第9話 女神様は可愛い弟に敗北を教えてあげる
「――ぁあああああ!!!!!」
「良いよ、良いよ!! 凄く、良いよ! レオニダス!!」
レオニダスは槍を振るう。
一撃一撃、その全てに全力を注ぐ。
その速度は神速に至りかけるほどであり、これほどの槍を放てる英雄は五本の指に収まるか収まらないかであろう。
ティシアはそれを軽々と弾き、いなし、絡めとり、反撃を加える。
流れるように美しいティシアの槍は神速そのものである。
全力で受け止めねば、避けなければ死ぬ。
レオニダスにそう意識させる、まさに死の一撃。
「はぁああああああああ!!!」
「凄い、あああ!! さすがだよ、さすがあの人の息子だ、レオニダス!! 素晴らしい、素晴らしいよ! これほどの槍は久しぶりだ!!」
両者の顔は赤く染まっていた。
しかし同じ赤でも様相は違う。
レオニダスの赤は燃え上がるような体温と、時折吹き上がる血液によるもの。
頭から湯気が立ち上るほど体の中で炎を燃やし、エネルギーを槍に注いでいるのだ。
一方ティシアの赤は興奮の赤。
まるで恋する少女のように頬を赤らめ、紅潮させ、うっとりとした顔で槍を振るう。
「ぐ、ガッアアアアアアアア!!!!!!」
「ああ、凄いよ、レオニダス♪ 私にもあなたの熱が伝わってくる、ああ……堪らない♥」
必死の形相で咆哮するレオニダス。
蕩けた表情で囁くティシア。
両者はまるで対照的だった。
「そ、そんな……レオニダスが押されている、なんて……」
アレクサンドラが茫然とした表情で言葉を漏らす。
アレクサンドラはどちらかと言えば母親似であるため、レオニダスに比べると遥かに弱い。
故にすでに神域に至りかけている二人の戦いを見ることはできなかった。
あまりに速すぎて、分からないのだ。
時折火花が散っていることから、槍と槍が衝突しているということだけは分かる。
戦いは見えていないが、二人の表情からどちらが必死で、どちらが余裕なのかは分かる。
アレクサンドラには目の前の光景が信じられなかった。
あの、レオニダスが汗と血を流すなどアレクサンドラには想像もできない景色だ。
「す、凄い……ティシア。こ、これが……半神と半神の戦い」
二人の戦いを見て、リコリスは呟く。
二人が槍を振るうたびに風が起こり、髪が揺れ動く。
リコリスには何が何だか、もう分からなかった。
ただ、確かに分かることは……レオニダスから濃密な神威が溢れ出ていることだ。
一方ティシアの体からは殆ど神威が漏れていない。
ティシアの方が遥かに巧みに、力を使いこなしている。
その他の者たち、教師を含めた彼らはただ茫然と見ていた。
当初は何か学べるものがあるのではないか、と思っていたがそれは開始数秒で諦めた。
竜巻で薙ぎ払われる家屋を見るような目で、彼らはただただレオニダスとティシアの戦いを見ていた。
「――オオッ!!!」
「っく、今のは良かったよ、レオニダス!! ふふ、槍を振るえば振るうほど、筋が良くなってるね!」
そう言って笑うティシアを見て、レオニダスは歯噛みした。
今のは全力を超える一撃だったのだ。
しかしあっさりと防がれてしまった。
ティシアの槍はレオニダスよりも遥かに速い。
少しでもレオニダスが瞬きをすれば、その槍は心臓を穿つだろう。
ティシアの槍はレオニダスよりも遥かに重い。
一撃一撃が己の全力を遥かに上回っており、槍で受け止めるだけで全身の骨が砕けたのではないかと錯覚するほどの衝撃が走る。
ティシアの槍の技術はレオニダスよりも遥かに優っている。
それはまさに芸術とも呼べるものであり、一切の無駄が存在しない、洗練された動き。
ただ目の前の敵を打ち砕くための、殺しの技術。
ティシアの知性はレオニダスよりも遥かに優っている。
その表情、言葉、息遣い、心臓の鼓動さえもがレオニダスを誘導するための罠。
罠と分かっていながらもレオニダスはティシアに誘導されてしまう。
そしてレオニダスの考えも、全てティシアに看破されている。
自分よりも遥かに優る相手。
それがティシアだった。
(あああ!! あああ!! あああ!!!)
レオニダスは内心で歓喜していた。
これほどまでに己の全力を出したことがあっただろうか。
そして全力を出して尚も、己の先を行く相手がいただろうか?
レオニダスは今、その人生最大の喜びに浸っていた。
一方ティシア――アルティシーナ神――も歓喜の表情を浮かべていた。
ティシアは大好きなのだ。
英雄という生き物が。
人の身でありながらも、神と戦うことができるほどの力を持つ英雄が。
不遜にも神話の世界に足を踏み入れようとする英雄が。
絶対に勝てぬと分かっていながら、その相手にがむしゃらに挑む英雄が。
そして……時には絶対に勝てぬ相手に勝利してしまう英雄が。
「ああ、ああ!! レオニダス、あなたは素晴らしい。まだまだ卵だけど、間違いなく英雄だね。うん……君は英雄になれる、いや、なるだろう…………いや、ならせてみせる!!」
ティシアは妖艶に笑った。
そして少しだけ強めに槍を放つ。
槍がレオニダスの腹に食い込む。
いくら穂先にカバーが取り付けられているとはいえ、神速の一撃。
「っく、ぁあ!!」
さすがのレオニダスもこれには耐えられず、腹を押さえ、苦しそうに呻く。
ぐらり……レオニダスの体が揺れる。
しかし地面に倒れる前に槍を地面に突き刺し、体の支えとする。
そして気丈にティシアを睨み、笑った。
「まだだ……ティシア!」
「……ぁああ、凄い、凄いね」
ティシアは恍惚とした表情を浮かべた、
槍を突き立て、体をくねらせながら、槍に体を押し付け、穂先に唇を押し当てる。
「っ!!」
「……レロ」
そしてティシアは一気にレオニダスに接近し……その頬の傷を舐めた。
そして蕩け切った目で、その艶やかな唇を動かし、レオニダスの耳元で囁く。
「濡れてきちゃった♥」
「……!!!」
レオニダスは体を震わせる。
その動揺を突く形で、ティシアはレオニダスの服を掴んだ。
「な、な!!」
「とりゃああ!!」
そして軽々と放り投げ、地面に叩きつけた。
地面が陥没し、あまりの衝撃にレオニダスは息を吐きだした。
レオニダスの手から槍が落ちる。
「あ、ぐぅ……」
呻き声を上げるレオニダスを見下ろしながら、ティシアは言った。
「まあ基礎と応用はできていたから、その努力は評価してあげる。うーん、まあ全体的に実践不足かな? 折角の実力を活かしきれていない感じ。でもこれは仕方がないかな? 初めてなんでしょう? 同格以上の相手と戦ったの。ならしょうがない……ふふ、これからは私が相手をしてあげるね」
ティシアは楽しそうに、まるでデートの約束を取り付けるかのように言った。
それから表情を一変させ、怒ったような顔をする。
「で、ここからが説教。レオニダス、体を鍛えるのを怠っていたでしょ? あなたの素質なら、もっともっと力も速さも上げられるはずだよ。魔術で自分の体に負荷をかけることはできるでしょう? 徹底的に鍛えてあげるから、そのつもりで」
そしてティシアはクレーター状になった地面へと滑り降り、中心で倒れるレオニダスの顔を覗きこんで尋ねた。
「ところで、どうだった?」
「……最高だったぜ」
「それは良かった!」
ティシアは嬉しそうに笑った。




