第14話 護衛騎士の一言
大広間が、水を打ったように静まり返った。
壇上のレオンハルトが、不快そうに眉をひそめる。
「護衛騎士ごときが、何の用だ。この場は、そなたのような者が口を出す場所ではない」
「承知しております。ですが、主人の名誉に関わることゆえ、どうか、お許しを」
アルヴィンは、胸に手を当てて、深々と頭を下げた。
その姿は、どこまでも礼儀正しく、そして、少しも怯えていなかった。
「ふん……よかろう。手短にしろ」
「ありがとうございます」
顔を上げた彼は、私のほうを振り向いて、小さく頷いた。
大丈夫です、と、言うように。
(アルヴィン……?)
私は、息を詰めて、彼の背中を見つめた。
アルヴィンは、再び壇上へ向き直る。
「まず、殿下がお示しになった、三つの罪状について、確認させていただきたく存じます」
「確認?」
「はい。それぞれの証拠が、本当に、そこにある通りのものであるのかを」
レオンハルトが、鼻で笑った。
「証拠は、揃っている。何を確認するというのだ」
「でしたら、順にご覧いただきましょう」
アルヴィンは、懐から、一冊の分厚い帳面を取り出した。
革張りの、使い込まれた表紙。
それを、高々と、会場の人々に向けて掲げる。
「こちらは、この三年間で僕が集めた、記録の写しです」
「記録だと?」
「ええ。王宮の会計記録の一部。ミナ・リーヴェ嬢の、ご実家の出入金帳簿。そして、複数の方々の証言を書き留めたもの」
その場の空気が、ぴりりと張り詰めた。
レオンハルトの顔色が、わずかに変わる。
「な……何だ、それは。どこで手に入れた」
「正式な手続きを経て、お預かりしたものです。騎士団長閣下と、大司教猊下の立会いのもとで、すでに真正な写しであると確認していただいております」
アルヴィンが、会場の端へ、視線を向ける。
そこでは、騎士団長が、険しい顔で、一歩前に進み出ていた。
その隣で、大司教が、静かに目を閉じて、重々しく頷く。
「確かに、我々は、その記録を確認している」
騎士団長の声が、大広間に響いた。
「この場で内容を検めることを、許可する」
「感謝いたします」
アルヴィンが、深く礼をする。
ざわめきが、一気に膨れ上がった。
「騎士団長が、立会いを……?」
「大司教様まで」
「まさか、本当に何か……」
私は、呆然と、その光景を見つめていた。
なぜ、アルヴィンが、そんな準備を。
いつから、これを用意していたの。
(……私のために?)
胸の奥が、じん、と熱くなる。
けれど同時に、ほんの小さな違和感が、心の隅をかすめた。
あまりにも、準備が、整いすぎている。
まるで、今日、この日に起きることを、すべて前から知っていたかのように。
その違和感の正体を掴む前に、アルヴィンが、口を開いた。
「では、まず、一つ目の罪状から」
彼は、令嬢たちのほうを向いた。
先ほど、偽の証言をした三人。
びくり、と、彼女たちの肩が跳ねる。
「お三方に、お尋ねいたします。ローゼンベルク嬢が、階段でミナ嬢を突き落としたのは、いつ、どちらの階段でしたか」
「え……あ、あの」
「昨年の秋、十月十二日の放課後です」
「ええ、そう、西棟の階段で」
「十月十二日、放課後。西棟の階段、ですね」
アルヴィンは、帳面を開き、一枚の紙を取り出した。
「その日の放課後、ローゼンベルク嬢は、図書室におられました。入室記録がございます。司書の方の署名付きです」
「そ、それは、護衛騎士が、司書に頼んで」
「でしたら、図書室にいらした、他の生徒方の証言も、記録してございます」
彼は、さらに数枚の紙を、ひらりと掲げた。
「合計、十一名。いずれも、ローゼンベルク嬢のお姿を、その時間に、図書室で目撃しています」
令嬢たちの顔色が、さっと青ざめた。
「さらに」
アルヴィンは、淡々と続ける。
「お三方のご実家には、先月、ミナ嬢のご実家であるリーヴェ男爵家から、それぞれ多額の金銭が渡っています。出所は、こちらの帳簿に」
彼が、帳面の別のページを開いてみせる。
騎士団長が、それを覗き込んで、重々しく頷いた。
「確かに。リーヴェ男爵家の出金記録と、一致する」
「ち、違います! それは、ただの贈り物で……!」
「ええ。『贈り物』として、記載されていますね。これほどの額の、贈り物を」
アルヴィンの声は、どこまでも穏やかだった。
それが、かえって、恐ろしい。
令嬢の一人が、顔を覆って、その場に崩れ落ちた。
「ごめんなさい……! ごめんなさい、私たち、言われた通りに言っただけなんです……!」
「何を言い出すの!」
ミナの、鋭い声が飛んだ。
先ほどまでの、可憐な聖女の面影は、そこにはなかった。
私は、はっと息を呑む。
けれど、その場にいた誰もが、その豹変を見逃さなかった。
「……ミナ」
レオンハルトが、戸惑ったように、隣のミナを見る。
「今の言葉は、どういう」
「殿下、違います! あの子たち、嘘を言っているんです!」
「ですが、ミナ嬢」
アルヴィンが、静かに口を挟んだ。
「あなたは、今、『何を言い出すの』と、仰いました。『嘘をつかないで』ではなく」
しん、と、静まり返る会場。
ミナの唇が、わなわなと震えた。
「わ、私は……」
「ご心配なく。続きは、まだございますので」
アルヴィンが、にっこりと、微笑む。
その笑顔は、優しい護衛騎士のものと、まったく同じで。
けれど、私は、その瞬間、背筋がぞくりと粟立った。
(この人は……)
私の知っているアルヴィンが、そこに、立っているはずなのに。
まるで、見知らぬ誰かのように見えた。




