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騒動も終わりハイドラと帰るために廊下を歩いていると、前から女生徒二人が歩いてきた。
きゃらきゃらと楽しそうな声が聞こえてくる。
「へえ、婚約者にもらったんだ!可愛いわね、その髪飾り今の流行りじゃない」
すれ違いながらちらりと見ると、褒められた少女の頭には複雑に編まれたレースが小さな石に添えられていた。
たしかに可愛い。
思わずじっと見てしまっていたけれど、さっさと頭の隅に忘れ去って公爵家の馬車に揺られていると、ハイドラが形のいい唇を開いた。
「さっきの、好きな意匠でしたか?」
「さっきの……ああ、髪飾り?」
「ええ」
突然の質問に何かと思った。
少女の頭につけていたものを、あれかあと思い出す。
「そういうわけじゃないよ。ああいうのが流行ってるんだなって思っただけ。学園でも小さなものなら装飾品つけていいから、女の子つけてる人多いよね。それにあんなの似合わないよ」
「そうですか?」
不思議そうなハイドラに、レイスリーネは微妙に苦い顔をしてみせた。
よろしくない思い出が蘇る。
「前にお見合いした何人かと街に行ったことがあるんだけど、可愛いもの見てたら似合わないって言われたんだよね。外見に似合っても中身が野蛮人だから宝の持ち腐れだって言われちゃった」
言いにくそうに、けれどへらりと笑って見せる。
レイスリーネとしても見た目的に似合っているとは思うけれど、性格的には可愛いものが好きなんて似合わない自覚がある。
(正直、言い返せなかったもんな)
ぐうの音も出ない。
「あなたは野蛮人ではないでしょう」
ハイドラがあからさまに眉間に縦皺を入れた。
美貌が損なわれる気がするからやめてほしい。
「いいんだよ、可愛いものそんなに興味があるわけじゃないし」
「何を言ってるんです。レイスリーネは可愛らしいものが好きでしょう?」
「へ?」
思わずまぬけな声が出た。
確かに可愛いものは好きだけれど、ハッキリと断言したことは家族以外にはない。
家族以外の人間はレイスリーネの外見にあわせてあるのだろうとか、ご令嬢らしくと言われて気をつけているのだろうと認識されているのだ。
赤い瞳を何度も瞬きさせるレイスリーネに、ハイドラがお月様色の瞳をやんわりと細めた。
「普段のワンピースも可愛らしいものばかりで、よく似合っていますし、小物だってそうです。どれも、気に入っていて大切にしているのがわかるものでした」
「それは、見た目にあわせてるだけで……」
「あなたは外見だけでなく、中身もとびきり可愛らしいですよ」
「そんなこと、お世辞なんていいって」
じっとしているのが耐えられなくなってしまう。
そわそわと動かしたくなる指をなんとか抑え込んで、レイスリーネは突っぱねた。
けれど、ハイドラはそっと目を覗き込んでくる。
満月の瞳に、思わず見とれた。
「あなたに嘘は言いません」
「そう、なの?」
「えぇ、約束します」
しっかりとした声に、小さく頷くとキャパオーバーになったレイスリーネはぎくしゃくと窓の方を向いた。
ハイドラの追撃がないことにほっとする。
『嘘は言いません』
『とびきり可愛らしい』
言われた言葉を反芻すると、頬が熱くなっていく。
辺境を出る前からハイドラの傍にいると落ち着かないときが多かった。
けれど、王都に来てからそれが加速している気がする。
頬の内側を噛んで顔を引き締めなければならないほど、表情が崩れそうだった。
(なんで)
ふわふわと揺れる長いパールピンクの髪を口元に引き寄せてしまうくらいには、どうしてか赤くなる顔を隠したかった。




