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またかと思う。
廊下のど真ん中。
レイスリーネの前にはにこにこと笑う金髪巻き毛の男がいた。
ベアトリーチェの恋人のリーブスだ。
正直にこにこと笑っている顔を殴り飛ばしたいなと思う程度には好感度が低すぎる。
「奇遇だね、レイスリーネ嬢」
嘘をつけ。
ここ数日、偶然と思えないくらいの頻度で顔をあわせている。
しかも、もれなくハイドラがいないときに、だ。
あきらかに狙っている。
お前ベアトリーチェの恋人だろ。
そっち行ってろと言いたくなるけれど、それは令嬢らしくないのでアウトだ。
「名前を呼ぶなって何回言わせたらわかるの?」
「親しくしたい相手と距離を詰めるには、まず名前だろ?」
甘ったるい声だ。
ぞわりと鳥肌が立つ。
ベアトリーチェなら喜ぶのかもしれないけれど、どう聞いても媚を売っているのが丸見えで気持ち悪い。
あと学園に身分を持ち込むことは基本許されていないので、ある程度は親し気に声をかけあうのは普通だ。
しかしリーブスは馴れ馴れしすぎる。
女生徒の名前を友人でもないのに呼ぶ奴はいない。
「私に近づいていいわけ? ベアトリーチェ様の婚約者候補でしょ」
「まあ気にしないでよ。そういうしがらみ抜きにして仲良くなりたいんだ」
「ベアトリーチェ様の機嫌を損ねても?」
「まあ、ね」
リーブスの口元が皮肉げに歪んだ。
不愉快そうな顔をしているけれど、そちらの事情には興味がない。
「とにかくあなたとは顔をあわせたくないの。つきまとわないで」
「嫌だな偶然だよ」
「一人のときばかり会うのに?いつもはハイドラ達といるから一人になんて滅多にならないのに、ピンポイントで偶然会うわけないじゃない」
「うがちすぎだって、楽しくお喋りしたいだけだよ。ゆっくりお茶でもしない?」
「お断りよ」
ピシャリと会話を断ち切ると、レイスリーネは元来た方向へと歩き出した。
目的地までは遠回りになるが仕方ない。
「あー鬱陶しいことこのうえない」
早足で歩いていると、ヒソヒソとすれ違う女生徒の声が聞こえた。
「やだ見て、あんなスピードで歩いてる。上品さに欠けるわね」
「ハイドラ様もあんなのと婚約なんて可哀想だわ。たとえ外見が多少良くてもねえ」
「あらでもそのうち解消するんでしょ」
流れてくる会話を無視して背筋を伸ばしたまま、まっすぐ歩く。
聞きたくない。
何故かそう思った。
(あんな陰口、気にする必要ないのに。婚約だって……やめよう考えるの。なんか落ち込んじゃうし)
俯きそうになるのをこらえて、目的地の練習場に辿りついた。
ドアを開けると、なかにいたマリアンナがにっこりと微笑む。
「レイスリーネだけ?」
「二人は途中で先生に資料運ぶの頼まれたんだ。来るまで私がマリアンナの練習相手になるよ」
「ありがとう」
マリアンナの向かいに座ると、手をかざされポウッとそこから光が溢れる。
「怪我してなくても練習になるんだよね」
「魔力量のわりに放出するのが苦手だから、その練習なの。人相手だと実践になるから緊張感も違うし」
「そうなんだ」
「魔力自体は結構あるから、王太子殿下にも期待してるって仰ってくださったし頑張らないと……フラップも応援してくれたし」
マリアンナが何故かほんのりと頬を染めた。
今赤くなる要素があっただろうか。
「どうかした? 顔赤くなってるよ」
「そ、そう? ちょっと集中して気持ちが高ぶってるからかな」
「そうなんだ」
「そうです」
その会話のあと無言でしばらく練習をしていると、レイスリーネは前々から訊きたかったことを尋ねるために口を開いた。
「マリアンナってさ、傷跡とか治せる?」
「え? まさか魔物狩りしてるって言ってたけど、どこかに傷跡が!?」
「あ! 違う違う、私じゃないから落ち着いて」
マリアンナが真っ青になって魔法を放っていた手があわあわと忙しなく動く。
それを宥めるようにレイスリーネはどうどうと落ち着かせた。
「あ、じゃあもしかしてハイドラ?」
「うん、ベアトリーチェ様のせいで怪我したのにちゃんと治してもらえなくて、傷跡残ってるんだ」
忌々しいと思ったこめかみの傷跡を思い出し、レイスリーネは苦い顔になった。
「光魔法を使う人間の風上にも置けないわね!でもごめんなさい……今の私じゃ無理だわ。一応じわじわと上達してるけど、古傷を消したりするほどにはまだ上手く使えなくて」
「そっか。なんかベアトリーチェ様の痕跡がハイドラに残ってるのって嫌だなと思って」
「まあ! それって」
マリアンナが弾んだ声を上げたとき、練習場のドアが開いた。
そこからハイドラとフラップが現われる。
そちらを見て「先に練習してるよ」と話しかけたあとに、レイスリーネはふとマリアンナに顔を向けた。
「何か言いかけた?」
「何でもないわ! 大丈夫よ」
多少挙動不審なのが気になる。
そんなことを思っているとフラップがズンズンと歩いてくると「変わる」と言うのでレイスリーネは場所を譲った。
「練習台は俺で充分だろ」
「は、はい」
なんだか二人とも顔が赤い。
何でだ。
わからなくてハイドラを見ると、仕方ない子だなといわんばかりの苦笑を向けられてますます意味がわからない。
「私達もはじめましょうか」
ハイドラの言葉に、内心緊張をまとわせながらもこくこくと頷く。
いつもどおり木剣を手にすると、後ろから抱き込まれるかたちになった。
重ねた手からハイドラの魔力を感じ、それと同じ量を木剣に流していく。
だいぶ上達はしてきたと思う。
六本やって一本は成功するという確率から六本に二本成功するという遅々とした上達っぷりだけれど。
ちなみに教師にはいい加減にしろと怒られたのでタッシェに頼んで、大量に木剣を寄付してもらった背景がある。
「今日はもう少し多く魔力を流してみましょう」
耳元に吹き込むように声が囁く。
(うぅ、耳……なんでこんないい声なの)
穏やかで優しい声音はハイドラの人柄を表している。
(いや、真剣に教えてくれてるんだから。集中!)
気合を入れなおし、レイスリーネは木剣を持つ手にぎゅっと力を込めた。
勢いよく木剣が壊れたのはご愛嬌だ。
結局今日はあまり上手くできなかった。




