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「あら、能無し女じゃない」
颯爽と登場したのはベアトリーチェだった。
わざとなのか何なのか、よく顔をあわせることに嫌気がさす。
騎士もどきのトキーノは背後にくっついているけれど、恋人のリーブスはくっついていない。
能無し女とは? と首を傾げていると、マリアンナが唇をきゅっと結んで俯いていた。
「たとえお兄様が後見人でも、私の足元にもおよばない力なんだから、もっと隅によっていなさい」
相変わらずの傲慢な物言いに、思わず口を開きかけるとベアトリーチェはレイスリーネへと視線を移した。
「お前、ずいぶんと令嬢としてなっていないようね。聞いたわよ、一人で街を歩いたりしていたんですって? 平民のようじゃない」
なんか飛び火した。
あとレイスリーネが王都で一人歩きをしたのは夜会デビューで滞在したほんの五日程度なので、わざわざ調べさせたのだろうかと逆に感心する。
「こんなのと関わっていたら、公爵家の格が落ちるんじゃなくて?」
口角を上げてハイドラを見るけれど、本人はとても涼しい顔だった。
「ご心配ありがとうございます。けれどベアトリーチェ様と我が家の縁はもう切れましたので気になさらなくて大丈夫ですよ」
関わるな。
いっそ堂々とした態度だ。
ベアトリーチェが鼻白む。
もしかしたらハイドラのこんな態度ははじめてなのかもしれない。
今までは、ただただ過労で疲れ切っていて反論する力もなかったのだろう、多分。
「興がそがれたわ」
ふんと鼻を鳴らしてベアトリーチェが通り過ぎて行く。
そのときトキーノがぎろりと睨みつけてきたけれど、騎士に徹しているのか口を開くことはなかった。
「接近禁止とは」
思わず出た言葉に、ハイドラも苦笑していた。
そしてハッと我に返り、慌ててマリアンナへ向き直る。
ベアトリーチェに委縮したのか、ほんの少し顔色が悪い。
「能無し女なんて失礼なこと言われてたけど、大丈夫?」
「はい、いつものことだから」
力なく笑ったマリアンナに、その場にいた三人の心がひとつになった。
いつものことなんだ。
「私、光魔法が使えるけどベアトリーチェ様ほどの力はなくて。せいぜいちょっと深めの切り傷とか捻挫を治すくらいなの」
「充分すごいと思うけどな」
「まだまだよ。今、精度を上げるために練習してる最中なんだけど、ベアトリーチェ様には光魔法を使えるのが自分だけじゃなかったのが不愉快だったみたいで、目をつけられちゃったの」
気の毒すぎる。
「でも練習って、学園内で魔法使うなら練習室を使わなきゃでしょ?いつも全部屋、予約が入ってるみたいだけど」
「実は王太子殿下が一室貸切ってくれてるんです。練習しないと伸びないからって」
「それいいな、予約取りたくても大体が上級生で埋ってるんだ」
ぼやいたレイスリーネにマリアンナが小首を傾げた。
「魔法を使う授業はまだ開始してないのに練習してるの?」
「魔法っていうか、魔力を剣に込める練習」
その言葉にフラップが「そんなことまでしてるのかよ」と呆れた顔をした。
そりゃそうだ。
王都では騎士しかそんなことをする人間はいない。
「そういえばチュクシオン辺境領って不可侵の森があるから魔物が出るんだっけ。それで?」
「そう、魔力込めると固い外殻も切れるから。ただコントロールいまいちで、すぐ剣が壊れるのよ。ハイドラがサポートしてくれるけど、こっちでは練習してないから」
レイスリーネの言葉にマリアンナがキラキラと尊敬するような目をして、ハイドラはそんな二人からそっと目をそらした。
フラップがそんなハイドラに気づかず、なるほどと頷く。
「それなら練習室使いたいよな。そこ以外で魔力使ったら反省文って言ってたし」
そうなのだ。
若干うむむと唸ってしまうと、マリアンナがにっこりとした。
「よかったら私と一緒に使わない?王太子殿下にお伺いしてからになるけど」
「え! いいの?」
「レイスリーネ!」
喜んで声を上げたレイスリーネに追従するように、ハイドラの焦った声がする。
何故そんな声を出しているのかがわからない。
「どうかした?」
「いえ、その……いいんですか?」
「え? うん」
言いも何も、願ったり叶ったりだ。
不思議そうにしていると、ハイドラが微妙な表情になっている。
「じゃあ放課後に一緒に頑張りましょう」
ほがらかなマリアンナの声で、その場は締めくくられた。




