が衝突する。
「アルティシーナ!!!! ビビッてんじゃねえぞぉおおおおお!! 全力を出せ!!!」
「それはこちらのセリフ!!!! 全力を出さないと……あなたの体は吹き飛ぶぞ!!!」
少しでも力を落とせば……
否。
相手が上昇させ続ける力についていかなければ、剣は、剣は、両者の体を吹き飛ばすだろう。
しかしもし仮にどちらか一方の力が、神界の許容上限を超えれば……
その時点で敗北となる。
暴力と暴力のぶつかり合いに見えて……
それは頭脳戦、心の読み合いだった。
そして……勝負に出たのはアルティシーナ神であった。
一気にその槍に込める力を強めたのだ。
「っぐ!!!」
マレアス神は目を見開いた。
あっという間に押し込まれていく。
しかし同時に神界もまた、振動し……限界を迎えそうになる。
そして……
「っぐ、はぁ……これは俺の、勝ちだろ?」
「いえ、私の勝ちです」
神界が崩壊し、二柱と戦いを見守っていたレオニダスは現実世界に引き戻される。
アルティシーナ神の槍は見事に、マレアス神の心臓を穿っていた。
問題は……
槍がマレアス神の心臓を穿つのと、神界の崩壊、どちらが先だったかということだ。
「げほ……レオニダス! どっちの勝ちだ!!」
「レオニダス、私の勝ちですよね?」
マレアス神とアルティシーナ神はレオニダスに尋ねた。
レオニダスは少し考えてから……答える。
「全くの同時でした。……引き分けでは?」
どちらか一方を贔屓すれば、片方の怒りと恨みを買う。
そう判断したレオニダスはバランスを取って、引き分けということにする。
両者は不満そうだったが……
その決定に意を唱えるつもりはないようだった。
「というか、早く、抜けや」
「ああ、すみません」
アルティシーナ神は乱雑に心臓から槍を引き抜いた。
マレアス神は吐血し、咳込む。
「げほ、気管に血が入った……げほ、げほ」
「穴が開いたくらいで大袈裟な。唾でもつけて置けば治るでしょう」
(……どこから突っ込めばいいんだろうか?)
心臓の穴よりも、気管に血が入って苦しがるマレアス神か。
それとも体に空いた穴を、まるで切り傷か何かのように扱うアルティシーナ神か。
レオニダスは判断に迷った。
「げっほ、まあ、良い。取り敢えず、スッキリしたわ……今回はこれで見逃してやるよ」
「まるで負け犬の捨て台詞ですね。おっと……そう言えばあなたは犬でしたね。この犬っころ」
「狼だ! ……調子に乗るなよ? この蛇女め」
両者は暫く睨み合った。
そして……マレアス神は掻き消えるように姿を消した。
それからアルティシーナ神はレオニダスの方へ歩み寄る。
「馬鹿な兄が迷惑をかけました。……王都まで、送りましょうか?」
アルティシーナ神が言うと、レオニダスは首を横に振る。
「お気持ちは嬉しいのですが……走って帰ります。強くなりたいので」
そういうと、アルティシーナ神は笑みを浮かべた。
「それは結構なことです」
そしてアルティシーナ神もどこかへと、掻き消えてしまった。
二柱の神が消え、レオニダスは地面に座り込んだ。
「……散々な一日だった」
溜息をついた。




