第15話 暴かれる王太子とヒロインの罪
「では、二つ目の罪状に参りましょう」
アルヴィンは、帳面を閉じて、壇上の台へ視線を向けた。
「殿下がお示しになった毒の小瓶は、先ほど、騎士団の方にお預かりいただきました。王家直属の鑑定官が、すでに検めております」
「……何だと?」
レオンハルトが、慌てて台を振り返る。
そこに置いたはずの小瓶が、ない。
「いつの間に」
「僕が申し上げている間に、壇の脇から、お預かりしております。ご安心ください。小瓶には、誰も手を加えておりません」
騎士団長が、鑑定官を呼び寄せた。
白衣の老人が、恭しく進み出て、小瓶を掲げる。
「この小瓶の、底の部分をご覧ください」
彼は、光にかざして、人々に示した。
「ここに、極めて薄い封蝋の跡が、残っております。調べましたところ、これは、王家の紋章を押した特別な封蝋です」
「王家の……?」
「しかも、その封蝋は、王太子殿下ご自身がお使いになる、専用のもの。他の者が、手にできるものではございませぬ」
どよめきが、爆発した。
「まさか、毒の小瓶を、殿下ご自身が」
「聖女暗殺の証拠を、自分で作った……?」
「殿下が、嵌めようとしたのか!?」
レオンハルトの顔が、真っ赤に染まる。
「デタラメだ! こんなもの、でっち上げに決まっている!」
「そう仰るのは、当然かと存じます」
アルヴィンは、あくまで穏やかに答えた。
「では、三つ目の罪状。王家への反逆の密書に、移りましょう」
彼は、今度は、二枚の紙を取り出した。
一通は、レオンハルトが掲げた密書の写し。
もう一通は、見知らぬ筆跡で書かれた、日常の筆記。
「こちらは、ミナ嬢が、学園の授業で提出された課題の書き写しです。そして、こちらが、密書。並べてご覧ください」
騎士団長が、二枚を並べて、人々の前に掲げた。
「『王』という字の、最後の横画。『国』という字の、囲みの閉じ方。文末の、独特の跳ね」
彼の声が、重々しく響く。
「どちらも、同じ癖が見られる。同一人物による筆跡であると、我が騎士団の筆跡鑑定人も、判断を下している」
「そんな……!」
ミナが、悲鳴のような声を上げた。
「私は、そんなもの、書いていません!」
「でしたら、なぜ、あなたの筆跡と同じなのでしょうか」
「それは……! きっと、セレスティア様が、私の字を真似て」
「ほう」
アルヴィンが、わざとらしく、首を傾げる。
「ローゼンベルク嬢は、あなたの課題を、ご覧になったことが?」
「ありませんわ。ミナ様とは、課題を見せ合ったことも、一度もありませんもの」
私は、思わず、口を挟んでいた。
壇上の二人が、びくりと体を震わせる。
「つまり、ミナ様の筆跡を、私が真似る機会など、一度もなかったということです」
そこまで言った時、頭の中が、すうっと冷えていくのを感じた。
混乱していた感情が、一気に、整理されていく。
私は、顔を上げて、まっすぐ、壇上の二人を見据えた。
「殿下。ミナ様。あなたがたが、今日、この場で用意なさった証拠は、全て、あなたがた自身を指し示しております」
「何を、言って……」
「聖女への嫌がらせの証言は、ミナ様のご実家が買ったもの。毒の小瓶は、殿下の封蝋つき。密書は、ミナ様の筆跡。これは、どういうことなのでしょうか」
静かに、問いかける。
誰も、答えられない。
壇上のレオンハルトは、口を開いたまま、言葉を失っていた。
ミナは、青ざめて、震えている。
その時、アルヴィンが、もう一歩、前へ出た。
「殿下。ミナ嬢。あと、お見せしたいものが、ございます」
彼は、帳面の最後のページを、開いた。
「こちらは、殿下の公金流用の記録。ここ三年間で、王宮の予算から、総額で金貨八千枚。その多くが、ミナ嬢のご実家である、リーヴェ男爵家へ流れております」
「な……なぜ、それを」
「王宮の会計係の方が、証言してくださいました。『殿下のご命令で、帳簿を書き換えた』と」
壇の脇から、一人の中年の男が、がたがたと震えながら進み出てきた。
「も、申し訳ございません……! 私は、殿下に逆らえず……!」
会場が、どよめきを通り越して、悲鳴のような声に包まれた。
「横領……!? 王太子殿下が」
「しかも、聖女様の実家に、国の金を」
レオンハルトの顔から、血の気が、完全に失われた。
「違う……違うんだ、これは」
彼は、必死にミナのほうを振り向く。
「ミナ、君が言ってくれ。これは、全て、誤解だと」
「わ、私は……私は、知りません!」
ミナが、叫んだ。
「殿下が、勝手に私の家に送金しただけです! 私は、何も頼んでいません!」
「ミナ……!?」
「私は、被害者です! 殿下に、利用されただけなんです!」
先ほどまで、睦まじく寄り添っていた二人が、互いを突き放し合う。
その醜い光景に、貴族たちは、ただ、息を詰めて見入っていた。
アルヴィンが、静かに、とどめの一言を口にした。
「ちなみに、お二人が、旧温室で、今夜の段取りを話し合われた会話の書き起こしも、こちらにございます」
「……っ!」
二人の顔が、同時に、凍りついた。
「『あの人が、青ざめて、膝をつくところ。ずっと、見たかったんです』」
アルヴィンが、紙面を読み上げる。
「ミナ嬢。この台詞は、あなたのものですね」
「……あ……あ……」
ミナの膝が、がくりと折れた。
その場に、崩れ落ちる。
白いドレスの裾が、床に広がった。
「やめて……やめてください……」
か細い声は、もはや、誰の心にも届かなかった。
大広間は、嵐のあとのように、静まり返っていた。
騎士団長が、一歩進み出て、重々しく宣言する。
「王太子レオンハルト殿下。及び、ミナ・リーヴェ嬢。公金横領、偽証教唆、冤罪の捏造。以上の疑いにより、身柄を拘束する」
「待て! 私は王太子だぞ!」
「承知しております。ゆえに、拘束の上、国王陛下のご裁断を仰ぎます」
数名の騎士が、二人の腕を取る。
「放せ! 無礼者!」
「いや……いやあああっ!」
叫びが、遠ざかっていく。
扉が閉まる音が、大広間に、乾いた余韻を残した。
私は、その場に立ち尽くしたまま、動けずにいた。
勝った、という実感は、少しも湧かなかった。
ただ、目の前で起きたことの大きさに、頭がついていかない。
「お嬢様」
背後から、そっと、声をかけられた。
アルヴィンが、私の隣に立っていた。
その顔には、いつもの、穏やかな微笑みが浮かんでいる。
先ほどまでの、冷徹な追及者の面影は、どこにもない。
「ご無事で、何よりです」
「アルヴィン……」
何か、言わなければ。
お礼を、言わなければ。
そう思うのに、言葉が、喉の奥で詰まってしまう。
彼は、そんな私を、優しい目で見つめていた。
その灰色の瞳の奥に、これまで見たことのない、何か深いものが、静かに揺れているのを、私は、確かに見てしまった。




