11話 俺は人だと叫ぶ犬
大都市シーアにある魔術学校。
ここは年齢を問わず、冒険者を目指す者や、魔力の使い方を学びたい者が通う場所である。
職種や専門分野ごとに、時間割と曜日分けがされており、
入学すれば、どの授業にも自由に参加できる。
魔法学校は世界各地に存在する。
だがシーアにはギルド協会本部があるため、
講師やカリキュラムの質は群を抜いて高い。
そのため、誰でも入学できる学校ではない。
そんな学校の、ある日の午後――
「先輩ーっ! フィートセンパーイ!」
「!」
講義が終わり、職員室に戻るフィートを呼び止める声が廊下に響く。
「どうしたの? さっきの講義でわからないところがあったのかい?」
「質問があるんです。みんなの前で聞くべきか迷っちゃって」
息を切らしながらフィートを追ってきたのは、
パジャン村のAランク魔術師――ミラだ。
彼女は以前のギルド協会本部襲撃事件の際、
フィートが最後まで仲間を見捨てずに守り続け、
何より援護系の魔法使いながら、エースとも戦った姿に心奪われたようだ。
彼が普段は教員として働いていることを知り、
教えを学ぶために、わざわざ入学を決めたのだった。
「何が気になったの?」
「先輩が先ほど講義で話されていた術式をもし使うなら、
攻撃力、防御力、俊敏力など、肉体のみの活性になると思うんです。
全能力覚醒まではいきません」
「そうだね、覚醒まではいかないよ」
「わたし、それを学びたいんです」
ミラの指摘に、フィートは笑顔を見せた。
「ミラはすごいね。ちゃんと予習をしてきたんだね?」
「もちろんです!」
「講義には30人以上参加してくれていたけど、
おそらく予習をして成功したのは君だけだろうね」
「?」
フィートの全能力強化魔法。
授業では覚醒術と呼んでいるが、
この術は彼の得意呪文でありながら、禁術扱いにされている。
禁術理由は簡単だ。
覚醒させた後の人体に悪影響が見られるから――。
そういう背景もあり、フィートはベルゼにしか使用していない。
エース戦では、初めてアイナに使用したくらいだった。
「魔力、判断力、危機管理力――
それ以外の能力まで一気に上げてしまうと、並の人は1分持たずに死んじゃうよ」
「!」
「授業で教えているのは、使用許可が降りているエントリーモデルのバフ呪文だけだよ」
「……そうだったんですか?」
「さすがに禁術を授業で教えるわけにはいかないからね」
身体強化魔法は、扱いを誤れば命を落とす術だ。
人体の細胞1つ1つに魔力を浸透させて、能力を跳ね上げる高等術だ。
授業を受けたからといって、そう簡単にできるものではない。
しかし、ミラは予習で成功させ、想像との違いを指摘してきた。
それだけでも立派なものなのだ。
「やっぱりミラは天才魔法使いだよ。
今度、君にだけ覚醒術を教えてあげてもいいかな……
その代わり、絶対に本部には言っちゃダメだよ」
「いいんですか! やった! 嬉しい!」
ミラは飛び跳ねて学校を後にした。
フィートはその姿を見送り、教室に戻っていった。
魔法使いフィート。
援護系の魔法使い。
依頼に出る時はベルゼの影に隠れているので、目立たない男。
しかし、実は冒険者界の中では有名な男でもある。
なぜか――?
それは――
Sランク昇進を打診されながら、断り続けている男だからであった。
――――――
ギルド協会本部――
「お疲れ様です。アイナ本部長」
「お疲れ様です。ミラさん」
ミラは週1回の授業を受けにくると、
必ず本部へ立ち寄り、アイナの仕事を手伝うことにしていた。
「本部長……これはまた散らかりましたね……」
「すっすみません……
整理整頓を心がけているのですが、後でやろうがついつい……」
「お忙しいですもんね」
「いえ……反省します」
ミラの仕事は、もっぱら書類整理や片付けだった――
だが、アイナとの会話は勉強になったり、
フィートのことを知る上で欠かせないものでもあった。
「今日のフィートさんの講義はどうでしたか?」
「本当に、勉強になります。やはり先輩は天才です!
どうしてわたしと同じAランクなのか理解できません」
アイナはクスッと笑い――ミラの方を見た。
「確かにフィートさんは天才です。
兄の友人にしておくべき人ではありません……
本来なら、もっと上にいるべき人です」
「覚醒術の第一人者って肩書きがかっこ良すぎますもんね――」
「……本当に……兄の友人にしておくべき人ではありませんから」
「魔力を細胞レベルに分散させて、
刺激させることによって覚醒術を発動させるって発想が神ですよね」
「えぇ、本当に……兄の……」
ミラはフィートを賞賛しながら、書類整理や片付けをサッと仕上げた。
「あっ、こんな時間!
今からフィートさんにお食事誘っていただいているので失礼します!」
ミラは嵐のように仕事を終え、去っていった。
残されたアイナは、そっと呟く。
「……最後まで、
ベルゼ兄さんのことは否定してくれなかったですね……」
――――――
翌朝――
ギルド協会本部宛に、1件の依頼が舞い込んだ。
それが、どこか不気味な内容だった。
その中身とは――
ある村にて、村人が全員失踪。
代わりに村や家には野生動物が居座っており、
動こうともせず、ただ泣くばかり。
そして、
村の近隣の山中にて四足歩行で歩く村人と、動物用の罠にかかる村人を発見。
なお、その村人とは意思疎通が図れない状態である。
奇怪な案件なため、本部より冒険者の派遣を求める。
と記されていた。
さらに依頼書の中には、もう1枚入っており――
現場に居合わせた冒険者の見立てまで記載されていた。
村にいる野生動物たちの様子がおかしい。
会話こそ取れないものの、こちらの話を理解し、意思疎通が図れる。
ある犬が、口に咥えた棒で地面に文字を書き始めた。
地面に刻まれた文字は、たった一言だった。
俺は人だ――と。
派遣にはAクラス以上の魔法使いを希望する。
魔法使いの中でも、希少な聖職者系が適任だと思われる。
――クライナー
その依頼書を読んだアイナは、
秘書を部屋まで呼んだ。
「本部長、お呼びでしょうか?」
秘書に目をやり、アイナは指示を出す。
「お願いがあります――
至急、Aランク冒険者のフィートさんを呼んでください」




