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二人と別れてハイドラと帰宅しようとしていると「おい」と後ろから声をかけられた。
なんか微妙に聞き覚えがあるなと振り返れば、ベアトリーチェの騎士もどきをしているトキーノだった。
もちろんベアトリーチェもいる。
さらにその後ろに何人かの男子生徒がいることに、厄介事の臭いしかしない。
それぞれトキーノ含めた男子生徒が木剣を持っているので、完全になにか面倒な展開が待っているはずだ。
「何か」
「お前じゃない、ハイドラだ」
ご指名はレイスリーネではなかった。
ベアトリーチェの視線がレイスリーネを排除しているので、そうかなとは思ったけれど。
「何でしょう」
「ベアトリーチェ様がせっかく気を配ってくださっているのに、無礼な態度をとるのはどういうつもりだ」
思わずハイドラを見ると、小声で「つきまとわれています」と答えた。
それでなるほどと思う。
リーブスがよく来るなと思っていたら、ベアトリーチェはハイドラにちょっかいを出していたらしい。
捨てられると思って嫁探しでもしているのだろうか。
だからと言ってレイスリーネにまとわりつかないでほしい。
仮にも婚約者持ちだ。
「ベアトリーチェ様には婚約者候補がいらっしゃったはずです。私のことは捨て置いて、そちらの方と交流を深めるべきかと」
「あんな奴は候補でもなんでもない。ただベアトリーチェ様が少しかまったら懐いただけだ。今は見限られている」
「そうですか。私もベアトリーチェ様に見限られましたので、今さら声をかけられても応えるつもりはありません」
ハイドラの言葉にトキーノが鼻白む。
あきらかに不愉快そうだ。
その二人の会話を聞いて、ベアトリーチェが鼻で笑った。
「それは勘違いよ。私はちょっと冗談を言っただけだわ。それを真に受けるなんて恥ずかしいわよ」
こいつ王族だけど殴りたいな。
ご令嬢にあるまじきことを思わず考えてしまう。
完全に不敬だけれど、心のなかだけなら自由だろう。
「私は侍っていいと言ってあげたのに」
「お断りいたします。そもそも以前も言いましたが、私には接近禁止が約束されていますし、命令を訊く必要もないと言う条件です」
「だから自分から戻るようにしてあげるわ」
ニィと口元をベアトリーチェが歪める。
どういうことかと思っていると、トキーノが一歩前に出た。
「俺と剣で勝負しろ。ハイドラが勝ったら、今までの不敬を許してくださるそうだ」
「はあ?」
思わずレイスリーネの眉が寄った。
「トキーノが勝ったら、その女を捨てて私に侍りなさい」
なんだそのどっちに転んでも利益の無い決闘は。
「命令は訊かないと言っています」
「ああ、魔法は禁止よ。やらないのなら同意とみなすわ」
完全に言葉が通じてないというか、会話になっていない。
しかしここで無視すればいつまでも付きまとわれるよなとも思う。
それは鬱陶しいにもほどがある。
しかしハイドラは体力はしっかり戻ったけれど、完全な後衛だ。
日頃から剣を扱っている人間に勝てるわけがない。
「魔法が無しなんて、そっちに有利すぎない?」
「何を言っている。正々堂々の決闘は剣だけに決まっているだろう。それとも勝ち目がないなら不戦勝でもいいぞ。腰抜けだと惨めな姿をさらすだけだ」
トキーノの言葉に、どうあってもハイドラが負けるしかない展開に持っていきたいらしい。
「なるほど」
「レイスリーネ?」
「こっちの要求を飲むなら、その決闘受けます」
「レイスリーネ、まさか!?」
レイスリーネの考えに至ったのか、途端にハイドラの顔に苦みが走った。
まあそうだろうなと思いつつベアトリーチェを見ると、勝利を完全に確信した顔で見下した眼差しを向けてくる。
「まあいいわ、どうせすぐに勝負がつくもの」
「こっちが勝ったら、二度とハイドラに干渉しないでください」
レイスリーネの出した条件に、わずかにベアトリーチェがむっと眉を寄せた。
「何よそれ」
「負けない自信があるんですよね?」
「ッ当然よ」
煽られたベアトリーチェに、レイスリーネはにんまりと「では成立で」と笑った。
そして鍛錬場は遠いからと中庭へと移動した。
わざわざ人目のあるところで見せつけるつもりなのがいやらしい。
中庭でお互い対峙すると、トキーノが木剣を一本ハイドラの足元に投げた。
それをちらりと見下ろすと、トキーノの後ろに控えていた男子生徒が二人、前に出てくる。
もちろん木剣を持って。
そんな気はしていたけれど、期待を裏切らないなと逆に感心するレベルだ。
「まずは前哨戦をするわよ」
「……それは卑怯ではありませんか?」
ハイドラの言葉に、ベアトリーチェはツンと顎を上げた。
「王女と賭けをしようというのだから、それなりの苦労は当たり前でしょう」
やっぱりクズだった。
「いいでしょう」
「は?」
「え?」
おもむろに前に出たレイスリーネが剣を拾うと、その場にいた人間から素っ頓狂な声が上がった。
いつのまにか集まっていた野次馬たちもザワザワと騒ぎだす。
「ハイドラの婚約者として、私が相手をします」
不敵に笑うと、ぽかんとしていたベアトリーチェが馬鹿にしたように噴き出した。
「あはは!馬鹿じゃないの、最初から勝負を捨てるなんて」
ベアトリーチェが高笑いするけれど、トキーノ以下とりまきはあきらかに困惑している。
まあ騎士ごっこをしている人間から見たら、ただの女生徒を相手にするなんて騎士道に反するだろう。
トキーノが言いにくそうにベアトリーチェを見やった。
「ベアトリーチェ様、さすがに女相手は」
「黙りなさい、本人が言ってるからいいのよ」
「しかし」
「地面に叩き伏せなさい。出来るわね? 私の剣となりたいのなら」
トキーノがとうとう反論を飲み込んで苦い顔になった。
それにしても何でこんなにベアトリーチェに心酔しているのだろうと思う。
顔かな。
可愛らしいし。
中身と顔が一致していないと思うけれど、それは自分もだなと結論づける。
外見がいいからといって、中身までいいとは限らない。
「悪く思うなよ」
剣を持つ手に力を込めたトキーノはやはり苦い顔でレイスリーネを見る。
それににこりと笑って見せると、本当にレイスリーネが決闘するのだとさらに周りのざわめきが増した。
まあそうだろう。
なんてったって自分の外見は妖精のように繊細で、守ってあげたくなるような可憐さだ。
「レイスリーネ」
声をかけてきたハイドラは、こちらも苦い顔をしている。
そりゃあそうだろう。
実力を知っているとはいえ、ハイドラの性格的にそんなことは絶対させたくないはずだ。
「この方が手っ取り早いでしょ」
「しかし」
「ハイドラは魔法は凄いけど、剣は専門外なんだから」
「そうですが……はあ、わかりました。スカートは膝下なので大丈夫とは思いますけれど、絶対にめくれないようにしてください」
そりゃそうだ。
足が出るような戦い方をするつもりはなかったけれど、ハイドラに言われて逆に緊張してしまった。
万が一スカートがめくれたら、ハイドラにお目見えしてしまう。
他の人間はともかく、ハイドラにはなんか絶対に駄目だ。
気をつけよう。
「秒殺するね」
「それと、あなたは魔物相手に急所を狙うのが当たり前です。身に染みているでしょうから、手加減を忘れないようにしてください。いいですか、手加減ですよ」
「なるほど、わかったわ」
神妙に頷くと、レイスリーネは前哨戦だという二人に向き合った。
やはり戦うのかと野次馬たちが固唾をのむ。
「気をつけるけど、手加減下手だから怪我させたらごめんね」
「馬鹿にしてるのか」
二人の眉が跳ねあがった。
勝負は膝をついた方が負けと決まり、ベアトリーチェが審判をしようとしたらハイドラが自分がすると前に出た。
ベアトリーチェが不満そうにしたけれど「そちら側にばかり有利なのだからいいでしょう」とハイドラが言えばしぶしぶ引き下がる。
万が一レイスリーネが善戦しても難癖をつけるつもりだったのだろう。
そんな暇は与えないけれど、と思っていると目の前の二人が剣をかまえる。
レイスリーネはリラックスした状態で立っていた。
「それでは、始め!」
ハイドラの声が響いた瞬間、レイスリーネの姿がフッと消えた。
肉薄していた一人の腹に一発いれて、その勢いでステップを踏むように二人目へと剣を向けて薙ぎ払う。
一人目はその場で崩れ落ち、二人目は吹っ飛んだ。
「勝負あり」
ハイドラの声が響き渡るけれど、その場のだれも声どころか音も立てられなかった。
静寂がこの場を包む。
(うーん、やりにくい。ハイドラの言うとおり頭というか目とか狙いそうになる。対人戦あんまり向いてないかも)
思わず深いため息を出す。
「なっ」
その態度に思うところがあったのか、トキーノがはくはくと口を動かし顔を強張らせている。
それに向かって、レイスリーネは木剣の切っ先を向けた。
「次はあなた。逃げる?それとも、戦う?」
ゆるりと笑うと、パールピンクの髪がなびいて可憐さを引き立てた。
その姿にトキーノが苛立たし気に顔を顰める。
カチンときたのだろう。
どう見ても怒っている。
「そいつらと俺を一緒にするなよ。そんな捨てられた男を拾った奴に、まして女に負けるわけがない」
今度はレイスリーネがカチンときた。
(だから! ハイドラのことを見下すな)
どいつもこいつもハイドラのことを振り回しすぎなのだ。
蔑んだと思えばもてはやして、見捨てたくせに手のひらを返す。
いい加減レイスリーネもイライラしているのだ。
これはもうストレス発散させてもらおうと決意した。
ギラギラとした目のトキーノと対峙して、悪いけど付き合ってよねと思う。
「始め!」
声を聞いた瞬間には、トキーノの懐にレイスリーネは飛び込んでいた。
腹に一発いれるけれど、さきほどの二人よりは実力はあるようだから一応念のためと体を翻す。
遠心力を使って懐から飛び出し距離をとると、そのまま剣を突き出した。
「そこまで!」
鋭い声に、ピタリと止まる。
膝をついたトキーノの喉元に、レイスリーネの木剣が突きつけられていた。
当のトキーノは腹を押さえて真っ青な顔をしている。
ハイドラの声が遅ければ確実に喉を潰されていた。
一応一撃目で崩れ落ちることはなかったけれど、二撃目はいらなかったらしい。
思った以上に弱かった。
「駄目ですよ」
「……想定より弱くて」
窘めるハイドラにレイスリーネはもごもごと口のなかで呟いた。
やはり対人戦は絶対に向いてない。
「おつかれさまです」
ハイドラ以外の誰も声が出ないようだった。
周りを見回すと、誰も彼もが目と口をまぬけに開けている。
そのなかで、ベアトリーチェだけが唇を震わせて大声を上げた。
「なんて体たらくなの! どういうつもり! あんな野蛮人に負けるなんて!」
弱すぎるだとかなんだとか、忙しそうにトキーノ達を罵倒している。
その姿にうわあと思いながらも、レイスリーネはこれだけばとベアトリーチェに声をかけた。
「ベアトリーチェ様」
「何よ!?」
「先ほどの約束は覚えていますよね」
「ハッ! 何のことだか」
「こちらが勝ったらハイドラに干渉しない。王族ですもの、一度した約束は反故になんてしませんよね?」
いっそ庇護欲さえくすぐる笑みをレイスリーネが浮かべると、ベアトリーチェはギリと唇を噛んだ。
可愛らしい顔が忌々しげに崩れる。
「そんな男どうでもいいわよ!」
吐き捨てるように言うと、ベアトリーチェは不快そうにくるりと背中を見せた。
そのさいトキーノ達には一切目もくれずに早足で去って行く。
ベアトリーチェのために戦ったのに哀れでならない。
「あれ大人しくなると思う?」
「数日くらいは」
「数日かあ」
ベアトリーチェの背中を見送りながら、ハイドラとそんな会話をかわした。




