12話 ある事件の始まり
霧深く、小雨降る山奥の村――
そこへ1台の馬車が、ゆっくりと進んでゆく。
少し開けた場所にテントが置かれ、
数人の冒険者が調査を始めていた。
――馬車はそこで停まる。
「お待ちしておりました。
フィートさん、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
全身に深い紫色の魔導衣を着たフィートが、馬車から降りてきた。
すると――
ズルッ!
ベチャッ!
「痛ーい! うわぁ、汚れたぁ!」
一緒についてきたミラが、足を滑らせて転んだようだ。
「慌てなくていいからね。足元には気をつけて」
「あぁ、着替え持ってきてないのに……」
それを見ていた冒険者が、フィートに声をかけた。
「フィートさん、こちらは?」
「僕の助手をしてくれる、パジャン村のミラだよ」
「……!」
周りがざわめきだす。
パジャン村のミラといえば――
イルジョン島攻略をフランとともに成し遂げた英雄の1人。
そんな彼女が、目の前にいるのだ。
「この方がミラさん! お美しい!」
「まさかフィートさんの彼女だったとは知りませんでしたよ!」
「違うって……ミラが困ること言わないでください」
顔を赤らめながら、ミラが呟く。
「……別に困りませんけど、わたし」
「…………ミラ?」
その後ろから、ガサツな声が聞こえる。
「早くそこを退けミラ! 後ろがつっかえてんだよ!」
「すっ、すみません」
声の主はベルゼだ。
本部長からフィートへの直接依頼ということで、
いつもパーティを組んでいるベルゼも付いてきたのだ。
「1番邪魔なのはアンタだろ……」
「なにぃ!」
同じく、シーア襲撃時に共闘した経緯から、
頻繁に彼らに同行しているサラもついてきたようだ。
「来なくてもいいのについてきやがって、偉そうに!」
「わたしは本部長から言われて来ているんだ……
あんたみたいに暇だからきたわけではない!」
2人が喧嘩を始めている最中だが、
フィートは現場確認を始めていた。
檻に入れられている動物たちに目をやる。
「これで全部ですか?」
「いえ、あまりに数が多いため、家にいた動物たちはそのままにしています」
「本当に村人が1人もいないのですね……」
フィートはそう呟きながら、山を見つめた。
あの山で、四足歩行の人間と、罠にかかった人間が発見されている。
「不思議と、どの動物も暴れないんです。みんな頭良くて……」
「そういえば、文字を書いた犬がいると聞いています。その犬はどこに?」
「それなら、クライナーさんと一緒に犬の家にいるはずですよ」
一行は、依頼書を送ってきたクライナーの居場所まで案内された。
――――――
そこは小さな一軒家。
最近まで、普通に人が生活をしていた雰囲気がある。
その家の扉をノックすると、初老の男性が姿を見せた。
「本部からの冒険者か? よく来てくれた」
フィートとミラが頭を下げる。
「クライナーさん!」
「!」
突然、ベルゼが声を上げた。
すると――
「ベルゼか?」
「はい!」
「立派になって! この野郎!」
急に熱い握手を交わし始めた。
どうやら顔見知りのようだ。
――――――
クライナーは元Bクラスの冒険者だった。
駆け出しの頃の、ベルゼとアイナの指導員的なポジションだったらしい。
あの粗野なベルゼの、頭が上がらない数少ない人物――
そのクライナーは、噂の犬と一緒にいた。
「この犬ですか?」
「あぁ、信じられんかもしれんが、本当に言葉を完全に理解している。
名はダイラというそうだ」
フィートは半信半疑ながら、犬に向かって会釈をした。
すると――犬も同じように頭を下げた。
「お利口なワンちゃんですね、先輩!」
「……あっ、うん」
フィートとミラは犬の前に立って、様子を伺っていた。
そこに、クライナーがベルゼに声をかけた。
「依頼書には聖職者系の魔法使いを頼んで置いたんだが、あいつがそれか?」
「はい、俺の相棒のフィートです。魔法学校で教授をしてるんですよ、あいつ」
クライナーは優男であるフィートを不安そうに見ていたが、
名前と肩書きを聞いて声を上げる。
「……フィートってまさか、覚醒術のフィートか? 魔法人体学の?」
「知ってるんすか?」
「知ってるも何も、あの大魔導師リアス以来の天才魔法使いだろうが。
冒険者で知らんやつの方が少ないわ!」
「どこ行ってもあいつは有名だよなぁ……」
「再三のSランク昇進を断っているんだろう……そりゃ有名にもなる。
しかも女連れとはいいご身分だ」
その連れている女性が、パジャン村のミラだと知ると、
クライナーは腰を抜かしていた――
あとでこっそりと、ミラからサインをもらっていたらしい。
――――――
「少しピリってするかもだけど……我慢してね」
みんなが見守る中、フィートの両手が青く光る。
そして、その手で犬に触れてみた。
「先輩、それで何がわかるんですか?」
「変化や、擬態、幻術の類ではないかを調べるんだよ」
「……触れたくらいでわかるんですか?」
「これも細胞レベルに魔力を当てることが基本かな」
フィートは、当てていた手を離した。
「間違いなく犬です……」
「?」
クライナーが寄ってくる。
「フィートさん、そりゃないよ。言葉わかるんだぜ? こいつは!」
「はい。でも外見は……間違いなく犬です。
今から読心術に入ります」
「読心術?」
「魔力の信号を送り、反応を読み取る術です。
動物や虫などの心の声を聞いたり、心へ指示を出したりできます」
フィートは犬の額に手を当てて、魔力を解放した。
その時――
「!」
慌てて、手を引いた。
「どうした、フィート?」
駆け寄るベルゼに、フィートが口を開く。
「信じられない……
はっきりとした会話が返ってきた……?」
不安そうな表情で、ミラがフィートの横に立つ。
「先輩?」
「間違い無い……」
フィートは一拍置いた。
そして……。
「中身は……人間?」
この時――
ようやく恐怖が動き出したのである――




