第三章 英霊たちとの邂逅――だが、哲理に付き合っている暇はない
引き続きお楽しみください。よろしくお願いいたします。
「ここが賢哲聖堡か」
青翠たる緑地を歩みながら、聖騎士は顔を上げて深く息を吸い込んだ。ここの空気はひときわ清浄で、神聖な力がこの地を守護しているかのようだ。
「お迎えが遅れました、聖騎士殿」
(「いつ声が?」)
聖騎士が周囲を見渡すと、荘厳な城門の前に、長袍を纏った銀髪の男が立っていた。
「ウェルギリウスか。その名は聞いている」
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(賢哲聖堡・城内)
ウェルギリウスに城内へ案内された聖騎士は、多くの賢者たちと対面した。彼らは皆、ゆったりとした亜麻布の長袍を身にまとっている。
「ウェルギリウス、そちらが天から遣わされた天使か?」
「その通りだ。紹介しよう。神の命を受け、地獄の悪魔たちを掃討せんと降り立った聖騎士殿だ」
ウェルギリウスは横に立ち、穏やかな表情で聖騎士を見た。
「ところで、聖騎士殿。貴殿の御名は?」
「ローラン」
「シャルルマーニュ大帝麾下の十二聖騎士の首座、聖騎士ローランか?!」
「まさか、貴殿であられたとは」ウェルギリウスも一瞬驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻した。「今日お目にかかれ、誠に光栄に存じます」
「では、なぜ至福の園から林勃の地へと降り立たれたのです?」賢者の一人が問うた。
「ふっ」聖騎士が首を振ると、賢者たちは訝しんだ。
「聖ミカエル、ガブリエル、ケルビム――彼らには会ったことがある。神にも謁見した。だが、永遠の至福を得たことなど、一度もない」
「なるほど」ウェルギリウスは眉をひそめ、賢者たちに向かって左腕を掲げた。「彼はローラン騎士ではない」
「なっ!」
「そうだ。ただの冗談だ」聖騎士は反応した者たちを見渡して続けた。「ローランは私が敬う人物の一人だ。外見から見ても、私が彼でないことは分かるはずだ」
「確かに」長い髭を蓄えた賢者が言った。「貴殿は色褪せぬ聖光の戦袍を纏っておらず、聖剣デュランダルも携えておられぬ」
「正直に申せば、私は名もなき騎士だ。そして凡人ではなく、天上から化身として降りた存在でもある」
「これは!」
ウェルギリウスはその言葉を聞き、内心で尊敬の念を抱いた。天使でありながら彼らを茶化すとは、心根の優しい人物に違いない。
「ならば、私が一つの名を贈りましょう。そうすれば他者も呼びやすくなりましょう」
「不要だ」聖騎士は首を振った。「名があれば、呼び回される。面倒だ」
「なるほど。では無理には申しません。『聖騎士』とお呼びするのがよろしいか?」
「それで構わない」
聖騎士とウェルギリウスは賢者たちに別れを告げ、城内へと進んだ。二人が古ローマの神殿列柱を歩いていると、遠くから低く継続的な「ゴオォ――ン」という共鳴音が響いてきた。
「おい、ウェルギリウス。客が来たなら、なぜ事前に知らせぬ?」
その声の主は、廊下の向こう側、凱旋門から現れた。
月桂冠が灰金色の短髪を斜めに押さえている。冠は純金を極薄の葉状に打ち延ばしたもので、幾重にも重なり、縁は微かに巻いている。何枚かは眉先に垂れ、額に細かな影を落としていた。葉の裏面には極細のラテン銘文が刻まれ、歩くたびに風鈴よりも低い音を立てる。その隙間からは、何本かの髪が蓬と飛び出し、耳の横で跳ねていた。
緋色のパルダメントゥム(将軍外套)が左肩から垂れ、厚手の羊毛布は足首近くまで届いている。歩くたびに外套の内側からは深紫色の縁取りが覗いた。右肩の甲葉は外套に覆われ、露出した左肩には金メッキの胸甲が据えられている。そこには筋肉の線をなぞるような浮き彫りが自身の体格と重なり――まるで鎧そのものが呼吸しているかのようだ。しかし、本当に息を呑むのは、月桂冠の陰から持ち上げられたその双眸だった。琥珀色の瞳には、細かな金色の沈殿物が揺らめき、あたかも溶けた陽光が半透明の宝石に封じ込められたかのようだ。
「おや、独裁官。今日も城内の巡視か?」
「ああ」カエサルは手にしたローマ短剣を収め、その姿は堂々として雄々しい。「そちらは?」
「天より遣わされた聖騎士殿だ」
「どうやら、かなりの手練れのようだな?」カエサルは微笑みながら近づいた。「私はガイウス・ユリウス・カエサル。ローマの執政官であり独裁官だ」
「それは今からどれほど昔の話だ?」ウェルギリウスが口を挟む。
「ちっ。今でも私の末裔たちは『カエサル大帝』と呼んでおるぞ」カエサルはウェルギリウスに舌打ちを返し、聖騎士へと向き直った。「名を何という?」
「名はない」
「ならば、神遣い(かみつかい)と呼ぼう」
「私は神の命を受け、地獄の乱れを鎮めるために来た」
「ユピテルの使いが、いつから鉄甲を着るようになった?」カエサルは軽く笑い、すぐに口元を引き締めた。
「おい、カエサル」ウェルギリウスが横から口を出す。「聖騎士殿に無礼であろう」
「構わない」聖騎士は髭のない顎を撫でた。「不意に訪れたのはこちらだ。それに、諸君に教えを乞う必要もある」
「おや? 神遣いがそこまで寛大とは、失礼を詫びよう」カエサルは微笑み、二人を前方の広間へと導いた。「詳しい話は、そこでお聞かせ願おう」
「行くとするか」ウェルギリウスがため息をついた。「ダンテ以来、我々を訪れる者などほとんどおらぬのだ」
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(「アケローン」の橋)
「くそっ……あの野郎、いつになったら来るんだ!」
吊橋の前に立つアンドラスは、地面に突き立てた鎖鎌の柄頭を左手の人差し指で回しながら、右手は橋の欄干に凭れていた。その怪力ゆえ、欄干はすでに一箇所歪み、吊橋全体が微かに揺れている。
「組長、今日もあの聖騎士は来ませんでした。まだこの橋を守り続ける必要が?」
「ん?」
アンドラスは見下ろすように、黒鉄の胸甲を着けた魔蝙蝠の斥候兵を睨みつけ、鎖鎌を持ち上げた。
「も、申し訳ございません、組長――」
「死ね!」アンドラスはその場から前方へ一振り。刃が空気を裂くや否や、白い衝撃波が刀先から炸裂し、扇状に押し広がった。その衝撃波が山体に当たると、岩石は砕けることなく、整然とずれていった。一刀――赤い山脈が真っ二つに断ち切られた。三秒後、切断面から崩落が始まり、轟音が大地を震わせた。
「うう~」魔兵は翼を縮めて地面に伏せる。他の魔兵たちも、この突然の振動に足元をふらつかせた。
「お前に、あいつがいつここへ来るか分かるのか?」
「わ、わかりません」
「なら、何を言ってやがる?! このクソ野郎」アンドラスは鎖鎌を地面に叩きつけ、その重みがアケローン橋をさらに揺るがせた。
「うううううっ!」魔蝙蝠は両膝をつき、アンドラスに額を擦り付けた。「お言葉を返すようで恐れ入ります。どうかお命ばかりは――」
「この腑抜けが。お前を殺したところで何になる?」アンドラスは鼻を鳴らし、鷲のような眉をひそめた。「俺が一刻も早くこの任務を終わらせたくないと思っているとでも? こんな場所に長く立たせやがって、ろくな相手にも出会えずにいるんだぞ!!」
(「アンドラス、その物言いは八つ当たりに聞こえるわよ~」)
「えっ?!」
「どうしたんです、組長?」魔蝙蝠が顔を上げる。
「……何でもない」アンドラスは声を潜めて言った。
(「サタン様、先ほどは失言でした。どうかお許しを」)
(「分かっている。お前は故意ではない。奴を見かけたら、即座に始末しなさい。時間を稼げば稼ぐほど、戦局は奴にとって有利になる」)
「要するに、あの野郎を殺せばそれでいいんだろ!」
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(悪魔王宮)
(「細部を見落とせば、結局は奴の手に敗れるわよ~」)
サタンは悪魔王宮の円卓に座っていた。そこには、地獄九層の領域を統べる女悪魔領主たちが集まっている。
「さて、諸君。アンドラスが戻るまでの間、聖騎士への対処について、共同計画を練るとしよう」
この小説、ダンテの『神曲』からいろいろと影響を受けています。あらためて、先人の偉大さに感謝。(ぺこり)




