3・ランキング制度が壊れちゃった!!
文化祭二日目。
中間発表で「一位」という名の怪物を解き放った効果は、私の計算を遥かに上回る速度で校内を侵食していった。
もはや、私が放送室をジャックする必要すらなかった。廊下ですれ違う見知らぬ生徒たちが、「二組の折り紙がヤバいらしい」「あの神絵師のポスター、もうすぐなくなるってよ」と勝手に噂を増幅させてくれている。これが『実績』の持つ暴力的なまでの引力だ。
私はさらに、仕上げの「劇物」を投入した。
「……よし。これで二組の聖域化は完了ね」
教室の入り口には、昨日まではなかった特大の看板。
『美術科・斎藤先生が大絶賛!「頑張ってるね」と褒めてくれました!』
一応、本当の事ではある。斎藤先生は校内でも「美に関する事には厳しい気難しい教師」として知られている。そんな彼が認めたとなれば、審美眼のない一般生徒たちは「自分には分からないが、きっと高尚なものなのだろう」と、批判の矛先を収めるどころか、進んでその価値を認め始める。実際はただの苦笑い混じりの労いだったが、文脈という名の包装紙で包み直せば、それは容易に『権威による認証』へと変貌する」
さらに、私は究極の実利を用意した。
教室の入り口に、校内で最も巨大な、そして清潔な「ゴミ箱」を設置したのだ。
『飲食模擬店のゴミ、すべて引き受けます。……ついでに中で、斎藤先生推薦の折り紙を見ていきませんか?』
この「ゴミ箱ハック」は凄まじい効果を発揮した。
焼きそばやチュロスを食べ終えた客たちは、ゴミを捨てるという目的のために、磁石に吸い寄せられるように二組へと入ってくる。ゴミを捨てて両手が軽くなった瞬間、人は「申し訳なさ(返報性)」を感じ、ついでのように展示を眺め、出口でポスターを手に取り、気づけば投票フォームの『二年二組』にチェックを入れている。
「市井……。俺、やるよ」
背後から声をかけてきたのは、昨日まで怯えていたはずのクラスメイトだった。
彼はなぜか、自分が折った不格好な「首の曲がった鶴」を誇らしげに掲げている。
「俺、さっき廊下で聞いたんだ。『二年二組の展示は、今の時代の勢いを象徴している』って斎藤先生が言ってたって噂! 俺たちの折り紙、実はすごいメッセージがあったんだな! 俺、もっと宣伝してくる!」
「……え、あ、ええ。頑張って」
私は引き攣った笑顔で答えた。
私のついた嘘が、伝言ゲームのように捻じ曲がり、勝手に「高尚な解釈」としてクラスメイトたちに逆輸入されている。
罪悪感が限界を超えた彼らは、自らの行為を正当化するために「自分たちは素晴らしい芸術を作っているんだ」という自己催眠にかかってしまったらしい。
彼らは豹変した。
「二年二組の芸術的折り紙、今なら待ち時間ゼロで見れます!」
「斎藤先生も驚いた究極の幾何学、見ないと人生の損失ですよ!」
自発的に、かつ全力で。
「嘘を嘘と思わない者の言葉には、時として真実を凌駕する熱量が宿る。……盲目的な信者ほど、使いやすい広告塔はないわね」
クラスメイトたちが笑顔で嘘をバラ撒くたびに、集客効率は指数関数的に跳ね上がり、もはや私のコントロールを離れて、二年二組は巨大な渦へと成長していった。
そして。
閉会式、夕暮れの体育館。
『出し物部門、優勝――二年二組!』
発表されたスコアは、もはやコメディだった。
二位のお化け屋敷、三位の演劇。彼らが数ヶ月をかけて積み上げた血と汗の結晶を、私のクラスの『【満足度SSS】折り紙を子供の遊びと見下す愚かなあなたへ。私が鶴になって美しく羽ばたく姿を、行列の隙間から指をくわえて見ていなさい【文化祭が終わってから後悔してももう遅い】』が、数十倍のスコアで叩き潰していた。
「……あっははははは!」
私は、体育館の隅で、腹を抱えて笑った。
こみ上げてくるのは達成感ではない。あまりのくだらなさ、あまりのシステムの脆弱さ、そして、こんな「手抜き」に熱狂した千を超える人間への、底知れない嘲笑だ。
「見た!? 完璧よ! 中身なんて何一つない、ただの紙屑の山が、この学校の頂点に立ったのよ! これがマーケティング! これがハックよ!」
私は笑い続けた。涙が出るほど、喉が痛くなるほど。
だが、私の周りにいたクラスメイトたちは、静かに、一歩、また一歩と私から後ずさっていた。それさえも、心地よかった。理解されないこと。畏怖されること。それこそが、システムをハックし、文化祭の頂点に立った者に与えられる唯一の報酬なのだから
「……市井、お前、怖いよ」
「俺、なんか……悪いことした気分になってきた」
「あの優勝カップ、全然重くない気がする……」
彼らの顔には、引き攣った笑みと、名状しがたいドン引きの色が混じっていた。
自分たちが「勝たせてもらった」事実は分かっている。だが、その手法のあまりの冷徹さと、それを成し遂げた私の「狂気」を目の当たりにして、彼らはようやく、自分たちが踏み越えてしまった境界線の深さに気づいたのだ。
ステージ脇では、ランキングを集計していた文化祭実行委員のチームが、頭を抱えていた。
「……おかしい。不正の証拠はない。でも、どう考えてもおかしいだろ。なんで折り紙が、あのお化け屋敷に勝つんだよ。投票データのログがバグってるんじゃないのか……?」
彼らの当惑は、私の勝利を証明する最高の賛辞だった。
翌年。
私が三年生になった時、文化祭の「出し物ランキング制度」は、唐突に廃止された。
公式な理由は「過度な競争を避けるため」だったが、生徒たちの間ではもっぱらの噂だった。
『去年、どっかのクラスがシステムをハックして、中身ゼロの出し物で一位を獲ったせいで、ランキングが機能しなくなったらしい』
私は、進路希望調査票を埋めながら、その噂を他人事のように聞いていた。
三年の文化祭は、適当な喫茶店で適当に接客して終わった。受験勉強の息抜きの、一ミリの熱量もなく、ハックする気も起きない、退屈で平和な祭り。
だが、廊下を歩くたびに、私は思い出す。
あの不格好な、左右非対称の鶴の群れを。
そして、体育館で一人、腹を抱えて笑った自分自身を。
「……ふふっ」
私は、ノートの隅に、一枚の紙の端切れで小さな小さな鶴を折った。
それは何の賞も取らないし、誰にも評価されない。AIの解説も、アニメキャラのポスターも、ゴミ箱の誘導もついていない。
それでも。
あの時、システムの隙間を突き、情報のゴミ溜めに無理やり咲かせた「一位の王冠」は。
私の高校生活において、どんな本物の友情や努力よりも、最高に美しく、最高にいい思い出になっていた。
「よし。次は……大学の学祭でも、何かハックしてやろうかしら」
私は、誰もいない教室で、窓の外に広がる夕焼けを見つめた。
空っぽの勝利を、私は愛している。
なぜなら、その空っぽの隙間を埋めることができたのは、私の知性と、青春への欲望だけだったのだから。
はい。という事で完結です。面白かったら、ブクマとか高評価とかお願いしたいです。あと、「殺人を止めるために告白したけど、このあとどうしよう!?」も見て欲しいです。ありがとうございました。




