第11話:夜の温室で、仕事にできない告白を
書店へ出かけた休日、私は意外な事実を知った。
クラウスは、恋愛小説の結末を先に確かめる人だった。
「最後まで読んだ時、別れてしまうと悲しいだろう」
真顔で言うので、私は棚の陰で笑いを堪えた。
国境を守る軍司令官が、架空の恋人たちの別れを恐れている。
「では、こちらを。結末は保証します」
「君が薦めるなら、読もう」
そうして買った本の感想を聞くため、数日後の夜、私たちは温室を歩いていた。
晩秋の冷気を避けたガラスの内側には、鉢植えの白い花が咲いている。ここは先代夫人が育て始めた庭で、クラウスも時折、庭師と世話をするという。
「あの主人公は、なぜ三度も手紙を書き直すんだ。会って話せばよいのに」
「大事な返事ほど、簡単には言えないのでは?」
彼は黙った。
図書室で贈り物を差し出した時と、少し似た顔になっている。
「……何か、書き直していらっしゃるのですか」
尋ねると、クラウスは観念したように息を吐いた。
「君を食事に誘う言葉を、何度も考えた」
「いつも誘ってくださいますよね」
「昼を抜かないためだとか、本の感想を聞きたいとか。理由ばかり増やしている」
胸が、一つ強く鳴った。
彼は私をベンチへ誘い、自分も少し間を空けて座った。
「ただ、君に会いたかった。今日はそれを、言いに来た」
花の香りが近くなった気がした。
顔を見たいのに、上手く見られない。
嬉しい言葉のはずなのに、胸の奥で小さな不安も身じろぎした。
「……私が仕事で失敗した時も、そう思ってくださいますか」
口にしてから、情けなくなった。
クラウスを試したいわけではない。ただ、ずっと胸に置いたままの問いだった。
「役に立っていれば、ここにいられる。考えなくてもいいはずなのに、時々、まだそう思ってしまうんです」
膝の上で指を握る。
「実家が苦しかった頃、私が稼ぐと両親が安心しました。嬉しかったんです。侯爵家でも、私が何とかすれば済むと思っていました。そのうち、何もできない日は、自分まで要らなくなるような気がして」
クラウスは、すぐに否定しなかった。
少し考えてから、静かに口を開いた。
「君が仕事で失敗したら、原因を一緒に確かめる。私が判断を誤れば、君にも止めてほしい」
彼の手が、ベンチの上へ置かれた。私が触れようと思えば、触れられる距離だった。
「だが、仕事を終えた後に君と過ごしたい理由は、それとは別だ。菓子を半分にする時、君はいつも、林檎の多い方を私へ寄越す。面白い本の話になると、途中で早口になる。私が黙っていても、急いで言葉を埋めようとはしない」
目の奥が熱くなった。
自分では気にも留めなかったことを、この人は見ていた。
「エレノア。君が好きだ。何も用事のない日にも、会いたい」
涙が落ちた。
あの夜は泣かずに歩いたのに、安全なベンチの上では、止め方が分からなかった。
「……私も、会いたいです」
私は彼の手に触れた。
「お昼になる前から、足音を待っています。休日の予定を考えると、最初にお顔が浮かびます。クラウス様のことが、好きです」
初めて、仕事の外で迷わず名前を呼べた。
クラウスが息を止める。それから、少し震えた声で尋ねた。
「抱きしめてもいいか」
頷いて、自分から彼へ寄り添った。
腕が背中を包む。苦しいほど強くはないのに、もう一人で立っていなくていいと分かる抱擁だった。
「……小説より、ずっと難しいですね」
「ああ。結末を先に読めない」
私は泣きながら笑った。
少し身体を離し、その顔を見上げる。
「では、幸せになるように、一緒に続きを考えてください」
彼が額を寄せてきた。
触れる直前で待ってくれる人へ、私は目を閉じて近づいた。
初めての口づけは短くて、その後に笑い合った時間の方が、ずっと長かった。




