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【完結】悪役令嬢の破滅回避に奔走していたら、忠実な護衛騎士が逃げ道を全部塞いで溺愛してきます  作者: フトダマノミコト


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第6話 届かない書類、消えていく味方

 疑いは晴れた。


 けれど、噂は消えなかった。


 それどころか、日を追うごとに、学園の空気は、じわじわと私に不利なものへ変わっていった。


「聞いた? ローゼンベルク様、やっぱり怪しいって」


「アリバイがあったのは、護衛騎士が証言したからでしょう? 身内の言葉なんて、当てにならないわ」


 廊下を歩くたびに、そんなひそひそ話が背中に刺さる。


(……もう、待っていられない)


 私は決心した。


 婚約解消だ。


 王太子との婚約を解消してしまえば、断罪の根本的な原因が消える。


 ヒロインにいじめの罪を着せられるリスクも、ぐっと下がるはずだ。


 その夜、私は父の書斎を訪ねた。


「お父様。お願いがございます」


「どうした、改まって」


「王太子殿下との婚約を、解消していただきたいのです」


 父は、手にしていた羽根ペンを、ことりと置いた。


「……理由を聞こう」


「殿下は、他に心を寄せる方がおられるようです。私が婚約者でい続けても、お互いのためになりません」


 もっともらしい理屈を、頭の中で何度も練習してきた。


 父はしばらく黙って私を見つめていたが、やがて、ため息をついた。


「わかった。正式な書類を作成して、王家に提出しよう。ただし、時間はかかるぞ」


「ありがとうございます、お父様!」


 私は深々と頭を下げた。


(よかった。これで、一つ目の山は越えられる)


 そう、思っていたのに。




 一週間後。


「お嬢様、旦那様がお呼びです」


 侍女に案内されて書斎へ入ると、父は、困り果てた顔で書類の束をめくっていた。


「お前が言っていた婚約解消の件だが……」


「はい。提出していただけましたか?」


「それが、おかしいのだ。王宮の担当官に確認したところ、そんな書類は受け取っていないと言う」


 頭の中が、真っ白になった。


「……受け取っていない?」


「こちらの控えは、確かにある。使いの者も、間違いなく届けたと言っている。だが、王宮側の記録には、どこにもない」


 父は眉間を揉みながら、続けた。


「再度、作り直して提出してみよう。だが、あまり期待はするな。こういう手違いは、そうそう起きるものではないのだ」


 その言い方に、私は違和感を覚えた。


 手違い。


 本当に、ただの手違いなのだろうか。




 二度目の書類も、三度目の書類も、同じ運命をたどった。


 書き直して、再提出して、また行方不明になる。


 まるで、見えない手が、書類だけを選んで握りつぶしているみたいに。


(強制力……? 婚約解消だけは、絶対に許さないってこと……?)


 背筋に、冷たい汗が滲んだ。


 これ以上、正攻法では進めない。


 私は、次の手を打つことにした。


 亡命ルートの確保だ。


 隣国に嫁いだ母方の伯母に、手紙を書いた。


『万が一の時は、身を寄せさせていただけないでしょうか』


 詳しい事情は伏せて、それでも、できるだけ切実に。


 返事は、二週間後に届いた。


 震える指で封を切る。


『愛しいセレスティアへ。


 あなたの頼みは、できることなら全て叶えてあげたい。けれど、今の私の立場では、公爵家の令嬢を匿うことはできません。どうか、ご理解ください』


 便箋が、手から滑り落ちた。


(どうして……? あんなに、私を可愛がってくださっていたのに)


 亡命先が、消えた。


 婚約解消も、通らない。


 私は、膝を抱えて、床にうずくまった。




 孤立は、そこから、さらに加速した。


「申し訳ありません、お嬢様。実家の母が倒れてしまいまして……」


 長年仕えてくれた侍女のリタが、泣きそうな顔で、暇乞いをしてきた。


「そう……お母様のことは、心配ね。無理せず、行ってあげて」


「本当に、本当に申し訳ありません……!」


 深々と頭を下げて、彼女は屋敷を去っていった。


 友人のエミリアも、いつの間にか、私を避けるようになっていた。


「ごめんなさい、セレスティア様。最近、家のことが忙しくて……」


 目を逸らして、そそくさと立ち去る背中。


 一人、また一人と、私の周りから、人がいなくなっていく。


(みんな、どうして……)


 夜。


 自室の窓辺で、私は、とうとう堪えきれなくなって、肩を震わせた。


「どうして……こんなに、全部うまくいかないの……」


 声が、嗚咽に変わる。


 これが、物語の強制力なのだろうか。


 どれだけ足掻いても、運命は、私を破滅へ向かわせようとする。


 その時、背後で、そっと扉が開く音がした。


「お嬢様」


 振り返ると、アルヴィンが、部屋の入り口に立っていた。


 月明かりの中で、灰色の瞳が、深い心配を湛えて揺れている。


「……ごめんなさい。情けないところを見せたわね」


「いいえ」


 彼はゆっくりと近づいてきて、私の目の前で、静かに膝をついた。


「お嬢様は、何も悪くありません」


「でも……何一つ、うまくいかなくて……」


「大丈夫です」


 そっと、差し出された手のひら。


 私は、迷うことなく、その手を握りしめた。


 大きくて、あたたかい手だった。


「僕がいます。何があっても、お傍におります。ですから、泣かないでください」


「……うん」


 涙が、ぽろぽろと頬を伝った。


 この世界に、もう味方は、彼一人しかいない。


 それなのに、不思議と、心は少しだけ軽くなった。


 私の手を握る彼の指に、ぎゅっと、力がこもったことに。


 そして、その唇の端が、ほんの少しだけ、持ち上がっていたことに。


 涙で滲んだ視界の私は、少しも、気づいていなかった。

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