2話 異端の鬼
血の匂いが、村を満たしていた。
地面には引き裂かれた人間の肉片が散乱し、
家々は壊され、声はない。
――生きている者は、もういない。
その中心で。
鬼が――人の腕を噛み砕いていた。
骨が砕ける音が、静まり返った村に響く。
モンスターとは違い、
鬼に対して人は、抗う術を持たなかった。
鬼の姿を見れば、無条件で人は餌として喰われるだけの存在になる。
妖対策として術師は存在したが、
鬼に対しては微塵の役にも立たなかった。
鬼が現れれば、無条件に殺戮が行われる。
力を持ってしてもダメなら、
人間は会話を持って意思疎通を図ろうとした――
しかし、時間の無駄と言わんばかりに、人間は餌と化していった。
人間は覚悟を決め、徹底抗戦を試みるも――
結果は凄惨なものだった。
その土地にて、人間という餌がなくなるまで、
欲望のままに奴らは喰らい続けた。
――彼ら鬼に、知性は無かった。
――――――
鬼は一糸纏わぬ姿で、言葉を持たなかった。
見定めた土地から動かず、そこを拠点に生活を送る習性を持っているため、
領土拡大や、拠点地を変えて狩りを行うなどの考えは思いつきもしなかった。
餌を失った鬼たちのとった行動、
それは想像に難く無かった。
――共喰い。
鬼が鬼を、喰らい始めたのだ。
鬼の中にも優劣関係はあった。
弱き立場の低い鬼から喰われていく。
その中にただ1体――絶対的な鬼がいた。
その鬼は女の姿をしていた。
全身が白く、額に2本の角を携えていた。
白きそれには知性があった。
そして――彼女は共喰いを憂いた。
白き鬼は、その集落全ての鬼の産みの親だった。
彼女は、集落の鬼どもに声をかけた。
「お前たち、殺し合いはやめなさい。あまりに見苦しい。みなで生きる術を考えよう」
その呼びかけも虚しく、鬼たちは共喰いを繰り返した。
――――――
ある日――
その鬼の棲む土地に、全身を黒に染め、額に立派な1本の角を生やす鬼が現れた。
その鬼は1体のみで襲撃してきた。
白き鬼の女の集落にいる鬼たちは、一斉に黒き鬼に注目した。
それまで共喰いを繰り返していた鬼たちは、初めて徒党を組み、黒き鬼に牙を向けた。
しかし黒き鬼は、数十体の集落の鬼たちを、人間を殺すかのように簡単に葬っていった。
鬼たちは初めて味わう恐怖に身動きを取ることもできず、
その黒き鬼を傍観し始めた。
そこに白き鬼の女が立ちはだかった――。
白き鬼の女は、黒き鬼に問う。
「お前は……何者だ?」
「……」
黒き鬼は答えなかった。
そして――
白き鬼の女に、疾風怒涛の攻撃を仕掛けた。
ズドンッ!
空気が裂けるような音が響く。
黒き鬼の拳が振るわれた瞬間――
白き鬼の女の視界から“消えた”。
遅れて、背後の岩壁が爆ぜる。
「ブハァッ!」
黒き鬼は血を吐き、膝をつく。
しかし――
再び猛進してくる。
白き鬼の女は地面から岩の杭を口寄せし、迫り来る黒き鬼を串刺しにした。
そして口から火を吹き、燃やす――。
「ぎゃあぁあー」
黒き鬼の叫び声。
でも――死んではいない。
身体が朽ちず、残っている。
白き鬼の女は、少しばかり黒き鬼に驚かされた。
全身が焼かれ、岩の杭に串刺しになった黒き鬼へ足を向ける。
集落の鬼たちは、下卑た嗤い声をあげている。
気を失っている黒き鬼の頭に指を当て、思考を読み取った。
「……お前は……違うのか?」
白き鬼の女はそう呟くと、岩の杭を砕き、回復術を施した。
黒き鬼の身体の傷が癒える。
黒き鬼は意識を取り戻した途端、慌てて距離をとった。
白き鬼の女に向かって警戒を続ける。
言葉を持たぬ黒き鬼へ、白き鬼の女は心に語りかけた。
言葉ではなく、意思で会話を交わす。
牙と爪を向ける黒き鬼へ、白き鬼の女は歩み寄った。
咆哮を上げて威嚇するも、止まらぬ歩みに、黒き鬼はついに格の違いを知る。
突然、黒き鬼が白き鬼の女の前で――ひれ伏したのだ。
この黒き鬼は、
妖や人を餌と見ていない。
鬼を喰らおうとも思わない。
欲望のためだけに生きてはいない。
ただ――
強きものを求めて、己のいた土地を飛び出した異端の鬼。
それを知った時――
白き鬼の女は、初めて心が笑った感覚を覚えた。
「わたしに……仕える気はあるか?」
その問いに、黒き鬼は一度頭を上げ、ゆっくりと頷いた。
「それならば、1つ条件がある……」
――沈黙が落ちる。
「この集落の鬼を――すべて、殺せ」
白き鬼が出した条件とは――
自らが産んだ、この集落の鬼の殲滅。
鬼は鬼。
家族や仲間といった概念は、人のそれとは違った。
黒き鬼は――
5分とかけず、200体はいた集落の鬼どもを屠った。
その夜――
異端の黒き鬼は、異端の白き鬼のもとに膝をついたのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第2部は、番外編で描いた出来事の“答え合わせ”から始まります。
ここから物語はさらに大きく動いていきますので、
引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。




