第17話 英雄の卵と軍神は決闘をする
「いやー、しかしお前がレオニダスか。ふむ、なるほどね。父上似だわな……今はともかくとして、鍛えたらそれなりになりそうではある」
じっくりとレオニダスを観察するマレアス神。
マレアス神に顔を覗き込まれ……レオニダスは全身から汗が噴き出るのを感じた。
(これが……本物の、純粋の神の神威!)
あまりに圧倒的だった。
レオニダスは蛇に飲まれたカエルのような気分になる。
『進軍する者』軍神マレアス。
「軍神」の二つ名の通り、戦争を司る神である。
統治・戦争・農耕の三つの権能を有する。
また城壁の破壊者でもあり、都市の守護神であるアルティシーナ神とは同じ戦争を司る神でありながらも対を成す。
軍神マレアスは決して善神とは言えない。
また……同時に神々の中でも能力が高いとも言えない。
その粗野で野蛮なところから、アルティシーナ神とよく比較され、劣った神とされている。
だが……
それでもレオニダスは完全にマレアス神に飲まれていた。
半神と純粋な神との間には、それほどまでに隔絶した差があるのだ。
「おいおい、何固まってるんだよ? そんなにお兄ちゃんが怖いか? あん?」
マレアス神はレオニダスの肩を叩く。
それでようやくレオニダスは我に返った。
「一体、俺に何の用でしょうか? マレアス神」
「弟の顔を見に来るのに理由があっちゃ、いけないのかよ?」
「それは……」
弟と言えば、弟である。
だが……二重の意味でレオニダスとマレアス神は普通の兄弟関係ではない。
まず第一に二人は母親が違う。
レオニダスはディシウス神の愛人の息子なのだ。一方マレアス神は正妻の子である。
第二に人間と神。根本から種族が違う。
半神は少なくとも生きている間は人間だ。
「しっかし……父上の奴も懲りないねぇ。母上に隠し通せるわけねえのによ」
「!!! ま、待ってください! あ、あの……」
「うん? どうした」
「……ゆ、ユーラ神は、その、俺たちのことをし、知っているんですか!?」
ユーラ神の存在はレオニダスとアレクサンドラにとっては恐怖だ。
見つかれば確実に呪いが降りかかる。
「うん? まあ、大丈夫よ、今のところはな。前回の騒ぎでバレ掛けたが……ポーロワとトルトメスの奴が二人で誤魔化したからよぉ……お優しいお兄ちゃん二人に感謝するんだなぁ」
「は、はい……」
レオニダスは胸を撫で下ろした。
ポーロワ神のことはあまり好かないが……それでも誤魔化してくれたことはありがたい。
「まあ俺がチクらなければの話だけどな」
「……え?」
レオニダスの顔が青くなる。
「おいおい、なんだ? まさか俺が素直に黙って上げてやると思ったか? ハハハハ!! そんなわけねえだろ? 俺様は母上の、ユーラ神の息子だぜ? 浮気相手の子供をよぉ……見過ごしてやる義理はねえな」
ゲラゲラと大笑いするマレアス神。
レオニダスは唇を噛みしめる。
「さて……その前にアレクサンドラ、可愛い妹の顔を拝むとするか。案内してくれや」
「……」
「おいおい、反抗的だな? 俺様がお前の姉……妹? に何かするとでも思っているのか?」
先程の発言を忘れたかのように、マレアス神はおどけて見せる。
そしてニヤリと笑った。
「まあ……可愛かったら俺様の妻にでもするか」
「な!!」
レオニダスは目を見開いた。
「俺様の妹だ……さぞかし気が強いんだろうなぁ……それにきっと丈夫だ。どれだけ乱暴にしても、そう簡単には死なねぇだろう。俺様の便所として、しばらく使ってやらぁ。そうすれば母上の怒りも収まるだろう」
「や、やめろ!!」
レオニダスは叫ぶ。
マレアス神はニヤリと笑った。
「どうしてだ? ……もしかして、惚れてたりするのか? だったら、お前にも使わせてやるよ。兄弟、仲良く玩具は使わないとなぁ……ハハハハ!! 俺様、優しいだ……」
「ふざけるな!!」
ついにレオニダスは背中の槍を引き抜いた。
マレアス神に穂先を向ける。
「アレクサンドラには手を出させない!!」
「ほう……槍を抜いたな? この俺様に、軍神マレアス様に向かって!!」
マレアス神からとてつもない殺気が放たれた。
一瞬大地が震え、そして空を飛ぶ鳥たちは気絶して地面へと落下する。
赤みを帯びた金髪は逆立ち、漏れ出た神威は真紅の稲妻のように、マレアス神の全身を覆う。
瞳は炎のように、真っ赤に輝く。
あまりの強烈な殺気、そして神威を正面から受けたレオニダスは一瞬気を失いそうになる。
が、何とか堪える。
その場から逃げ出したくなるほどの恐怖を堪え、マレアス神を睨み、槍を向け続ける。
「……ほう、これを耐えるか。見どころはあるな」
マレアス神はニヤリと笑った。
そして踵を返す。
「ついてこいや……場所を改めようぜ」
そう言って口笛を吹いた。
するとどこからともなく、四頭の神馬に引かれた戦車が出現する。
「乗りな」
「……」
大人しくレオニダスは戦車に乗った。
戦車は凄まじい速度で平原を走り……そして人気のない、広い草原が広がる場所へと辿り着く。
マレアス神はそこで戦車を止めた。
二人は戦車から降りて、向かい合う。
「レオニダス、少しでも俺に傷を付けることができたら……母上には黙っておいてやるよ。ついでにアレクサンドラには手を出さねぇ……」
「……もし、俺が負けたら?」
レオニダスが尋ねると、マレアス神はニヤリと笑う。
「兄妹そろって肉便器さ……どうだ? スリルがあるだろ?」
そう言ってマレアス神は腰の剣を抜く。
真紅に光り輝き、赤色の稲妻のようなものが纏わりついている。
「俺は自分の神器を使おう。だが、安心しろ。本気でやることはない。本気で放たない限り、こいつはただの、丈夫な剣さ。お前は何を武器にする? 剣か? 槍か? 弓か? 貸してやってもいいぜ」
「……俺には自分の槍がある。結構だ」
そう言ってレオニダスは槍を軽く振る。
太く、長い……鋼鉄製の大槍だ。
これを全力で振るうことができるのは、アルティシーナ王国の中でもレオニダスだけだろう。
少なくとも人間の中では。
「ひひ……そうかよ。まあ、良いぜ」
そしてマレアス神はニヤリと笑った。
「勝者は敗者を支配する。敗者を犯し、奪い、殺す! 戦争の醍醐味は暴力、略奪、強姦、殺戮だ! さぁ、レオニダスよ。戦争を始めようぜ!!!」
「ハァァァァァァアアアアアア!!!!!」
レオニダスは全力で槍を振る。
ティシアに鍛えられ、そして技術を教えられたレオニダスの槍は神域に達している。
轟音を上げながら、マレアス神へと迫る。
が、マレアス神は涼しい顔をしながらそれを弾き返す。
「ははは!!! おいおい、そんなもんかよ? もっと全力で殺しにこいやぁ!!!」
マレアス神は一気に肉薄し、剣を振る。
真紅の剣がその刀身をレオニダスの血でさらに赤く染めんと迫る。
これを間一髪のところでレオニダスは避ける。
そして再び何とか距離を取ろうとするも……
「おいおい、つれねえなぁあ!!! 逃げんなよ!!」
それに応じて距離を詰めてくる。
レオニダスは完全に防戦一方となっていた。
通常、槍の使い手と剣の使い手が戦った場合……
環境にもよるが、リーチで優れる槍の使い手の方が有利である。
剣の使い手が槍の使い手に勝つには、その長い槍の猛攻を避け、懐に潜り込む必要がある。
それは並大抵のことではない。
マレアス神の武器は剣、レオニダスの武器は槍。
有利なのはレオニダスのはずである。
しかし優勢なのはマレアス神であった。
つまり……それほどまでに両者の間に実力差が存在するのだ。
(っく、思いだせ……ティシアに習った、技術を!!)
レオニダスはティシアとの訓練を思い出し、槍を振るう。
防戦から反撃へと転じる。
「ほう……その蛇のような、鬱陶しい槍の動き……ひひ、ちゃんと習ってるみたいじゃないか。そうじゃねぇえとなぁあ!!」
レオニダスの流れるような全力の突き。
それを軽々と剣で弾き返し続ける。
両者、戦況は沈着。
攻守を互いに入れ替えながら、戦いは続く。
しかし……
「――ォォオオオオオオ!!!」
「おらよ! おいおい……さっきよりも、随分と軽いぞぉおお!!」
レオニダスの全力の一撃。
しかしそれはマレアス神にあっさりと弾き返される。
そもそも……無理があるのだ。
如何に半神とはいえ、レオニダスは人間。
片や……もう一方は戦争を司る軍神である。
前者の体力には限界があり、一方後者には限界がない。
結果……
マレアス神が汗一つ掻いていないのにも関わらず、レオニダスは全身傷だらけで、息も絶え絶えになっていた。
「おいおい、良いのか? このままだと肉便器コースだぜ? ひひ……まずは手足削ぎ落として、使いやすいように加工してやんよ。最初は……左手から貰おうか!!!」
「っぐォオオオオオオオオオ!!!」
マレアス神の閃光のような一撃。
それをレオニダスは全力を振り絞り、弾き返す。
マレアス神の目が驚愕で見開かれる。
「ほう……まだそれだけの体力があったか!! はは、すげぇじゃねぇか……だがなぁ……これで終わりだ!!」
マレアス神は第二撃を放つ。
レオニダスは槍を引き戻そうとするが……遅い。
(っくそ、もっと、もっと早く動け!!)
視界の中でゆっくりと迫りくる真紅の剣を睨みながら……
レオニダスは体に鞭を打ち、何とかこれを迎撃しようとする。
しかし疲れ切った体は鈍く……
言うことを聞かない。
(こんな、ところで……)
その時だった。
「っつ!! ふざけんじゃねぇよ!!」
マレアス神は突如、剣を振るのをやめた。
そして流水のように緩やかな動きで姿勢を変え、空から飛来する黄金の槍を弾き返した。
空へと打ちあがる槍。
(今だ!!)
丁度、引き戻し終えた槍を構え、レオニダスは一歩踏み込み、全身を使って最後の一撃をマレアス神へと放った。
それは一瞬だが、神速に達していた。
「っつ!!」
マレアス神はそれを避けようとするが……
完全には避けきれなかった。
槍の穂先が、頬を薄皮一枚だけ切り裂く。
そして地面へと倒れ込むレオニダス。
マレアス神は倒れ込んだレオニダスを見下ろし、言った。
「吐いた言葉は戻さねぇ。お前の勝ちだ。それは認めてやる。だがなぁ……」
マレアス神は空を見上げた。
そして天馬に乗った、黄金の髪の女神を睨む。
「このクソ女、邪魔しやがって……覚悟はできているんだろうなぁ、ポンコツ馬鹿女神!!!」
すると黄金の髪の女神――アルティシーナ神――もまた吠える。
「それはこちらのセリフです……私のレオニダスに手を出して、タダで済むと思うなよ? このぼんくら馬鹿息子が!!!!」




