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第10話 巫女は同級生の少女の正体に気づきそうになる


 ティシアがレオニダスの腹部に槍を放ったその時……

 リコリスは確かに感じた。


 己が崇める神、アルティシーナ神の気配を。


 (……まさか、ティシアはアルティシーナ神?)


 リコリスの脳裏に一つの可能性が浮かび上がる。

 神が人間の姿で地上に現れる。


 別にあり得ない話ではない。

 かのディシウス神など、しょっちゅう人間に化けて人間の女性と性交を試みている。

 

 ディシウス神ができるのだ。

 アルティシーナ神ができない道理はない。


 だがしかし……もしそうだとすると、おかしな点がある。


 ティシアの性格がアルティシーナ神に似ていないことだ。

 

 (……アルティシーナ神は女神の中でも有数の、気位の高い女神のはず)


 アルティシーナ神は決して悪神ではない。

 だからといって、必ずしも善神というわけでもない。


 どちらかと言えば寛容で、善良、度量が大きく、心の優しい女神ではあるが……

 欠点がないわけではない。


 特にそのプライドの高さは大変、有名である。


 悪名高い、嫉妬深き女神ユーラ神。

 我儘な美の女神アフヴィナス神。


 その二柱に並び評されるほどの美貌を持つアルティシーナ神は、相応にプライドが高いのだ。


 寛大なアルティシーナ神は滅多なことでは怒らないが、一度怒った時のその陰湿さ、残酷さはユーラ神に匹敵する。


 しかしリコリスの目から見ても、ティシアは謙虚に見える。

 少なくとも自分自身の美を誇るような言動は……


 と、そこまで考えて、リコリスの背中に冷たい汗が伝った。

 確かにティシアは自分自身の容姿、つまりティシアの容貌を誇るようなことはしていない。


 だが……

  

 「アルティシーナ神は女神の中では一番美しい女神だからね!」


 リコリスの脳裏にティシアの可愛らしい声が浮かんだ。

 そう、ティシアは自分自身の容姿は誇っていないが、アルティシーナ神の容姿については絶賛しているのだ。


 (い、いや……で、でも、熱心なアルティシーナ神の信者なだけの可能性もあるし)


 リコリスは額の汗を拭った。

 そして丁度、レオニダスとの戦いを終えて、すっきりした顔のティシアの顔を見る。


 「どうしたの? リコリス」

 「う、ううん、な、何でもありませ……いや、ないよ」


 もしティシアがアルティシーナ神だとするならば。

 先程のリコリスの発言、つまり「アフヴィナス神の方がアルティシーナ神よりも美しいと思う」はかなり不味い。


 (あ、あれ? わ、私、呪われる?)


 アルティシーナ神は強力な呪いの権能を持っている。

 リコリスのような小娘など、その気になれば蛇だろうが蜘蛛だろうが……醜い動物に変えることができるのだ。


 神話の中にはそういう話がいくつもある。

 

 リコリスは真剣に生命の危機を感じた。

 ティシアが熱心なアルティシーナ神の信者である可能性と、アルティシーナ神ご本人(神?)である可能性ならば、断然前者の方が上である。


 だがもしもの可能性がある。

 もし、人間に化けたアルティシーナ神だとしたら……


 「ティ、ティシアちゃん! わ、私、急用ができたから早退するね! せ、先生によろしく!!」

 「ん? 別に良いけど……何の用なの?」

 「う、うん……す、少し、その、アルティシーナ神に祈りを捧げに行こうかと思って。い、いや、ほ、ほら、さっき少し無礼な発言をしちゃったから、心を入れ替えて反省しようかと……」


 リコリスはティシアに対し、「私は反省していますよ」アピールをする。

 するとティシアは嬉しそうに笑った。


 「うん! それは良い考えだと思うよ。頑張って!」

 「は、はい!!」


 





 その夜のこと。


 「私の巫女、リコリス」

 「あ、アルティシーナ様……」


 ごくり。

 リコリスはツバを飲み込んだ。


 いつの間にか、リコリスの目の前には美しい女神がいた。


 黄金のように光り輝く、長く美しい髪は途中から黄金の大蛇へと変わり、アルティシーナ神の体に巻き付いていた。

 ゆったりとした、体の線が透けて見えるような薄い布の服を着ており、その体に蛇が巻き付くことで、ほっそりとした腰や豊かな女房が大きく強調されている。


 光り輝く黄金の双眸がじっとリコリスを見つめている。


 「お、お会いできて、こ、光栄です。……彫刻や絵画などで見るよりも、何倍も、いえ何百倍も美しいです」


 それはリコリスの本心だった。

 女である自分すらもくらくらしてしまうほどの、輝くような美貌である。


 男性美の象徴、美しき天空神の娘と、その天空神本人との間に生まれたのがアルティシーナである。

 『血』というものを割合で考えるとすると、アルティシーナ神の中に流れるディシウス神の血は七十五%。

 

 美しいのも当然と言えば、当然である。

 しかしその美しい美貌の中には、荒々しい戦神としての権能が隠れている。

 彼女が本気で槍を振るえば、アルティシーナ王国など跡形もなく消し飛び、消滅するだろう。


 夢の中にも拘らず……

 リコリスの体からは冷や汗が噴き上がり、喉がカラカラに渇く。


 「……ええ、当然です。私の美しさを表現するのは、少々人間には荷の重い仕事でしょう」


 リコリスの賛辞を当然のように受けるアルティシーナ。

 しかしその表情には喜びの色が見える。

 髪を指でくるくると弄るその姿だけは、年頃の少女のようであった。



 「本題に入りましょう。リコリス……私がなぜ、あなたの夢の中に現れたか分かっていますか?」

 「え、えっと……わ、私が、その、アルティシーナ神よりもアフヴィナス神の方が美しいと、言ったことでしょうか?」


 アルティシーナ神の右目はあらゆる真実を見抜く。

 愚者なる賢者、『叡智』と『愚痴』の女神アルティシーナには嘘は通じない。


 正直に言った方が良いと判断したリコリスは、己の罪(?)を自白した。


 「結構なことです。己の罪を自覚し、それを正直に話す……それは良いことです」

 「は、はい……」

 「ですが、私の巫女ともあろうものが真の美というものを見抜けないのは、問題ですね」

 「も、申し訳ありません!」


 もう平謝りをするしかない。

 神というのは基本的に理不尽な存在なのだ。


 むしろアルティシーナ神は比較的、話の分かる部類である。


 「か、考えを改めました……やはりアルティシーナ様の方が遥かに美しいと、思います」

 「宜しい……あなたの祈りもしっかり私のところへ届いていました。日頃の献身を加味し、今回のところは許しましょう」


 アルティシーナは微笑んだ。

 リコリスはほっと胸を撫で下ろす。


 「あ、あの、アルティシーナ様!」

 「何でしょうか? リコリス」


 アルティシーナの黄金の双眸がリコリスを射貫く。

 リコリスは緊張した面持ちで、口を開いた。


 「そ、そのぉ……あ、アルティシーナ様が宜しければ、なのですが、実は教えて頂きたいことがありまして」

 「私から知恵を授かりたい、と?」

 「い、いや、そ、その……知恵というほどのことではないのですが……」

 「……ふむ、質問にもよりますが、可能な範囲で答えてあげましょう」


 リコリスはアルティシーナの容姿を褒め称えたこともあり、機嫌が良さそうだ。

 アルティシーナ神が気分屋なのは、それなりに有名な話である。

 リコリスはアルティシーナの機嫌を損ねないように、慎重に質問をする。


 「その、レオニダスとアレクサンドラのことなのですが……」

 「私の弟と妹ですか」

 「は、はい……えっと、ユーラ神には見つかっていないのでしょうか? その、心配で……」


 アルティシーナは目を細めた。


 「おそらくは大丈夫でしょう。ここはアルティシーナ王国……ユーラ神の目は届きにくいはずです」

 「な、なるほど……つまりアルティシーナ様の御加護のおかげで、二人はユーラ神の嫉妬に当てられていないということですか」


 ディシウス神の正妻ユーラ神とディシウス神の娘であり孫であるアルティシーナ神の仲は大変悪い。

 まず両者共に、世界で一番自分が美しいと思っているため……その点で対立している。


 またユーラ神は一夫多妻制、夫婦関係を守護する神であるのに対し、アルティシーナ神は夫に支配されることのない処女神である。

 神格的な相性も悪い。


 加えて嫉妬深いユーラ神にとっては、アルティシーナは自分から夫を『二重に寝取った女たち』の娘であり孫である。

 そしてアルティシーナ神も可愛い娘として、孫としてディシウス神の寵愛を受けている。


 そもそも継母と継子というのは仲が悪いものだ。


 故にアルティシーナ神とユーラ神は相応、お互いのために暗黙の不可侵を貫いている。


 そういう理由からアルティシーナ神の信仰の中心地であるアルティシーナ王国には、ユーラ神の目は行き届きにくいのだ。


 「いえ……私も最近まで、二人のことを知りませんでした。おそらく、あの二人のことを知っているのは……いえ、何でもありません。聞かなかったことにしなさい」

 「は、はい」


 どうやら何か、神々にとっての機密事項が絡んでいるようだ。

 面倒事には正直、巻き込まれたくないリコリスは速攻で記憶からアルティシーナの言葉を忘れ去ろうと努める。


 「そ、その、もう一つ宜しいですか?」

 「一つも二つも変わりません。どうぞ」

 「……あの、最近出会ったティシアという少女についてなのですが」


 その瞬間。

 一瞬だけだがアルティシーナの目が泳いだ。

 

 (……え? 嘘でしょう?)


 まさか本当にティシアはアルティシーナ神なのか?

 リコリスの中で、『ティシア=アルティシーナ神』説の信憑性が上昇する。


 「その子がどうしましたか?」


 「い、いえ……その、彼女は誰とディシウス神の子なのかと、思いまして」


 「アルティシーナ王国の外れ、田舎の出身ですよ、彼女は。おそらくあまり身分の高くない女性との子供でしょう。高貴な姫を好むディシウス神にしては珍しいですが、有り得ない話ではありません」


 すらすらとアルティシーナは答えた。

 ……実はアルティシーナが即興で考えた設定であり、内心でかなり焦っていたのだが、そのことは表情には出さない。


 「そ、そうですか……ありがとうございます」(……やっぱり違うのかな?)


 さすがに少し似ているからといって、ティシアとアルティシーナ神が同じ人(神?)物だというのは無理があったか、とリコリスは考え直した。


 もっとも、それでもゼロではない以上頭の片隅に置いておくつもりではあるが。


 「ティシアがどうかしたのですか?」

 「あ、いえ……その、純朴で可愛らしい少女だなと、思いまして。できれば友達になりたいなと、思っています」


 これについては本心であった。

 

 リコリスの回答に、アルティシーナは柔らかい笑みを浮かべる。


 「そうですか。……ええ、是非、私の弟と妹たちと仲良くしてあげてくださいね、リコリス」


 ゆっくりと……

 アルティシーナ神が遠ざかっていく。


 そして……

 リコリスは目を覚ました。


 「……時刻は?」


 リコリスは時計を確認する。

 そして顔面を蒼白にさせた。


 「遅刻だ!!!」


 ……時計がズレていることはすっかりと忘れていた、リコリスであった。


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