第12話 女神様は他人(神)の恋路を邪魔する
「お勧めは何かな? アルティ……いや、ティシア」
「……まあ、オムライスが無難かな」
「そうか、そうか……じゃあそのオムライスを頼もう」
上機嫌のポーロワ神に対し、ティシア――アルティシーナ――は少し不機嫌そうであった。
ティシアは咎めるような口調でポーロワに尋ねる。
「……本来、来るはずだったウェイトレスさんを病気にしたのはあなた?」
「まあね。でもそのおかげで話す時間ができただろう?」
光明神ポーロワは治療と疫病を司る。
彼の矢に射貫かれた者は病気になってしまうのだ。
「後でちゃんと、治療の矢を撃ち込んでおくんだよ?」
「分かってるさ。あまり殺し過ぎるとハウリス神……冥府の王に怒られるからね」
ポーロワ神は肩を竦めた。
そしてジロジロとティシアを眺める。
「……何?」
「いや、随分と素朴な感じになったね」
「ふふん、今の私は『普通の女の子』だからね!」
「……」
普通ってのは何だろうか?
光明の神ポーロワでも、ティシアの定義する『普通』が何なのかはよく分からなかった。
「ところでさ……」
「あの、私仕事があるんだけど」
ティシアが「お前と話す余裕はない」と言うと、ポーロワは首を横に振った。
「多分だけど、そろそろ君の仕事は無くなるよ」
ポーロワがそう言うと……
一人のウェイトレスがティシアに駆け寄ってきた。
「ティシアさん、店長が……もうお客さん、少なくなってきたから大丈夫らしいです。お疲れ様でした」
「そう……」
ティシアは頷いてから、ポーロワを睨んだ。
「あーんまり、予言の力を軽々しく使うのはどうかと思うけどね」
「お前はもう少し、『目』を使ったらどうだ? お前がその気ならば、どんな未来だって見通せるだろう。『輝く瞳を持つ者』アルティシーナ」
レオニダスの言葉にティシアは肩を竦めて答えた。
「つまらないじゃない」
「相変わらずのようだな。さて……我らの妹、弟に会いたいのだが、案内してくれないか?」
ポーロワの言葉に対し、ティシアは眉を顰めた。
「ユーラ神には……」
「おいおい、俺を見くびって貰っちゃ困る。うん? アルティシーナ、君の目には俺が可愛い弟や妹を、あの嫉妬深き女神に売り渡すような男に見えるのか?」
ポーロワの母親である女神も、ユーラ神の被害者である。
ポーロワとユーラは今では一応和解をしているが、決して仲が良いとは言えない。
彼が嫉妬深き女神に密告する可能性は低い。
「はあ……分かったよ。ついて来て」
ティシアはレオニダスたちのいる席へと、ポーロワを案内する。
「ティシア、お疲れ。……その人は?」
「私の親族、みんなに会いたいって」
嘘は言っていない。
兄である、と言わなかったのは察しの良いリコリスに正体が看破されるのを防ぐためである。
幸いにもポーロワは神格を巧妙に隠しているため、バレる心配はない。
「始めましてだね。俺の名前は……あー、ポルンだ。アル……ティシアがいつも世話になっている。君たちの名前を伺っても……」
と、そこまで言いかけてポーロワは硬直した。
その視線の先にはアレクサンドラがいた。
ティシアは何となく、嫌な予感がした。
そしてその予感は的中する。
「……何て美しいんだ」
そしてポーロワはアレクサンドラに詰め寄り、その手を取った。
「姫君、名前を伺っても?」
「へ、え? あ、えっと……アレクサンドラです」
「アレクサンドラ! 素晴らしい名前だ!! ……俺と結婚してくれ」
「い、いや、そ、そんな、きゅ、急に言われても……」
唐突にイケメンに求婚されて困惑するアレクサンドラ。
容姿が容姿なため、好意を向けられることはよくあることだが……
さすがに出会い頭に求婚されたのは初めてである。
「決めた、アレクサンドラ。君は俺の者だ……俺の妻にする。結婚式は……痛い、痛い、痛い!!」
ポーロワは悲鳴を上げた。
ティシアがポーロワの耳を強引に引っ張り、アレクサンドラから引き離したからである。
「ごめんね! ちょっと、この人、頭がおかしいの。……ちょっとこっちに来なさい!!」
ティシアは耳を引っ張りながらポーロワを店の外に引きずり出した。
そして路地裏まで行き、周囲に人がいないことを確認した上で……
その神格を解放し、アルティシーナの姿になった。
それを見たポーロワも対抗し、神としての神威を身に纏う。
「どういうつもりですか?」
「それはこっちのセリフだ。……俺の耳がロバみたいに長くなったらどうする?」
「あなたじゃあるまいし、そんな間抜けな呪いは掛けません」
アルティシーナはポーロワを睨みつける。
ポーロワはムッとした表情を浮かべる。
「俺の恋路の邪魔をするな」
「あの子は私の妹です。勝手に求婚などされては困ります」
「俺の妹でもある!」
尚、神々にとって姉だから、弟だから、親だから、子供だから、孫だからは結婚しない理由にならない。
兄弟姉妹親子である前に、男女である。
アルティシーナなど、その典型的な例だ。
「ここはアルティシーナ王国、つまり私の縄張りです。この地で生まれ落ちたアレクサンドラは私の庇護下にあります。つまり私のモノです。あなたにはやりません」
「今まで放置していたくせに、何を言う! この頭のおかしい、傲慢女神め!! 大事なのはアレクサンドラの気持ちだろう?」
「ならば尚更です」
「俺が口説けば、絶対にアレクサンドラは俺に惚れる。すっこんでろ」
大した自信である。
もっともポーロワの自信も当然と言えば、当然である。
神王ディシウスの男性美を色濃く受け継いだポーロワは、『輝ける者』の異名の通り、まさに光り輝くような美貌の持ち主である。
神としての姿で口説けば、大概の女は堕ちるだろう。
だが……
「そもそも口説くことがおかしいのです。彼女は私の庇護下にある! 無許可で手を出さないで貰いますか?」
「ええい! 分かった、良いだろう。ふん……このアホティシーナ!」
「ベーっだ!! このアホローワ!!」
まるで子供のような喧嘩別れをした後、アルティシーナとポーロワは別れた。
その夜のことである。
真夜中、ふとアレクサンドラは目を覚ました。
「……何かしら?」
耳を澄ませると、とても美しい竪琴の音色が聞こえる。
今まで聞いたことが無いほど、美しい音色だ。
自然と心が湧きたち、体が熱くなる。
アレクサンドラは今まで感じたことが無いような感覚、胸がキューっと痛み、顔が紅くなるのを感じた。
もっと側で聞きたい。
アレクサンドラは自然とそう思った。
フラフラと何かに吸い寄せられるように、アレクサンドラはドアを開けてバルコニーへと出る。
するとそこには柵に腰を掛けて、竪琴を鳴らしている青年がいた。
アレクサンドラは確信した。
神だ。
そこには輝くような美貌の持ち主がいた。
自分の弟であるレオニダスも美形だが、そのレオニダスよりも遥かに美しい青年だった。
髪は黄金のように美しく、瞳はまるで蒼玉のようであった。
顔の造形は大変整っており、まるで光を放つようであった。
手足は長く、しっかりとした筋肉がついており、その肉体美はどのような名工であろうとも表現することはできないだろう。
背中に弓と矢筒を背負ったまま、その美しい神は竪琴をかき鳴らす。
「アレクサンドラ……」
男性神は囁いた。
その言葉は男性神が弾いている竪琴の音色と同じか、それ以上に美しかった。
「俺は光明の神、ポーロワ。君に一目惚れをしてしまった。俺と結婚してくれ」
一瞬、アレクサンドラは宙に浮いたような気持ちになった。
ふわふわとした、不思議な感覚。
まるで自分が自分ではないかのようだった。
心臓が激しく高鳴り、体温が上昇する。
ポーロワ神が生まれつき持っている、強烈な魅了によって支配されそうになる。
……が、しかし彼女の体の中に流れる神王ディシウスの血が、神性がその支配を打ち破った。
「…………急にそう言われても、困ります」
アレクサンドラは答えた。
確かにポーロワ神は大変、美しい神である。
思わず見惚れてしまうほどその容姿は美しく……また、竪琴の音色も素敵だった。
正直、満更でもないと思う。
下手な人間と結婚するよりは、ポーロワ神の妻になった方が遥かに女として光栄だろう。
だが会ってすぐに結婚は早くないか?
という、人間的な常識がアレクサンドラにポーロワ神の求婚を断らせた。
ポーロワ神は一瞬悔しそうな表情を浮かべるが……
しかし嬉しそうに笑みを浮かべる。
簡単に堕ちるような女よりも、アレクサンドラのように自分の魅了に打ち勝つ女の方が、惚れさせる甲斐がある。
それでこそ俺が惚れた女だと、ポーロワは思った。
「どうすれば俺の結婚を受け入れてくれる?」
「え、ええと……私たちは会ってすぐなので、お互いのことを知りませんし……その、やっぱり相応のステップを踏まないといけないのでは、ないですか?」
アレクサンドラの言いたいことはこうだ。
あなたのことを良く知ってから、好きになるか、恋人になるか、結婚するかを考える。
つまり、取り敢えず現状は「ふった」のである。
迂遠な言い方をしたのは、相手がポーロワという神だからであり、不敬にならないように気を使ったのだ。
しかし……
アレクサンドラは一つ、思い違いをしていた。
会ってすぐに結婚は早い。
というのは人間の価値観であり、倫理観である。
しかしポーロワは神である。
彼は神の価値観、倫理観で考える。
ポーロワはアレクサンドラの言葉をこう受け取った。
これからしばらく(二、三日くらい)仲良く過ごしてから、結婚しましょう。
つまり迂遠に「求婚を受け入れた」と捉えたのだ。
悪いのはしっかり断らなかったアレクサンドラである。
相手は神なのだ。
自分の都合の良いように解釈して、強引に事を運ぼうとするということは……ディシウスに夜這いされた自分の母親の教訓から、予想するべきであった。
「何て、貞淑で謙虚なんだ。……それでこそ、俺の妻に相応しい」
ポーロワは感動した。
そして笑顔を浮かべ、アレクサンドラに近づき、手を腰に回した。
「え、えっと……な、何ですか?」
「俺の求婚を受け入れてくれてありがとう。……とりあえず、この街から出ようか。ここには傲慢な処女神がいるからね」
「は、はい!?」
アレクサンドラは困惑した。
一体、いつ私は求婚を受け入れた?
が、しかしアレクサンドラに困惑している暇は無かった。
気付くと空の上に居たからである。
ポーロワがアレクサンドラを抱えて、バルコニーから飛び降りたのだ。
「え、え、ええ!!」
「捕まっていたまえ。今すぐに、この国から脱する」
ポーロワがそう言うと……
彼の姿が変化し、鹿へと変わった。
アレクサンドラは下に落ちぬように、ポーロワの角に捕まる。
「さあ、行くぞ!!」
「な、何なの!?!?!?!?」
アレクサンドラを背中に乗せた雄鹿は雲を蹴りながら、空を走り、全速力で移動を開始した。
ポーロワ神は王様の耳をロバの耳に加工したやつです




