↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「一晩頭を冷やせ」と夜道に降ろされましたが、二度と拾われない場所へ行きますね  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/15

第4話:「可愛げがない」と言われた私の仕事に、値段がつきました

 ゼルク城で目を覚ました時、窓の外は夕焼けだった。

 洗ってもらった足の擦り傷には薬が塗られ、寝台の脇には柔らかな室内履きが揃えてある。

 こんな時間まで眠ってしまった、と一瞬青ざめた。

 けれど扉を叩いた侍女は、微笑んだだけだった。


「お食事をお持ちしてもよろしいですか」


 早く仕事をしろ、とは言われない。

 そのことが、まだ少し不思議だった。


 翌日、私は城の財務室を訪れた。

 室長のマルタは、年配の落ち着いた女性だった。私の経歴を聞き取ると、まず公開済みの通達と、機密を除いた輸送費の集計を机へ置いた。


「経歴の照会が済むまで、原簿はお渡しできません。この範囲で気づくことがあれば、お聞かせください」

「承知しました」


 最初に目についたのは、穀物を運ぶ荷馬車の帰路が、ほとんど空になっていることだった。

 地図では、少し道を変えれば製材所に寄れる。城で使う木材を帰りに積めれば、別便を減らせるかもしれない。


「ただ、橋の耐荷重と、荷台の清掃にかかる時間が分かりません。運送組合に確認はできますか」


 マルタが頷く。


「組み合わせる案はあったのですが、軍の調達と民間の輸送で担当が違いましてね。契約を一緒に見直すところまで進まずにいました」


 人が怠けているわけではなかった。

 別々の机に載った事情を、同じ場所へ集める人が足りなかったのだ。


 私は確認事項を書き出した。王国側の通行税には、条約の特例が使える可能性もある。ただし、還付を受けられるかは荷の受領記録次第だった。

 大きな数字を書いて喜ぶ前に、まず証拠を揃えなくてはならない。


 昼過ぎにクラウスが来た時、机の上は質問の紙でいっぱいになっていた。


「もう改善案が?」

「まだ、確かめたいことの一覧です。うまくいけば定期便を減らせますが、今ある資料だけで節減額までは言えません」


 彼は紙に目を通し、マルタの説明を聞いた。


「軍の担当者を明日の打ち合わせに出そう。橋は工務官に調べさせる」


 簡潔な決定に、私は思わず顔を上げた。

 セドリックには「細かいことは勝手にやれ」と言われ、必要な署名一つをもらうのに何日もかかったのに。


「どうした?」

「いえ。相談に答えていただけると、こんなに早いのですね」


 クラウスの視線が、一瞬止まった。

 彼は紙を丁寧に机へ戻した。


「決めるのは私の仕事だ。君に、待たせた責任まで負わせるつもりはない」


 その日の夕方、私は一か月を上限とする試用契約を受け取った。経歴の確認と評価が済めば、期間中でも本採用に切り替えられるという。試用中に必要な仮の就労許可も添えてあった。

 担当するのは通商実務の補佐。給与、休暇、退職時の手続きが明記され、故国での婚約問題は雇用条件に含まれていなかった。


「不都合があれば、署名前に言ってくれ」


 私は一か所を指した。


「成果の報告には、実務を担当した方のお名前も載せていただきたいです。私だけでは、この案は動きませんから」


 クラウスはマルタを見て頷き、条項を加えた。

 たったそれだけなのに、胸が熱くなった。


 私は署名した。

 婚約者になるためでも、誰かの機嫌を損ねないためでもない。自分の仕事を、自分で選ぶための署名だった。


 立ち上がろうとした拍子に、裾が椅子へ引っかかった。

 よろめいた私に、クラウスが手を差し出す。掴まると、支える力は強いのに、指先は驚くほど慎重だった。


「失礼しました。最後に締まりませんね」

「いや」


 彼が少し笑った。


「契約書を読む時はあれほど動じないのに、裾には負けるのだな」

「布地とは交渉できませんので」


 マルタが咳払いで笑いを隠した。

 私まで可笑しくなって、声を立てて笑ってしまう。

 クラウスは手を離した後も、しばらく私を見ていた。


「何か?」

「……いや。よく眠れたようで、安心した」


 その声があまりに優しくて、私は契約書へ目を落とした。

 書類の条件には、頬が熱くなる理由までは書かれていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。