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【完結】悪役令嬢の破滅回避に奔走していたら、忠実な護衛騎士が逃げ道を全部塞いで溺愛してきます  作者: フトダマノミコト


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12/20

第12話 前夜、最後のお願い

 卒業パーティーの前日。


 私は、最後の悪あがきをしようと、朝から学園中を駆け回っていた。


「先生。お時間をいただけませんか。どうしても、聞いていただきたいことがあるのです」


 廊下で呼び止めた教師は、一瞬、ぎくりとした顔をして、それから目を逸らした。


「……すまない、ローゼンベルク嬢。これから会議があって」


「ほんの少しで構いません。聖女様の件で、誤解が」


「私にできることはない。許してくれ」


 それだけ言うと、教師は、早足で去っていった。


 次に向かったのは、聖堂の司祭のところだった。


 けれど、ミナを聖女と認定した張本人の彼が、私の話に、耳を貸してくれるはずもない。


「聖女様に、お心を向けなさい。それが、あなたの救いになるでしょう」


 穏やかに微笑まれて、私は、何も言えずに、頭を下げるしかなかった。


 かつて、親しくしていた同級生たちも、私の姿を見つけるなり、慌てて視線を逸らす。


 誰もが、関わりたくないのだ。


 夕暮れの中庭に一人立ち尽くして、私は、唇を噛みしめた。


(どうして、こんなにも……)


 空は、燃えるような茜色。


 けれど、私の心の中は、ずっと、曇ったままだった。




 屋敷へ戻ると、玄関ホールで、父が待っていた。


「セレスティア」


「お父様」


「明日の卒業パーティーには、必ず出席しろ」


 その声には、感情が、まったくこもっていなかった。


「欠席すれば、後ろめたいことがあるから逃げたのだと、見なされる。それは、公爵家にとって最悪の事態だ」


「……はい」


「何があっても、公爵家は、お前のために動けない。それだけは、覚えておけ」


 父は、それだけ言い残して、自室へ戻っていった。


 残されたのは、静まり返った、広い玄関ホール。


 私は、何も言い返せないまま、床に落ちる自分の影を、見つめていた。




 夜。


 私は、屋敷の庭へ出た。


 誰もいない、静かな庭。


 花壇には、咲き始めたばかりの春の花が、夜露に濡れている。


 噴水の縁に腰を下ろして、空を見上げた。


 満天の星。


 その星のどれよりも、遠くに感じる、明日という日。


「お嬢様」


 背後から、聞き慣れた声がした。


 振り向くと、アルヴィンが、外套を手に立っていた。


「夜風は、お体に障ります」


 そっと、肩に外套をかけられる。


 彼の体温が、残っていて、あたたかかった。


「ありがとう」


「隣に座っても、よろしいですか」


「ええ、もちろん」


 彼は、少し間を空けて、噴水の縁に腰を下ろした。


 しばらく、二人とも、何も話さなかった。


 水の流れる音と、虫の声だけが、夜の庭を満たしている。


 やがて、私のほうから、口を開いた。


「明日ね」


「はい」


「私、きっと、ひどい目に遭うと思う」


 自分でも驚くほど、静かな声だった。


「でも、不思議ね。もう、怖くないの」


「……お嬢様」


「あなたが、いてくれるから」


 私は、アルヴィンのほうを向いて、微笑んだ。


 彼の灰色の瞳が、わずかに揺れる。


 月明かりに照らされた横顔は、息を呑むほど、綺麗だった。


「アルヴィン。一つだけ、お願いがあるの」


「何でしょう」


「明日、何があっても、私を信じていてくれる?」


「信じていますとも」


「ううん、そうじゃなくて」


 私は、首を振った。


「もし、どんなに悪い証拠が出てきても。どんなに、私が悪者に見えても。あなただけは、私が何もしていないって、信じていてほしいの」


 アルヴィンは、しばらく黙っていた。


 それから、ゆっくりと、片膝をついて、私の手を取った。


 騎士の礼。


 手の甲に、そっと、額が押し当てられる。


「お嬢様の潔白は、僕が、誰よりも知っております」


 低く、噛みしめるような声。


「ですから、明日。何が起きても、僕の言葉を信じて、僕を信じて、そこに立っていてください」


「……ええ」


「それだけが、僕の、お願いです」


 それは、私の「お願い」に重ねるような、彼からの「お願い」だった。


 私は、迷わず、頷いた。


「約束するわ。あなたを、信じる」


 アルヴィンが、顔を上げる。


 その灰色の瞳に、星の光が、一瞬、宿った。


 まるで、獲物を見つけた肉食獣の目のように、鋭く、けれど、泣き出しそうなほど切なく。


 けれど、それは、瞬きするほどの短い時間だった。


 次の瞬間には、いつもの穏やかな、優しい護衛騎士の笑顔が、そこにあった。


「ありがとうございます、お嬢様」


 彼の声が、夜風に溶ける。


 私は、その言葉の意味を、深くは考えなかった。


 ただ、明日を乗り越えるための勇気を、彼から受け取ったのだと、信じていた。


 夜明けが、近づいている。


 断罪の日が、すぐそこまで迫っていた。

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