7話 楓と紅葉
「だから言ったでしょう……助けが必要なら叫べばいいと……」
カエデの叫びを聞きつけて、白き鬼の女と黒き鬼が助けに来た。
「……お姉ちゃん!」
「帰りますよ……」
「――うわあぁぁー!」
「あぁ、耳が痛い……」
2体は山頂の木の上にて、ただその時を待っていた。
3つの村には、すでに狢は人に化けて潜入済み――
その中からカエデの存在を特定し、感知するのには骨が折れた。
だから、声を待っていたのだ。
あの時――
「助けてーっ! お父ーっ! お母ーっ!」
「――!」
白き鬼の女の耳には、確かにその声が届いた。
「見つけました……行きますよ」
「あぁ……」
『疾風の瞬き《はやてのまたたき》』
ドカン!――
バリバリバリバリッ!
――――――
2体の登場に、お社の天井は崩れ、
狢が数匹、下敷きになって死んでいる。
その様子をみていた大狢が2体を威嚇した。
生き残った手下の狢たちが2体を取り囲む。
「おう、こら! 何してくれてんだ?」
「……」
「我が眷属に何してくれてんだって聞いてんだ!」
一瞬の静寂――
ブチュッ!
大狢の頭が吹き飛んだ。
残された身体の首元から血が吹き出す。
それは、黒き鬼の一撃だった。
残る手下の狢は15匹――
敵討などと洒落た考えはない。
棟梁が死んだ、危険――逃げる。
生存本能が何よりも勝る種族。
「にっ……逃げろー!」
『氷上の床』
逃げまどう狢どもを、一斉に足元から凍結し、身動きを封じた。
これで逃げることはできない。
足元から腰、胸へと凍結が進む――。
叫ぶ狢たちとは別に、命乞いの声を上げる者が4人いた。
「おっ……おい、呪術師! オラたちは人間だ……助けてくれぇ!」
この村の村人たちだ。
カエデを攫った連中――彼らの身体も凍結が進んでいた。
「オラたちも狢に脅されてて苦労してたんだ……恩に切るよ……」
その4人を見たカエデは、震えながら白き鬼の女の襟袖を強く握りしめた。
「カエデさん……」
「……」
「しばし目を閉じ、耳を塞いでください――」
「?」
「怖い夢など――目を覚ませば消えています」
――『岩床の筵』
地面が脈打つ――
次の瞬間、
岩の杭が一斉に突き上がった。
狢も――人間も――
誰一人生かしはしなかった。
――――――
カエデが目を開けると、空を飛んでいた。
カエデを抱えた白き鬼の女を、黒き鬼が抱えて跳躍をしている。
「お姉ちゃん?」
「怖い夢は、終わりましたよ」
「本当に?」
「えぇ」
「大きな声出したから来てくれたの?」
「えぇ」
「……ありがと!」
「……」
「ねぇ……」
「?」
「褒めてくれないの?」
「なぜ?」
「言うこと聞いたら、お母は褒めてくれたもん」
「……」
「……お願い」
後鬼は大きなため息を一つ吐いた。
そして――。
「……大変……良くできました」
月明かりに照らされたカエデの顔は、
太陽のような笑顔だったらしい――。
――――――
父親は、以前住んでいた村へ乗り込んだが、
村人に諭され、誤解だと判明。
村人たちは度重なる生贄に対処すべく、
村全体で納め物を集め、朝廷に救済を申し込む段取りをとっていたらしいのだ。
カエデの家に戻った時には、
松明を片手に、村人たちが手分けして夜の山を探してくれていた。
「お父!」
「カエデ!」
父親は何度も何度も、2体の鬼に礼を告げていた。
――――――
一夜明け。
村々から、幾人かの不明者が出たらしい。
おそらく人に化けていた狢が逃げていったのだろう。
まったくもって、その生存本能には呆れるものがある。
白き鬼の女の言葉が、父親の口伝てで村々へ広がっていく。
山神は狢であったこと――
その狢は駆除されたこと――
2度と生贄など必要のないこと――
2体は山を――そして村を救った呪術師ということになり、
崇められるようになった。
――――――
狢を駆除した翌日も、2体の鬼はカエデに山の散策を付き合わされていた。
彼女も子供ながら、別れが近いのを悟っていたのだろう。
突然、話を切り出してきたのだ。
「お姉ちゃんのお名前、きーめた!」
「?」
「お名前は、――お姉ちゃん!」
不意なことに、反応が遅れた白き鬼の女――
「わたしがカエデだから、お姉ちゃんは――! 仲良しみたいでしょ!」
「……」
「えっ? いやなの?」
「いえ……何か弱そうな気がしますね」
「弱そう? 紅葉って綺麗だからお姉ちゃんにぴったりだと思ったのに……」
「……」
「わかった?」
「まぁ……いいでしょう」
白き鬼に名前がついたことに1番安堵していたのは、
本当の本当に、黒き鬼だったことを誰も知らない――。
名を得た鬼は――
何か温かいものが心に流れていくのを感じつつあった。




