第14話:その後始末は、もう私の仕事ではありません
「待て、エレノア!」
セドリックが柵へ身を乗り出した。
係官が一歩前へ出て、面会の終了を告げる。
「これ以上の面会はできません。窓口へお戻りください」
「どけ! 私たちの話だ!」
彼は係官の腕を振り払い、職員用の小門を押し開けようとした。
警告を聞かず、その隙間からこちらへ手を伸ばしたところで、二人の兵士に取り押さえられる。
私はクラウスとともに後ろへ退いた。
「触るな! 私は侯爵家の――」
「係官への暴行と、立入制限区域への侵入未遂です。事情を伺います」
告げた兵士の声は、騒ぎに反して淡々としていた。
身分を名乗れば解放される。セドリックはまだそう思っていたらしい。だが誰も手を放さなかった。
「エレノア、違うんだ。少し話したかっただけだ!」
彼の声が、初めて取り繕うように変わった。
私は足を止めたまま答えた。
「お話はしました。私のお返事も、差し上げました」
小箱が地面へ落ちた。
兵士の一人が拾い、中身を確かめてから、彼の所持品として記録する。
サファイアは、私へ渡されなかった。
「頼む。父上に言ってくれ。お前なら財務局へも説明できるだろう。金も、少しずつ返すから……」
取り戻したいものが、ようやく言葉になっていた。
私との日々ではない。屋敷と体面と、困った時に差し出される金。
「返済のご相談は、代理人へお願いします」
「エレノア!」
名前を呼ばれても、立ち戻らなかった。
前は、声を荒らげられると自分が悪い気がした。今はただ、その声から離れることを選べた。
私たちは詰所の奥へ移った。
扉が閉まり、外の声が小さくなる。椅子へ座った途端、強張っていた指がじんと痛んだ。
「……終わったのですね」
クラウスは隣の椅子へ腰を下ろした。
「今日の面会は終わりだ。後の手続きは、担当者に任せられる」
すべてが一瞬で片づいたとは言わない。その答えが、かえって信じられた。
私は両手でカップを包んだ。
「泣くかもしれないと思っていました。でも今、お腹が空きました」
クラウスが目を瞬き、やがて安堵したように笑った。
「では、昼食にしよう」
「甘いものも、あっていいでしょうか」
「今日は、林檎の多い方を君に譲る」
思わず笑ってしまった。
胸に残っていた痛みは消えない。けれど、その隣に明日の約束を置くことはできる。
セドリックは関所で事情聴取を受けた後、両国の係官が引き渡しの書類を整え、王国側の警吏へ引き渡された。
私たちに届いたその後の知らせは、すべて代理人を通したものだった。
二か月後、公金流用の審理で、彼の指示書と支払先の記録が確認された。
セドリックには禁錮と弁償が命じられ、侯爵家の継承候補からも外された。爵位を継ぐはずの名を頼みに、他人を従わせる日々は終わった。
ローガン侯爵も領政の監督を怠った責任を問われ、領地管理から退いた。領内の行政は王宮の監督下で立て直されることになった。
リリアンについては、事情を知らずに受け取った贈り物まで罪にはされなかった。一方、屋敷の所有物と知って持ち出した品の窃盗では有罪となり、返還と刑罰を命じられた。
私への返済は、侯爵家の別荘や宝飾品の売却から始まった。
残りには返済計画と担保がついた。領民の暮らしを削って、一度に金を集めることは認めなかった。
工事再開の報告を読んだ時、私は借金の入金通知を見た時より、長く息を吐いた。
ベネットへの返事を書き終え、万年筆に蓋をする。
窓の外では、冬の薄日が庭を照らしていた。
約束の時刻になると、廊下から足音がする。
私は片づけた書類へ背を向け、扉を開いた。
過去の後始末を、私一人で抱える日は終わった。
今日は好きな人と、焼き菓子の残りを半分にする約束があった。




