第16話 ざまぁの結末
王宮の大広間での断罪劇から、七日が過ぎた。
王都は、その話題で持ちきりだった。
王太子と聖女が、卒業パーティーの場で、公然と罪を暴かれた。
あの夜の出来事は、一夜にして、国中を駆け巡った。
玉座の間には、重苦しい空気が満ちていた。
高い天井。赤い絨毯。
玉座には、白髪の老王が、深い疲れを滲ませて座っている。
その前に、鎖で繋がれた二人の姿があった。
レオンハルトと、ミナ。
つい先日まで、国の宝と讃えられていた二人は、今や、見る影もなくやつれ果てていた。
私は、父と共に、証人席の隅に立っていた。
傍らには、アルヴィンが、影のように控えている。
「王太子レオンハルト」
老王の、低い声が響いた。
「そなたに、判決を下す」
レオンハルトの肩が、びくりと跳ねた。
「公金の不正流用、偽証の教唆、無実の令嬢への冤罪の捏造。いずれも、王族として、決して許されぬ大罪である」
「父上、どうか、お慈悲を」
「黙れ」
老王の声が、冷たく、彼を断ち切る。
「王位継承権を、完全に剥奪する。廃嫡の上、王宮から追放の身とする。以後、王家の名を名乗ることを、一切許さぬ」
「そ、そんな……!」
「さらに、流用した金貨八千枚は、全額、返済を命じる。その財源は、そなたの私財、及び、母方の領地の没収をもって、充てる」
「やめてくれ……! それでは、私には、何も……!」
「そうだ」
老王は、冷徹に頷いた。
「何も持たぬ身になって、初めて、そなたが踏みにじった者たちの痛みが、少しは、わかるであろう」
レオンハルトは、がくりと項垂れた。
かつて、金色に輝いていた髪は、くすんで見えた。
彼は、顔を上げて、すがるように、ミナを見た。
「ミナ……君だけは、私の味方だと、言ってくれ……」
「……」
ミナは、顔を背けた。
一度も、彼を見ようとしなかった。
「ミナ……」
「私は、あなたなんて、知りません」
かすれた声で、そう言い放つ。
「あなたが、勝手に私を利用したんです。私は、何も……」
その言葉に、レオンハルトの目から、最後の光が消えた。
乾いた笑いが、唇から漏れる。
それは、泣き声にも、嘲りにも、聞こえた。
「聖女ミナ・リーヴェ」
老王は、続けて、ミナのほうを向いた。
「聖女の称号は、徳と清廉をもって授けられるもの。そなたの所業は、その称号にまったくふさわしくない」
大司教が、一歩、進み出る。
「神の名のもとに、ミナ・リーヴェ嬢の聖女認定を、取り消します」
「待って! 待ってください!」
ミナが、叫んだ。
「私には、癒しの力があるんです! あの時の奇跡は、本物でしょう!?」
「ええ。確かに、力は、本物でございました」
大司教は、静かに首を振った。
「しかし、聖女の力は、その使い手の心の在り方に、深く左右されるもの。あなたは、その力を、他者を陥れるために用いようとした」
彼は、懐から、小さな水晶を取り出した。
それを、ミナの前に掲げる。
水晶は、一瞬、淡く光ったかと思うと、次の瞬間、すうっと色を失って、灰色に濁った。
「ご覧なさい。もう、あなたの中に、聖なる光は、ほとんど残っておりません」
「そんな……! 嘘……!」
ミナは、自分の両手を見つめた。
震える指先から、何かが、さらさらと零れ落ちていくように、力が抜けていく。
大司教が、枯れかけた白い花を一輪、彼女の前に差し出した。
ミナは、慌てて目を閉じて、念じる。
けれど、何も起こらない。
白い花は、しおれたまま、一枚、花びらを落とした。
「どうして……どうして、何も……」
「ミナ・リーヴェ。そなたには、北の果ての、戒律の厳しい修道院にて、終生の奉仕を命ずる」
老王の宣告が、玉座の間に響いた。
「そこで、己の罪と向き合うがよい」
「いや……いやです! あんな寒いところ、嫌! 誰か、助けて!」
ミナの叫び声が、虚しく響き渡る。
けれど、誰一人として、彼女のために、動く者はいなかった。
かつて、彼女を取り巻き、持て囃していた貴族たちは、皆、視線を逸らしていた。
リーヴェ男爵家も、爵位を剥奪された。
彼女を助けようとする者は、もう、どこにも残っていなかった。
二人が、騎士たちに連行されていく。
扉が、重々しい音を立てて閉まった。
玉座の間に、ようやく、静寂が戻る。
「ローゼンベルク公爵」
老王が、父に向き直った。
「そなたの娘には、このような濡れ衣を着せ、辛い思いをさせた。王家として、深く詫びる」
「もったいなきお言葉でございます」
父が、深く頭を下げた。
「婚約は、王家の有責により、破棄とする。ローゼンベルク家には、補償と名誉の回復を約束しよう」
老王の視線が、ふっと、私のほうへ向けられた。
「セレスティア嬢。そなたは、よく耐えた」
「……恐れ入ります、陛下」
私は、深く頭を下げた。
けれど、胸の内は、驚くほど静かだった。
喜びも、達成感も、なかった。
ただ、長い夢から覚めたあとのような、空っぽの感覚だけが、そこにあった。
謁見を終えて、王宮の長い廊下を歩く。
父は、先に帰途についていた。
去り際に、彼は、私を一度だけ振り向いて、ぎこちなく言った。
「……すまなかった」
それだけだった。
私は、何も答えられなかった。
今さら、と思う気持ちと、それでも、少しだけ救われたような気持ちが、胸の中で入り混じっていた。
廊下の窓から、夕日が差し込んでいる。
橙色の光が、床に長い影を落としていた。
その影が、もう一つ、私の影に重なった。
「お嬢様」
アルヴィンが、隣を歩いていた。
「お疲れでしょう。お屋敷に戻って、ゆっくりお休みください」
「……ええ」
私は、足を止めた。
窓の外を見ながら、ぽつりと、口を開く。
「ねえ、アルヴィン」
「はい」
「あなたは、どうして、あんなにも準備ができていたの」
夕日の中で、彼の横顔が、わずかに動いた。
「……お嬢様を、お守りするためです」
「いつから、用意していたの?」
「ずっと前から、です」
淡々とした答えだった。
けれど、その声には、不思議な静けさがあった。
「ずっと、前……?」
「はい」
アルヴィンは、ゆっくりと、私のほうを向いた。
夕日が、彼の瞳を、琥珀色に染めている。
「お嬢様。少し、お話ししたいことがあります」
その声は、これまで聞いたどんな声よりも、穏やかで、優しくて。
そして、どこか、決定的な何かを告げようとしているような、重みを帯びていた。
「お時間を、いただけますか」
私は、心臓が、どくんと音を立てるのを感じた。
勝利の余韻など、どこかへ消えてしまっていた。
代わりに、全身を、言いようのない予感が、覆っていく。
私は、頷いた。
彼の瞳に映る自分の顔が、少しだけ、怯えているように見えた。




