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【完結】悪役令嬢の破滅回避に奔走していたら、忠実な護衛騎士が逃げ道を全部塞いで溺愛してきます  作者: フトダマノミコト


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第10話 眠れない夜

 卒業パーティーまで、あと一週間。


 屋敷には、王家からの封書が届いていた。


『卒業パーティーにおけるエスコートは、各自の判断に委ねる』


 要するに、王太子は、私をエスコートしない。


 婚約者として並んで入場するという、形式だけの務めすら、放棄するということだ。


(ゲームでも、こうだったわね……)


 封書を机に置いて、ため息をつく。


 衣装部屋には、深い藍色のドレスが吊るされていた。


 侍女のリタが辞めてしまったあとも、屋敷の針子たちが、黙々と仕立ててくれたものだ。


 彼らの目も、どこかよそよそしい。


 あれほど長く仕えてくれた人たちでさえ、今の私とは、距離を置きたがっている。


 ドレスの裾に指を這わせながら、私は、小さく呟いた。


「綺麗な色……」


 誰もいない部屋に、声だけが、寂しく響いた。




 その夜、私は、どうしても眠れなかった。


 目を閉じるたびに、頭の中で、ゲームの断罪シーンが再生される。


 煌びやかなシャンデリア。ざわめく貴族たち。


 壇上から指を突きつける、王太子。

「セレスティア・ローゼンベルク! お前の罪は、すべて明らかになった!」

 画面の中の悪役令嬢は、青ざめて、唇を震わせて、その場に崩れ落ちる。

 プレイヤーだった頃の私は、そのシーンを、ぼんやりと眺めていた。

「かわいそうだけど、自業自得だよね」

 そう、思っていた。


 けれど、本当の悪役令嬢が、どれほど怖かったか。


 どれほど、悔しかったか。


 今なら、痛いほど、わかる。


 気づけば、頬を涙が伝っていた。


「……っ、う……」


 声を殺して、枕に顔を埋める。


 その時、控えめなノックの音がした。


「お嬢様。起きていらっしゃいますか」


 アルヴィンの声だった。


 私は慌てて涙を拭って、扉を開ける。


 廊下に立っていた彼は、湯気の立つカップを、両手で持っていた。


「眠れないのではないかと思いまして。蜂蜜を入れたミルクです」


「……ありがとう」


 受け取ったカップは、じんわりと、あたたかかった。


 窓辺の椅子に腰を下ろして、一口、含む。


 甘くて、優しい味が、喉を通っていく。


「おいしい……」


「それは、よかったです」


 アルヴィンは、少し離れた場所に立って、静かに微笑んだ。


 月明かりが、彼の横顔を、淡く照らしている。


 私は、カップを両手で包んだまま、ぽつりと言った。


「ねえ、アルヴィン」


「はい」


「もし、卒業パーティーの日に、私が全ての人に責められる立場になったら」


 言葉が、喉に引っかかる。


「あなたは、私から離れていいのよ」


 アルヴィンの表情が、すっと変わった。


「……今、何と」


「私の護衛騎士でいたら、あなたまで、悪く言われてしまう。そんなの、嫌なの」


 声が、震える。


「あなたは、私のたった一人の味方だから。だからこそ、巻き込みたくない」


 しばらく、沈黙が落ちた。


 やがて、アルヴィンが、ゆっくりと私の前まで歩み寄って、膝をついた。


 私の両手を、カップごと、包み込む。


「お嬢様」


 低い声が、すぐ近くで響いた。


「僕は、離れません」


「でも……」


「どんな時も、お傍におります。そう、お約束したはずです」


 灰色の瞳が、まっすぐに私を射抜く。




 十二歳の夜。

「もし、この先、私が皆に嫌われるようなことになっても、あなたは私の味方でいてくれる?」

「僕は、どんな時も、お傍におります」

 あの時と、同じ言葉。

 けれど、今のほうが、ずっと、重たく響いた。




「僕だけは、絶対に、あなたを裏切りません」


 その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた何かが、ぷつりと切れた。


「……っ、アルヴィン……!」


 私は、カップを机に置くのも忘れて、彼の胸に顔を埋めた。


 騎士の制服の、硬い生地。その下の、確かな体温。


 子どものように、声を上げて、泣いた。


 怖かった。ずっと、怖かった。


 誰にも、言えなかった。


 アルヴィンの腕が、そっと、私の背中に回される。


 ぎゅっと、強く、けれど痛くないように、抱きしめられた。


「大丈夫です。大丈夫ですよ、お嬢様」


 耳元で、優しい囁きが続く。


「僕が、います」


 涙が、止まらなかった。


 この人だけは、本物だ。


 世界中が敵になっても、この人だけは、最後まで味方でいてくれる。


 そう、心から、信じてしまった。


 だから、気づかなかった。


 私の背中を撫でる彼の指が、獲物を腕の中に収めた獣のように、静かに、満足げに、ゆっくりと力を込めていたことに。

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