第14話 女神様と光明神は妹の奪い合いをする
太陽が降りてきた。
それは炎の塊だった。
灼熱の炎がアルティシーナを照らし、その身を焦がそうとする。
しかし不死たるアルティシーナの身はその程度の炎で焼け焦げることはない。
アルティシーナは太陽を、炎を纏った巨神を見上げた。
その巨神は服を纏っていなかった。
服など纏っても、燃え尽きてしまうからであろう。
服の代わりに灼熱の炎を身に纏い、体を隠していた。
頭上には美しく照り輝く、太陽の光輪を冠している。
「……天上の王のバカ娘め」
その巨神は、太陽神ソールリオスはアルティシーナを見下ろして言った。
とても不機嫌そうな表情を浮かべている。
「尋ねましょう。……ポーロワ神とアレクサンドラはどこにいますか?」
「ワシが何故、答えねばならない?」
「答えねば、槍で突き殺すだけです」
ソールリオス神は溜息を吐いた。
「全く、横暴で……野蛮だ。さすが、もっとも天上の王の血を色濃く受け継いだ娘。その理不尽さ、天上の王そのものだ」
「良いから早くしなさい」
「……あちらだ。ペガソスの足ならば、すぐに追いつけるだろう」
ソールリオス神は指で方向を示す。
アルティシーナ神はソールリオス神が指した方を見て、そしてそれからソールリオス神に微笑みかける。
「ありがとう、ソールリオス。大好き」
「……早く行け、小娘。いつまでも太陽が地上に降りたままでいるわけにはいかない」
アルティシーナ神は頷いた。
ソールリオス神はもう一度、大きな溜息を吐いてから空へと飛びあがった。
再び、大空に太陽が昇る。
「なんか、申し訳ないことをしちゃった感じですかね?」
「良いんですよ……ソールリオスは半日、ずっと地上を眺めているのが仕事なのですから。さあ、行きますよ!!」
「了解!」
アルティシーナ神は真っ直ぐ、ポーロワ神の下へと向かった。
「い、いい加減にしてください!」
アレクサンドラは怒鳴った。
父譲りの怪力を使い、ポーロワ神の腕から逃れようとする。
しかし如何にアレクサンドラが怪力とはいえ、神、それも男神の腕力には敵わない。
強引に取り押さえられてしまう。
「そう暴れるな」
「あ、暴れるなって……じゃあ王宮に返してください!」
「ホームシックになるには早くないか? まあ一月後にはお前の義理の父親のところへ、挨拶にでも出向こう」
怒っているアレクサンドラに対し、ポーロワ神は上機嫌だ。
惚れた女を自分の物にできて、気分が良いのだろう。
「そもそも! 私は結婚する気なんてありません!!」
「分かっている、分かっている。うんうん」
「いやいや、絶対に分かってないじゃないですか!」
なぜか納得の表情を浮かべつつも、ポーロワ神はアレクサンドラを離さない。
ポーロワ神はアレクサンドラの「結婚をする気はない」というのは、一種のフリだと思い込んでいるのだ。
簡単に結婚を受け入れるなんて、はしたない。
もしくは恥ずかしい。
そんなアレクサンドラの可愛げのある抵抗、ツンデレだと思っているのである。
もっともポーロワ神がそう思い込むのも無理はない。
神王ディシウスの息子であるポーロワ神は、それだけ美形なのだ。
それに……
「お前は俺の竪琴の音色に惹かれただろう?」
「それは……そうですが、それとこれとは関係ないでしょう!」
怒鳴るアレクサンドラの頭をポーロワ神は優しく撫で……
アレクサンドラに顎を殴られる。
が、この程度ポーロワ神にとっては蚊に刺されたようなもの。
逆に愛おしく感じてしまうほどだ。
「俺の竪琴を聞いて、惹かれたのならば……きっと俺とお前は上手くいく」
ポーロワ神は竪琴の神でもある。
彼の奏でる音色は「本物」だ。
ポーロワ神がアレクサンドラに対して、愛を込めて奏でた音色がアレクサンドラに伝わり、それをアレクサンドラが好意的に受け止めた……
ということは、ポーロワ神にとってはもはやその時点で「自分の愛を受け入れてくれた」ことになる。
これに関しては、決してポーロワ神の勘違いというわけではない。
間違いなく、アレクサンドラとポーロワ神の相性は良いのだ。
神の奏でた、竪琴の音色だけは嘘も勘違いも存在しない。
アルティシーナが強引にポーロワ神とアレクサンドラを遠ざけようとしたのは、二人の相性が良いことを見抜いていたからである。
とはいえ、昨日今日あった相手に愛を感じろ、結婚しろ……
というのはいくら相性が良くても、難しい。
少なくともアレクサンドラが、現状に於いては結婚を拒絶していることだけは確かだった。
「アレクサンドラ、毎日音楽を奏でて生活をしよう。なーに、俺が教えてやる」
「いや、本当に結構ですから! 帰してください!」
「竪琴が嫌なら、弓でも良いぞ? 一緒に狩りをしよう。俺の姉上は狩猟の女神でな……」
「弓も結構です! それとディアテミナ神のことは知っていますから、教えてくださらなくても結構です」
「なんと! 俺の家族のことを知っているのか。そんなにも俺のことを調べてくれたとは……やはり俺たちの愛は深いな」
「どういう思考回路をしてるんですか?」
帰せ、帰せと喚くアレクサンドラ。
分かっている、分かっていると分かってなさそうなポーロワ神。
二人の会話は絶妙に噛み合っていない。
「さて、休憩もここまでにして……そろそろ移動しよう」
「……そもそも何で急いで移動をするんですか?」
アレクサンドラが尋ねると、ポーロワ神は溜息交じりに言う。
「処女を拗らせた、万年処女女神が鬼のような形相で追いかけてくるからな」
「……万年? まさか、アルティシーナ神のことですか? 何故?」
「アルティシーナ神はお前のことを、自分のものだと思っているのだよ」
無駄話はこれくらいだ。
とでもいうように、ポーロワ神はそこで話をやめてアレクサンドラを抱え上げた。
そして再び移動を開始しようとしたその時……
手を離した。
そしてアレクサンドラに命じる。
「今すぐ、この場から離れなさい」
「え、ええ?」
「早く!!!」
今までにない剣幕で怒鳴られ、慌ててアレクサンドラはその場から離れる。
それとほぼ同時に、空から黄金に光る何かが降ってきた。
否。
降ってきたのではない。
伸びてきたのだ。
それは黄金に煌めく槍だった。
槍が蛇のようにくねらせながら、空から真っ直ぐポーロワ神へと襲い掛かったのである。
ポーロワ神は即座にその槍を拳で殴り返す。
そして白銀の弓を手に取り、矢を空へと放った。
空へと打ちあがった矢は暫くすると、放たれた速度よりも遥かに速く、加速しながら地面へと墜落した。
何者かが弾き飛ばしたのである。
槍を放ち、矢を弾き飛ばした者の正体は……
すぐに分かった。
「あ、あれは……」
アレクサンドラは空を見上げ……
茫然とする。
そこには美しく、そして凛々しい女神がいた。
黄金のように輝く、蛇の髪を持つ美しい女神。
彼女は白銀の天馬に跨り、手には黄金の槍を持っていた。
「ポーロワ、アレクサンドラは返して貰います」
アルティシーナ神は叫んだ。
「ふざけるな! アレクサンドラは俺の嫁だ。お前になど渡さん!」
「あなたの嫁だか何だか知りませんが、その前に私の妹です」
「俺の妹でもある! というか、お前も俺の妹だろう!!」
アルティシーナ神とポーロワ神は怒鳴り合った。
そして両者、話し合いは無駄と考えたのだろう。
アルティシーナ神は黄金の槍を構え、ポーロワ神は白銀の弓を構えた。
「言っておきますが……私の神槍のことは知っているでしょう? 勝ち目はありませんよ」
「ほう? それはどうかな? 俺の神弓とて、お前の槍には負けていない」
双方、睨み合う。
そして一瞬の膠着。
そして……
「くらええええええええ!!!」
「はぁああああああああああ!!!!」
ポーロワ神が全力で弓を引いて放つ。
それを迎え撃つは、アルティシーナの槍の一撃。
地上から放たれる白銀の光と、空から落とされる黄金の光が衝突……
するかと思われた、その時である。
空が光った。
轟音を立てながら、空から光の柱が落ちて……矢と槍の両方を吹き飛ばした。
「な、何?」
「ま、まさか、これは……」
ポーロワ神と地上に降りたアルティシーナ神は空を見上げる。
再び、空が光り、轟音がなる。
気付くと……
アルティシーナ神とポーロワ神の間に、人影が立っていた。
アレクサンドラは息を飲んだ。
それは今まで感じたことが無いほどの、ポーロワ神やアルティシーナ神を遥かに上回る神威を帯びていた。
土煙が晴れ、全容が明らかになる。
それは男だった。
黄金に光り輝く雷のような髪に、空のように青い瞳。
均整の取れた美しい筋肉、溢れんばかりの威圧感。
男性美の象徴。
男の中の男。
王の中の王。
神の中の神。
支配者の中の支配者。
その者こそ、神々の王、天上の王と評される……
この世で最も偉大で、そして強い神。
「アルティシーナ、ポーロワ。双方、矛を収めな」
天空神、雷神、天上の王、神王ディシウスがそこにいた。
ペガソス(こいつら、兄妹でなんで末の妹の奪い合いをしているんだろう……)




