2・素人の黒板アートよりAIの作ったフ〇ーレン
文化祭当日。校内は、模擬店のソースの匂いと吹奏楽部の演奏、そして浮かれた生徒たちの怒号に近い歓声に包まれていた。
その喧騒から隔絶された、二年二組の教室。
「……よし、導線は引いた。あとは羊どもが網にかかるのを待つだけね」
私、市井成は、誰もいない教室で、一人、自ら設計した「罠」の最終チェックを行っていた。クラスメイトたちは相変わらずだ。「営業行ってきまーす」と適当な嘘をついて、他クラスの女子が焼くパンケーキ目掛けて脱兎のごとく逃げ出していった。
だが、それでいい。マンパワーなど端から期待していない。この教室を、全自動で票を稼ぐ「永久機関」へと改造するのが、私の戦略だ。
まず、正面の黒板。
そこには、昨今の黒板アートの流行を真っ向から踏みにじる代物が鎮座していた。クラスメイトが何時間もかけて描くチョークの芸術? そんなコストパフォーマンスの悪い真似はしない。
私は、高性能AIに『折り紙を折るフ〇ーレンを描いて。あと、五〇悟とかもお願い。とにかくアニメキャラが折り紙を折ってる姿をお願い。背景には光り輝く神々しい千羽鶴。神絵師風のタッチで』と命令し、生成された特大ポスターを貼り出した。
もはや折り紙のクオリティなんて関係ない。
「……結局、人類は美少女やイケメンが描かれたクオリティの高い絵に弱い。内容(折り紙)を読む前に、表紙(キャラ絵)で8割が決まる。ウェブ小説の世界じゃ常識よ。 これを折り紙への票だと思い込めるほど、私はおめでたくないわ」
そのポスターの横には、ハッシュタグの群れ。
#折り紙展 #2年2組 #エモい #全米が泣いた #神絵師 #バグ #実はこれ全部紙なんです #千羽鶴折ろうぜ#紙(神)アート……。
数十個のハッシュタグを敷き詰めておいた。検索エンジンの網に一分一秒でも長く引っかかりさえすれば、文脈なんてどうでもいい。どれかで引っかかればいいのだ。そうすれば見てもらえる。
「市井さーん、入っていいですか……?」
最初の一群がやってきた。パンフレットの『満足度SSS』という煽りに釣られた、哀れな情弱――もとい、大切なお客様だ。
彼らは教室に入った瞬間、一様に戸惑いの表情を浮かべる。
なぜなら、教室内には整然とした展示など存在しないからだ。
「え、これ、どこを見ればいいの?」
「あ、壁に『ランキング』があるよ」
私は壁に、適当に選んだ折り紙を「SSSランク」から「Dランク」まで格付けしたパネルを設置していた。
一位は、適当にネットから拾った図面で折ったペガサス(らしきもの)。最下位は、金色の折り紙を一度丸めてから広げたゴミ。
その横には、AIに生成させた「専門家風の解説文」が、仰々しく添えられている。
『このペガサスの曲線美は、黄金比に基づいたパルプ繊維の構造的勝利である』
『この金塊は、作者の傲慢さが紙の弾力性に負けた、いわば芸術の敗北だ』
「……す、すげえ。なんかよく分かんないけど、理論的だ」
客が納得する。人は「理由」を欲しがる生き物だ。中身が空っぽでも、そこに「もっともらしい解説」があれば、勝手に価値を見出してくれる。
展示方法も、あえてバラバラにした。
机の上に、床に、窓枠に。あちこちに折り紙を隠し、看板に『この中に一羽だけ、逆さまに折られた「逆境の鶴」が隠れています。見つけたら幸せになれるかも?』と書いておいた。
本来なら十秒で通り過ぎる「ただのゴミ」を、客は「宝探し」として執念深く眺める。
教室内での滞在時間が増えれば増えるほど、人はその場所に愛着を抱く――いわゆる『サンクコストの誤謬』だ。
「長時間居座るけど、それは普通の『折り紙展』と比べての話。回転率としては上々。最高ね」
教室は常に少人数を保ち、高速で人が入れ替わる。来客数は隣の三組のお化け屋敷の十倍以上はありそうだ。
追撃とばかりに、私は廊下に出て、ひたすら「営業」を開始した。
他クラスの生徒や、すれ違う教師、保護者たちに、満面の笑顔(を模した顔の筋肉の動き)で声をかける。
「あ、三組のお化け屋敷、本当に面白かったです! 私、投票しちゃいました! うちの折り紙展も、もし良かったら寄ってください!」
これは『返報性の原理』の乱用だ。嘘でも「自分たちのクラスを褒めてくれた」という記憶は、投票所でのペンの動きを鈍らせ、無意識に「お返し」を強要する。
午後一時五分。
私は放送室のジャックを敢行した。一年生の演劇が終わる、その五分後を狙い澄まして。
『えー、運営から二年二組の展示について、緊急のお知らせです。演劇を見て感情が高ぶっている皆様、その涙が乾く前に、冷房の効いた二組で「静寂の幾何学」を体験してください。なお、出口では神絵師による限定画像を配布中です』
完璧な誘導で、一気に人が集まった。大成功だ。
二年二組の教室の出口付近には、無機質な【投票済特典受取所】という看板と、複数のアニメキャラが描かれたA4ポスターの束が、いくつもの机の上に積み上げられている。
その下には、手書きの看板が設置されていた。
『二年二組に投票した方は、こちらの神絵師(AI)による『伝説の鶴』限定ポスター(A4)を、一枚ずつお持ち帰りください』
客はスマホを片手に看板を確認し、「へえ、これ、普通にクオリティ高いな」と口々に言いながら、ポスターの束から一枚の紙を手に取り、嬉しそうに眺めている。デジタル特典とは違い、物理的な「紙の報酬」が、彼らの満足感を確かなものにしていた。
出口に設置した「偽の絶賛ノート」も、すでに三冊目に突入していた。私が最初に書いた「涙が止まりませんでした」「感動!!」などの文章の後に、釣られた客たちが「本当に凄かった」と、次々に「高評価のサクラ」として加担していく。誰も「何が」凄かったのかは書かない。ただ「凄かった」という空気だけが、インフレを起こして膨らんでいく。
そして、一日目の終わり。
体育館前で行われた、中間順位発表。
『現在、出し物部門、第一位――二年二組!』
全校生徒から、どよめきが上がった。
「え、折り紙だろ?」
「あのタイトルがキモいところか?」
「でも、なんか凄かったぞ。AIが解説してたし……」
「ポスターも可愛かったしな」
舞台上の巨大モニターに映し出された、私の考えたあのタイトル。
『【満足度SSS】折り紙を子供の遊びと見下す愚かなあなたへ。私が鶴になって美しく羽ばたく姿を、行列の隙間から指をくわえて見ていなさい【文化祭が終わってから後悔してももう遅い】』
二位以下とは五倍近い差。ぶっちぎりの、独走状態。
ランキングは「一位」にさらなる勢いを与える。まだ二組を見ていない層が「そんなに凄いのか?」と、これからさらになだれ込んでくるだろう。いわゆる『バンドワゴン効果』の完成だ。
中間発表の衝撃は、波紋のように校内に広がっていた。
二位にダブルスコアをつけた「二年二組」という名前が、モニターに無慈悲に刻まれている。掲示板の順位を確認した生徒たちは、誰もが狐につままれたような顔をしていた。
だが、その衝撃が最も重くのしかかっていたのは、他ならぬ二年二組だった。
「……なあ、市井。これ、不味いんじゃないのか?」
翌日、一人のクラスメイトが、震える声で切り出した。
教室の壁際には、彼らが適当に折った、左右の翼の長さが違う鶴や、角が潰れた手裏剣が並んでいる。その隣では、AIが生成した美少女キャラが、現実味のない神々しい微笑みを浮かべてポスターの中で輝いている。
出口付近では、山積みにされたポスターの束が、まるで工場の出荷待ちのように次々と生徒たちの手に取られて消えていく。ポスターが減るたびに、投票箱の中身――デジタルの得票数だけが、異常な熱を帯びて膨れ上がっていく。
「なにも頑張っていない俺たちが一位なんて、絶対にヤバいって。……だって、俺なんて、これを一個折っただけだぞ?」
彼は、机の上に置かれた、お世辞にも芸術とは呼べない紙屑を指差した。
他のクラスメイトたちも、同意するように顔を見合わせる。
「そうだよ。三組のお化け屋敷なんて、夏休み返上で大道具作ってたんだぞ。五組の喫茶店だって、朝からずっと慣れない接客でヘトヘトになって……。なのに、何もしてない俺たちがトップなんて、バレたら袋叩きに遭うんじゃないか?」
不安、困惑、そして微かな罪悪感。
努力という名の対価を支払わずに手に入れてしまった「一位」という称号が、彼らにはまるで、盗んだ宝物のように見えているのだ。
私は、窓際の席に深く腰掛けたまま、彼らの方をゆっくりと振り返った。
逆光に照らされた私の顔は、彼らにはどう映っていただろうか。
「……何が不味いの?」
私の声は、驚くほど平坦だった。
「努力した者が報われるべき? 汗を流した時間が価値を決める? そんなのは、ただの甘い幻想よ。文化祭というシステムにおいて、評価を決めるのは『満足度』という名の錯覚。そして、その錯覚をデザインしたのは、私」
私は、山積みのポスターを手に取り、嬉しそうに教室を去っていく見知らぬ生徒の背中を顎で示した。
「見てなさい。あの人たちは、自分たちの意志で二組を選び、自分たちの意志でポスターを受け取ったと思っている。誰も強制なんてしていない。私はただ、彼らが欲しがっている『理由』と、彼らが歩きたがっている『導線』を、ほんの少し整えてあげただけ」
クラスメイトたちが、息を呑むのが分かった。
私は、机の上に散らばった折り紙を一枚手に取り、それを指先で器用に弄びながら、口角を吊り上げた。
その笑みは、勝利を確信した軍師のそれであり、あるいはシステムを嘲笑う悪役のそれだったかもしれない。
「安心して。あなたたちは遊んでいればいいわ」
私は、不安に震えるクラスメイトの目を見据え、不敵に笑った。
「私が、勝たせてあげる。この文化祭という名の茶番劇、その頂点に、あなたたちを無理やりにでも引きずり上げてあげるから。……文句があるなら、優勝カップを手に入れてから言いなさい」
もはや、誰も口を開かなかった。
教室内を流れる冷房の音が、やけに大きく響く。
外からは、三組の教室から漏れる悲鳴と、五組の喫茶店から聞こえる忙しない食器の音が聞こえてくる。
それらすべての熱狂と努力を、私の冷徹な数式が、静かに、そして着実に飲み込んでいく。
私は、手の中の金色の紙を、最後の一折りで鶴の形に仕上げた。
それは、私の指紋と糊の跡にまみれた、この教室で最も「中身のない」、そして最も「重い」一羽だった。
「さあ、後半戦の始まりよ。……世界で一番空虚な勝利を、享受しなさい」
私の宣言と共に、廊下には再び、放送部のアナウンスが響き渡る。
狂乱の二日目。
ハックされたシステムが、意思を持たない怪物のように、さらなる「無価値な票」を喰らい始めていた。




