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ハイドラの周りに群がる女の数が凄い。
入学式の日の教室では、本当にハイドラかの確認ばかりだったらしい。
そしてそれ以来、クラスメイトはもちろん別のクラスの女子からも一位をとったのなら勉強を教えてほしいという女子が増えている。
様子を見る限り、全員ハイドラと話すことが目的にしか見えない。
フラップいわく「遠巻きにしてたくせに、手のひら返しが凄い」と不愉快そうにしていた。
まあ気持ちはわかる。
現在進行形の食堂で、美人系で爵位のそこそこ高そうな女子学生に声をかけられていた。
「お久し振りですねハイドラ様、覚えていますか?以前お茶会でお会いしましたのよ。懐かしいわ。ここいいでしょうか」
ここに婚約者がいますが。
完全に視界に入っていないらしい。
同じく視界に入れられていないフラップも鼻白んでいる。
(婚約成立するわけないって話に対して、正式な婚約者になりたいってことなんだろうな)
つまりレイスリーネは踏み台だ。
こっそりため息を吐くと、ハイドラが澄ました表情でそちらを見もせずに口を開いた。
「遠慮してください」
「え……でも」
口ごもった女生徒は、一瞬視線をさまよわせてハイドラの髪飾りで目線を止めた。
「素敵な髪飾りですね、変わった意匠だわ。装飾品に興味があるのなら、ぜひ懇意にしている店を紹介したいですわ」
口角を上げた完璧な笑みで女生徒はハイドラの顔を覗き込んだ。
その顔にハイドラが微笑むと、女生徒の頬がパッと赤くなる。
「装飾品は興味ありません」
「でも、それ」
「これは婚約者であるレイスリーネがプレゼントしてくれたからつけているんです。レイスリーネ以外には興味がありません。そもそも———」
声はそんなに大きくはないけれど、やりとりをこっそり見守っていた生徒が黙ってしまったので食堂の喧騒はわずかになっていた。
ハイドラが清々しく笑って見せる。
「ベアトリーチェ様と婚約したあとの五年間、交流を持っていなかった人間との昔話に興味はありません」
いっそ穏やかさすらある口調でハイドラが断言した。
何人かが息を呑む音が聞こえる。
そういった手口で近づいた人間なのかもしれない。
ちなみに最前線で言われた女生徒は死にそうなくらい、顔色が悪かった。
「行きましょう」
ほとんど食事を終わっていたので、ハイドラの言葉に二人は頷いて立ち上がった。
前を歩くハイドラの背中を見やる。
最近また背が伸びたまっすぐな背中を見ながら、右手で頬を包みなんとか唇を引き締めた。
(髪飾り、私があげたからしてくれてるんだ……私以外に興味がないとか、本当なのかな)
いや、そんな確認はしないけどと思う。
しないんだけど気になるというか。
「レイスリーネ?」
ぐるぐる考えていると、ハイドラに顔を覗き込まれた。
神々しい美貌が至近距離にあることに「ひぇ」と可憐な唇からまぬけな声がでる。
そして眼前にはお気に入りのお月様の瞳。
今はその目は刺激が強すぎる。
「なんでもない」
思わず騎士のように直立不動になって声を上げていた。
「にしても、私一応は婚約者なのに牽制役にならないね。ごめん」
「一応じゃありませんよ。ちゃんとした私の婚約者です」
サラリと訂正されてしまった。
思わずン゛ン゛と喉を鳴らしてしまう。
「わ、私がもっと気が強そうな外見だったらよかったね。弱そうだから、ああいうことが起こるんだろうし」
「レイスリーネはとても素敵ですから、今のままでいいんですよ」
「たしかに見た目でレイスリーネに勝てる奴いないだろ」
「まあ……」
否定はしない。
レイスリーネは他人から自分がどんな印象を持たれる外見か、ちゃんと把握している。
「でも腕っぷしは強いんだって?」
「あれ、知ってるんだ」
「ハイドラから無謀なことするから心配だって手紙にあった」
「え!」
フラップの言葉に思わずハイドラを見ると、にこりと無言で微笑まれた。
何だか圧があってさっと目をそらす。
そのとき角を曲がってきた生徒をよけようとしたら、その生徒も似たような動きをした。
そのせいで、バランスを崩した女生徒が壁にぶつかりそうになる。
咄嗟にあいだに手を入れたレイスリーネの体に女生徒の体重がかかった。
軽く、くきっと手首を捻った感触がする。
「きゃあ!ごめんなさい」
声を上げたのはぶつかった女生徒だった。
「大丈夫?」
相手の顔を覗き込むと、あどけない顔の少女だった。
黒髪が肩口で切られていて、真面目そうな印象を受ける。
「うわ!可愛い!」
いきなり誉め言葉のようなものを言われ、レイスリーネは目を丸くした。
その反応に、慌てて女生徒が体勢を整える。
「すみませんでした。大丈夫ですか?」
手首は軽くやってしまったけれど、大丈夫だとレイスリーネが口にしたときだ。
「今の体勢では手首を捻ったんじゃないですか?」
「ひえ、こっちも眩しい」
ハイドラの声にレイスリーネがこたえるより女生徒の方が反応していた。
その様子にフラップが「落ち着け」と宥めている。
「は!すみません、あまりにも眼福でつい。手首痛めたんですね、見せてください」
女生徒が慌ててレイスリーネの手をとった。
大丈夫だと言いかけたら、少女の手から淡い光が現われる。
「これ……」
「光魔法ですね」
「はじめて見たな」
貴重な魔法の使い手だったことに驚いた。
そして実際、痛みがなくなったことに二度びっくりする。
「痛くなくなった」
「よかったです」
「……痛みがあったんですね」
ハイドラの静かな声に、やばっと肩が跳ねたので、ごまかすように女生徒の顔へ目線を向けた。
「光魔法ですよね」
「はい。あ、私セリックズ子爵家のマリアンナと言います。さっきの光魔法です、社交デビューのあとに適正が発動しまして」
通りで今まで話題に上がらなかったわけだ。
王太子が後継人をしているらしい。
お互い自己紹介をして、ついでに敬語も取っ払った会話をしていると、向かいから人影が近づいてきた。
思わず「げっ」と呻きそうになってしまう。




