第11話 断罪の筋書き(アルヴィン視点)
卒業パーティーまで、あと三日。
その夜、学園の裏庭にある旧温室は、月の光を浴びて、青白く浮かび上がっていた。
割れたガラス窓の向こうに、人影が二つ。
僕は、温室裏の庭師小屋の影に身を潜めて、換気窓から漏れてくる声に耳を澄ませた。
「殿下、本当に、大丈夫なのでしょうか」
ミナの、甘えるような声だ。
「何がだ?」
「私、少し怖くて……あんなに大勢の前で、セレスティア様を」
「怖がることはない。すべて、私が手配してある」
レオンハルトの、自信に満ちた声。
「あの女は、君を傷つけ続けた。その罪を、公の場で裁くだけのことだ」
「ふふ……ありがとうございます、殿下」
ミナが、くすくすと笑う。
先ほどの怯えた声は、どこへ行ったのか。
僕は、拳をゆっくりと握りしめた。
「それで、証拠のほうは?」
「ああ。協力者から、今朝、最後の品が届いた」
レオンハルトが、懐から何かを取り出す気配がした。
かちゃり、と、小さな硝子の音。
「聖女暗殺未遂の、動かぬ証拠だ。毒の入った小瓶でな。セレスティアの私室の近くから見つかったことにする」
「まあ、素晴らしい」
「それに、もう一つ」
紙をめくる、乾いた音が続く。
「これは、あの女が、隣国の親戚に宛てて書いた手紙だ。王家への反逆を匂わせる文言がある」
「手紙……? そんなもの、いつの間に」
「協力者が、うまく手に入れてくれた」
満足げな声が、夜気に混じる。
僕は、思わず、唇の端を持ち上げた。
その「協力者」とは、僕のことだ。
正確には、僕が雇った、素性の知れない仲介人。
三ヶ月前から、その男を通じて、王太子の側近に、少しずつ「情報」を流してきた。
『聖女様を害そうとしている者がいる』
『証拠を集めてお渡しします。見返りは不要です。ただ、正義が行われることだけを望んでいます』
彼らは、あっさりと、それを信じた。
自分たちに都合のいい話は、人は、疑わずに受け入れる。
だが、彼らが「動かぬ証拠」だと思い込んでいる品々には、一つ残らず、細工が施してある。
毒の小瓶の底。
そこには、薄く、王家の紋章入りの封蝋の跡が、残してある。
王太子しか使えない、特別な封蝋の跡だ。
小瓶を届ける前に、金に困っていた側近の一人に、殿下の執務机の上で、こっそり押させておいた。
王家への反逆を匂わせる手紙。
その筆跡は、お嬢様のものではない。
代筆屋に書かせる時、手本として渡したのは、ミナの筆記帳の写しだ。
注意深く見れば、癖がそっくり同じだと、誰にでもわかる。
目撃者として用意された令嬢たちは、全員、ミナの実家から金を受け取った記録が残っている。
彼らは、自分たちで握りしめた縄で、自分たちの首を絞めようとしている。
それも、卒業パーティーの、一番華やかな舞台の上で。
「では、当日の段取りを確認しよう」
レオンハルトが、温室の中を歩き回る足音。
「パーティーの中盤、私が、壇上でセレスティアを呼び出す」
「はい」
「そこで、婚約破棄を宣言する。罪状は三つだ。聖女への継続的な嫌がらせ。聖女の暗殺未遂。そして、王家への反逆の疑い」
「あの人は、きっと、否定するでしょうね」
「当然だ。だが、証拠と証言が揃っている。反論の余地は、ない」
「ふふ、楽しみ」
ミナの笑い声が、夜の静寂に響く。
「あの人が、青ざめて、膝をつくところ。ずっと、見たかったんです」
「ミナ」
「だって、あの人、いつもいい子ぶって、私に優しくするんですもの。見ているだけで、腹が立つの」
その瞬間。
僕の中で、何かが、静かに切れた。
ああ、やはり。
この女は、お嬢様の優しさを、すべて、悪意で受け取っていたのだ。
小屋の壁に、爪が食い込む。
飛び出して、その首を握りつぶしてやりたい。
けれど、まだだ。
まだ、足りない。
あの舞台の上で、彼らが自ら、罪を口にするまでは。
二人が去ったあと、僕は、闇の中から、ゆっくりと立ち上がった。
足元には、冷たい土の匂い。
空には、満ちかけた月。
懐から、小さな封筒を取り出す。
中には、騎士団長と大司教に宛てた、書簡の写しが入っている。
王太子の公金流用の帳簿。
ミナの嫌がらせの記録。
そして、今夜の、温室での会話を書き起こしたもの。
二人には、すでに、先日の面会で証拠の大半を見せてある。
『卒業パーティーの当日、会場の端で、事態を見届けていただきたい』
騎士団長は、険しい顔で頷いた。
大司教は、静かに目を伏せて、「真実が、明らかになるのであれば」と答えた。
舞台は、整った。
あとは、幕が上がるのを、待つだけだ。
「お嬢様」
空に向かって、囁く。
「あなたは、何も知らないまま、舞台の上に立ってください」
夜風が、僕の髪を揺らした。
「全部が終わった後に、あなたが、頼れる唯一の相手が、僕だけになるように」
その声は、愛の言葉のように甘く、そして、檻の鍵のように、冷たかった。




